第十一話:百姫夜行 二人の魔放少女(2)
「はあぁっ!」
まるで刀を振るうが如く、長壁姫は扇を振り回す。ギリギリで避わす彩夏。その頬を掠め、数本の髪が宙を舞った。扇の切っ先は、獲物の命を刈り取らんと鋭い刃物のように変化していたのだ。
長壁姫。姫路城の天守閣に潜む城化物であり、気高くも妖しき美女。その正体は、永い年月を経た強大な狐のバケモノである。
「化け」の力を極めた彼女にとって、扇を刀に変じるなど朝飯前。彼女の手にかかれば、あらゆるモノが自由自在の千変万化を遂げるのだった。
「キャハハハハハハ!」
そして長壁姫が妹、亀姫の正体は狢。狐と狸に続く第三の化ける獣、要はアナグマだ。
だが、無論その力は桁外れ。彼女もまた猪苗代城に棲み憑いた城化物として、多くの人間に畏れられてきたのである。
亀姫の攻撃は、長壁姫とは対照的だ。両腕をアナグマ特有の穴を掘るのに適した鋭い鉤爪に変化させると、長壁姫の攻撃の合間を縫って力任せの一撃を繰り出して来る。
「キヒヒヒヒヒ!」
鋭い牽制と重い決定打、その両方を彩夏は判魔でしっかりと防ぎ切っていた。
手数で言えば鎌鼬の化装が望ましいが、亀姫の一撃を受け止めるには、不落不落のパワーが必要である。しかし、こちらも必殺の打撃を叩き込むには手数が足りない。何より、このまま防戦を続けるのも味気ないというものだ。
「キヒヒ! こんなモンじゃないでしょー!?」
「では、失礼いたします!」
挑発に乗るのではなくあくまで冷静に、長壁姫が真正面から斬りかかる。良い太刀筋だが、狙いが荒い。身を屈めて紙一重で避わすと、彩夏は判魔を振り抜き襲撃者を焼き尽くした。業火は無慈悲に長壁姫を直撃し、その肉体を炭へと変えていく。
「……!」
微かな違和感が彩夏を過る。この煙、骨肉を焼く臭いではない。
見ると、炭は細かいチリとなって消えていく。これは……狐が得意とする変化の術、長壁姫が葉っぱで造った身代わりか。
「キャハハ!」
一瞬の隙を突いて、足元から飛び出す影。
いつの間に地中へと潜っていたのか、亀姫ががっちりと足首を掴んでいた。流石はアナグマ、地中は庭と言わんばかりの機動力だ。それだけではない。地面からは無数の太綱が飛び出し、彩夏の四肢をがっちりと固定する。
「キャハハハ──今よ、亀姫!」
謀られた、そう気付いた時にはもう遅い。
地中を掘り進んだ本物の亀姫が、無防備になった彩夏の背後から跳躍する。重い鉤爪の一撃が、その脳天を目掛け振り落とされた。
見事な智略! 思わず舌を巻いてしまう。姉妹妖怪だからこそ可能な連携。個々の力量もさる事ながら、その呼吸はぴったりだ。
だが、まだだ。この程度で負けるほど、魔王の名前は伊達ではない。
「キヒヒ……でぇいやあっ!」
「え!?」
「なッ!?」
力任せに足を振り上げ、亀姫に化けていた長壁姫を地中から引っこ抜く。ぶちぶちと千切れて消える、葉っぱを化かした太綱。頭上からの一撃も難無く受け止め、そのまま振り落とされた腕を掴み、強引に二人の襲撃者を真正面から激突させた。
「きゃっ……ちょっと、離れなさい!」
「ぐぅ、お姉ちゃんこそ!」
ひと塊に絡まり合い転がる二人。
軽口を交わしながらも即座に起き上がると、当の魔王は涼しい笑顔で服についた土を払っていた。
冗談じゃない、そう長壁姫は考える。
己が主と同格の魔王。人間に転生したなどと聞き侮っていたが、その力は少しも衰えていない。あの拘束を、単純な腕力で振りほどくとは。もし自分一人で相手にしていたなら、例え妖気を全力で解放しても敵わなかっただろう。だが……。
「キャハハ、お姉ちゃん?」
「ええ。私達なら……手足の一、二本で何とかなりそうね」
今は、一人ではない。
言いつけも守れぬ愚妹だが、こと戦闘に関して言えば亀姫との共闘は心強い。義理ではあるが姉妹の絆、その力は妖怪にも存在するのだから。言葉を交えずとも、時に盾となり時に矛となり、一心同体に攻め立てる事が出来る。
二人で立ち向かえば勝てぬ相手ではない。そう結論付け、姉妹は魔王へと向き直る。
「キヒヒ! さ、もっと遊ぼー!」
勝負は、これからだ。
──そのはずだったのだが。
「お? 見ろよおい、こんな夜中に出歩いてるねーちゃんがいんぞ」
突然の闖入者に、全員の動きが止まる。
見ると、三人の男がこちらに向かって歩いて来る。妖気は感じない。間違いなく、普通の人間だ。
「え? 何々、何してんの? 仮装パーティ?」
「俺達も混ぜてくんね?」
「帰りは送ってやるからさー。ギャハハハハ」
そんな下品な言葉を並べ、吹かしていたタバコを足元に捨てる男達。一人の手には、酒の缶が握られている。かなり酔っ払っているらしく、男達の目には何人かの女子が集まっているようにしか見えなかったようだ。
「……草木も眠る丑三つ時。結界が弱まってたかもね」
彩夏の呟きに、百姫もまた頷く。
丑三つ時。この時間帯は、古来から闇が強まる怪異の時間だ。藁人形に五寸釘を打ち込む呪術「丑の刻参り」に代表されるように、丑三つ時には怪異や異状が起きやすくなる。おまけに、この場には上級の妖怪が何体も揃っていると来た。人間が結界の弱まりから迷い混んでも、何ら不思議はないだろう。
「おーい、何黙ってんの?」
そんな事は知らずに、男達は近付いてくる。
「……はぁ。歩き煙草、未成年飲酒、下品なナンパ。それにこの状況も理解出来ないなんて……これだから分を弁えない人間は不愉快ですわ……チッ、絡新婦」
その態度が腹に据えかねたのだろう。言うが早いか、百姫が瞬時に姿を消す。
無知な男達に見えたのは、それが最期だった。
刎ね飛ばされた首が、血の弧を描いて宙を舞う。
次の瞬間、突如として怪物が現れた。巨大なクモに女性の上半身を無理矢理くっつけたようなその怪物──絡新婦は、二つの口で、夢中で地面に崩れ落ちた骸を喰らい始める。ばきぼきと歪な咀嚼音が辺りに響き、獲物は次々にその胃袋へと納められた。
「ウフフ、残さず食べなさい……あーあ、それにしても興醒めですわね。今日はもう、これでお開きといたしましょうか」
絡新婦の背中に腰を下ろし、愉悦の笑みでその頭を撫でる。餌を喰らい尽くした捕食者は、瞬く間に御札へと吸い込まれて姿を消した。
「キヒヒ、酷い事するなあ。気に入らないのは分かるけど、三人もまとめて殺しちゃうなんて」
変身を解除する彩夏。確かに百姫が言う通り、遊びを続けるような気分ではなかった。
別段、犠牲者への憐れみや同情があった訳ではない。しかし、自分と違うやり口で、勝手な振る舞いをされたのだ。流石に少し面白くないので、ちょっと口を尖らせてしまう。
「何を今さら。わたくしの所業など、可愛らしいものでしょう」
それに対し、百姫は静かに呟く。溜め息混じりだが、その言葉に感情の起伏は感じられない。人を馬鹿にしたような薄ら笑いは消えており、真顔で彩夏に向き直る。
「……そうそう。帰る前に、好敵手としてひとつ警告です。貴女の復活に当てられているのは、わたくしだけではありません。沢山の妖怪が活性化している事、お忘れなく。それに……そんな妖怪に害意を抱く輩も、ね」
「妖怪に……って、まさか」
「えぇ。貴女も以前お世話になったのでは? 怪力無双、法力使いの、妖怪狩りの一族」
その言葉に、彩夏の全身が疼く。
今の肉体に傷痕がある訳ではないが、記憶が、霊魂が覚えている。妖怪狩り。忘れもしない。何しろ自分を、山本五郎左衛門を滅した奴が、そう呼ばれていたのだから。
だからこそ、彩夏は驚きを隠せなかった。
「え!? あいつ、まだ生きてたの!?」
「三百年以上経ってますし、流石に本人ではないでしょう。ですが、力は格段に大きいようですわ。わたくしでも手こずりそうですし、少しだけ危惧しておりますの」
忠告を残し、歩き出す百姫。
だが、ふと足を止めると、背中を向けたままぽつりと呟いた。
「……勝負を放棄して死ぬなど、今度こそ許しませんからね」
「キヒヒ、心配してくれてる?」
「ご冗談を。あくまでも、貴女に勝つのはこのわたくしという事ですわ」
そう告げて、足早に闇の中へと消えていく。行く末を見守っていた三人の妖姫も立ち去り、公園には彩夏が一人残された。
ブランコを漕ぎながら考える。彼女とは、これから幾度もぶつかる事になるだろう。魔王が対峙したのだから、それは避けられない宿命である。もっとも、彩夏は避ける気などなかったし、むしろ楽しみであるのだが。
それよりも、今気になるのは妖怪狩りだ。
下手をすると、百姫よりも面倒な事になりかねない。こちらとは出来ればぶつかりたくないが、そういう訳にもいかない相手だ。
まぁ、再び滅されるつもりもないのだが。新たな遊び相手の到来を予感し、彩夏もまた、ブランコから飛び下りると闇の中へ姿を消した。
登場妖怪解説
【神野悪五郎】
「稲生物怪録」において、山本五郎左衛門と魔王の座を賭け勝負をしていたもう一人の魔王。宮地水位「異境備忘録」には十三人の悪魔の棟梁の一人「神野悪五郎日影」の名で登場し、変幻自在の姿をとると描写されている。
【長壁姫】
姫路城の天守に潜んでいたという妖怪。刑部姫とも書く。年老いた狐の変化が正体とされるが諸説あり。人間を嫌い、天守閣で祈祷をしていた人間を鬼に化けて蹴り殺した説話があるが、逆に肝試しに訪れた人間の度胸を認めたという説話も残っている。
【亀姫】
「老媼茶話」などに名が残る、猪苗代城(亀ヶ城)に棲み憑いた妖怪。長壁姫の妹、或いは義妹とされる。人間の城主を呪い殺すなどの怪異を引き起こしたが、その正体は大きなムジナであったという。
【絡新婦】
クモが美しい女性に化けた妖怪の説話は、日本各地に残っている。内容はそれぞれ異なるが、人間を呪い殺したり喰い殺したりする場合も多い。




