第十一話:百姫夜行 二人の魔放少女(1)
「キヒヒ……それじゃ、改めて。久しぶり、神野百姫ちゃん。」
「ええ。ごきげんよう、山源彩夏さん」
時刻は、とうに日付を超えていた。
そんな時間の公園で、二人の少女が対峙する。
一見小学生にしか見えないこの二人。だがその正体が妖怪を統べる魔王だなどと、一体誰が想像できるだろうか。
実際、魔王本人ですらその姿は意外だったようだ。
「それにしても……彩夏さん、しばらく見ない間に随分と愛らしいお姿になりましたわね。まさか貴女、そんな趣味がおありでしたの?」
「キヒヒ、まっさかぁ! 私の事はともかく、百姫ちゃんこそそんな姿になる必要ないでしょう? 肉体が滅んだ訳じゃあるまいし」
彩夏が少女の姿をとっているのは、現代の赤子にその力を移したからである。そのため、彩夏の場合その姿は必然だ。という事は、百姫の姿にも何か理由があるのだろうか。
「あら、これは現代の貴女に併せて化けただけの事ですわ。慣れればこの姿もなかなか楽しいですわね」
だが、涼しい顔で百姫はそう言ってのける。
そうだった。珍しく、彩夏は苦笑いを浮かべてしまう。
この神野悪五郎改め神野百姫という魔王、何かにつけて張り合うのが好きなのだ。時代と相手に併せ、姿形どころかその人格まで変じて化ける。その理由は単純明快、相手と同じ土俵で勝負を挑みたいだけなのである。その在り方は、さしずめ「競争心を司る魔王」と言ったところか。
「早速ですが彩夏さん。そろそろ勝負といきませんか?」
「勝負?」
「ええ、前回の勝負は不完全燃焼でしたから。そろそろ復活した力もこなれた頃かと思いまして、今日は宣戦布告に参りましたの」
彩夏の苦笑いを軽く流すと、柔和な笑顔を浮かべて百姫が口を開く。
予想通りの展開だ。それにしても、復活した時に来る事も出来たろうに、こちらの力が戻るまで十数年待っていたというのだろうか。いや、百姫自身も何か準備があったと見るべきか。いずれにせよ、直接宣戦布告に来るとは律儀なものだ。
「貴女、その器を見ると……まだ人間がどうの均衡がどうのとお考えで?」
品定めをするように、百姫は彩夏を眺めている。
器というのは、当然この人間としての肉体の事だろう。別に人間に肩入れしているつもりはないのだが、妖怪の側からすればそう見られても不思議はない。
しかし、妖怪と人間の均衡は、彩夏が魔王として常に思い描く世界の理想形だ。それが揺らいでしまっては、魔王の矜持も揺らぐというものである。別に今さらという感じだが……。
「キヒヒ、当たり前じゃん!」
「よろしい。だからこそ、この勝負を挑みますわ。貴女は世界の均衡を保つ。ならばわたくしはその均衡を壊し、妖怪の世を創りましょう」
その言葉に、彩夏が僅かに殺気立つ。
無理もない。真正面から、自分の望みとは正反対の勝負を挑まれたのだ。面白い勝負だとは思う。高揚する気持ちがあるのも事実だ。だがそれは、彩夏と言えども本気に成らざるを得ない提案である。脅威の出現を前に、殺気が溢れてしまうのも仕方が無かった。
しかし百姫は意に介さず、ひらひらと手を振って言葉を続ける。
「そう怒らずに。彩夏さん、貴女が眠っている間に世の中は変わりましたわ。沢山の妖怪が忘れ去られ、その存在を知る人間は少ない。増長してのさばった人間共に、最早恐れるものはありません。行き場を無くした悪意が蔓延っているのを、貴女も見たはずですわ」
大きな身振りを交え、仰々しく述べる百姫。
「ですから、わたくしは妖怪の復権を目指します。貴女が理想とする均衡など、今や理想論。人間共にわたくし達の恐ろしさを知らしめ、悪意を喰らい、妖怪にとって棲み良い世界を創りあげる。ですが悲しいかな、いきなり姿を見せたところで今の人間は妖怪を恐れはしないでしょう。ですから……少しずつ、少しずつ、ゆっくり、ゆっくりと……貴女の望む世界を蝕んで差し上げますわ」
上品だった柔和な笑顔が歪み、恍惚とした狂気の表情が浮かび上がる。
それは年頃の少女とは似ても似つかない、紛れもない人外の笑み。人の心を持ち合わせぬ、妖怪としての魔王である風貌が如実に刻まれていた。
二人分の膨大な妖気と殺気がばら撒かれ、張り詰めた空気が充満する。
「そういう訳で、まず初めに今夜は復活した貴女の力量を見定めさせていただこうかと思いまして。手合わせ願えるかしら?」
だが、緊迫した空気を無視するように、そう言いながら百姫が一歩後ずさった。
「え? まあ、それは構わないけど……?」
「ウフフ、わたくし自身が動くのは簡単ですわ。でもそれでは面白くない。今回のこの勝負、わたくしの百鬼夜行……いえ、百姫夜行を動かそうかと思いまして」
「キヒヒ。なるほど、それで神野百姫、って事?」
「ええ。ウフフ、良い名前でしょう? 楽しい遊戯にはそれなりの制約がありませんと。この勝負、わたくしは女の妖怪のみを駒に盤上を支配いたします。ですから、勿論、貴女のお相手はわたくしではありませんわ」
ぱちんという指の音。すると、下がった百姫の代わりに、今度は隣に立つ狐耳の美女が扇子を取り出して一歩前進した。
「では長壁姫、丁重にお相手して差し上げなさい」
「了解いたしました、神野様」
「それでは……あら?」
だが、早速戦いが始まるかと思われたその時、百姫本人が話の腰を折ってしまった。拍子抜けする彩夏を余所に、百姫は百々目鬼が先刻スり盗ったもう一枚の御札を手に取る。その表面は、鈍い輝きを放っていた。まるで、外に出せとでも言っているかのように。
「あ! それ、鬼一口の!」
「失礼、今日はこれも目的だったもので」
輝く御札を自身の額にかざし、妖力を込める。
次の瞬間、御札の中から何かが飛び出した。
「ぷは! やっと出られたー!」
転がり出たのは一人の少女。
長壁姫に似た和服ベースのメイド服を着ており、外見だけなら年の頃は十代後半程度だろうか。茶色い獣耳を生やし、目の回りには黒茶色の隈のような模様がある。
と、自由に体を伸ばす少女に、長壁姫が激しい剣幕で詰め寄った。
「亀姫。貴女、神野様の言いつけ通りに動かなかったでしょう」
「え? 強い妖怪を復活させれば良いんでしょ?」
「この馬鹿。大百足も隠し神も、どう見ても女の妖怪ではないでしょう。しかも神野様の名前をほいほい口にして……おまけに間違えて復活させた揚げ句、鬼一口なんかに喰われるなんて。どれだけ私が心配……苦労したと思ってるの」
「キャハハ! お姉ちゃん怒ってんの?」
場違いな、どこにでもある姉妹喧嘩のような光景が、再び緊張をかき乱す。
これには、喚び出した張本人の百姫も溜め息を吐いてしまった。相変わらず、自由奔放で空気の読めない奴である。喧嘩を売られた側など言わずもがな、流石の彩夏も待たされるのは嫌と見え、放っといて帰ろうかなどと考え始めていた。
だがその心情を知ってか知らずか、そんな彩夏を視界に留めた亀姫は、無邪気な笑みを浮かべたまま長壁姫の前に躍り出る。
「ね、ね! 神野様、あれと戦えばいいんだよね? ね、私もやりたい! 殺りたい!」
「ウフフ……やれやれ。亀姫も暴れたいのですね? 構いませんわ、姉妹で遊んでいらっしゃい」
「やった! キャハハハハハハハハハ!」
甲高い笑い声を上げる亀姫。その両手が肥大化し、鋭い鉤爪を伴った手袋をはめたように変化する。一方で長壁姫はと言えば、やれやれといった表情で扇を構え直している。妖力を高めたのか、その周囲は陽炎が揺らめいていた。
「キヒヒ、待ちくたびれたー! それじゃあ遊ぼっか、変身!」
待たされた鬱憤を晴らさんとばかり、業火に包まれ即座に変身する彩夏。そこへ向け駆け出す二体の妖姫。力の激突を合図として、戦いの火蓋は切って落とされた。




