第9話 おいしいものを作ろう
アレクサンドロス生活3日目の朝。
一同は朝食を取っていた。
『は、春ちゃん…。歯が、歯が折れそうだよ…。』
黒パンは昨日の夜に食べ切ってしまったため、今日からはカンパンのような固焼きパンが主食になった。
日本で育った現代っ子には、まったく歯が立たない硬さのパンであった。
『これは…俺もかじれない…。』
「ミュウ、ハルト、硬くて食べられない?スープに浸して食べるといいわよ。」
アリシアが2人を見かねて声をかけた。
「はい。やってみます。」
『うう…。春ちゃん、街に着くまでこれ食べるのかな…。』
『お前、厚意で出してくれてる食事に文句つけるなよ。』
『わ、わかってるけど。硬いよ…。よーし、なんかアレンジできないか考えてみる!今日の夕食は私が作るよ!』
「うん?ミュウはどうしたんだい?急に元気になったね?」
「はい。今日の夕食はミユがつくると言っています。」
「おお、それは楽しみだね。」
「ミュウは朝飯食ってる時によく晩飯のことなんて考えられるなぁ。まあ、俺がまた鳥を取ってきてやるからよ。うまいもの作ってくれよな。」
ゴトゴトゴトゴト。ゴトゴトゴトゴト。
どこまでも広がる大平原。竜車に揺られて道なき道を進んで行く。
春翔は今日も竜車の後ろに捕まり、引っ張ってもらう作戦のようだ。
「アリシアさん、このそうげんはどれくらい大きいですか?」
「このグラン大平原は国が丸ごと一つ入るくらい広いのよ。ずっと向こうに山が見えるでしょう?あの山を越えてもまだ大平原が広がっているの。山脈で囲むように平地があって、その中に肉食竜や草食竜がたくさん住んでいるのだけど、山脈とこの大平原のおかげで人の住むところまで来ることはほとんどないのよ。
大平原の端から山の手前の森まで行くのに何日もかかるのだけど、水場がまったくないから出てこれないの。でも、アクティース公爵領の北西にも山脈があって、それがどうも竜の森から見えるらしくて、山脈に惹かれるかのように稀に肉食竜が迷い込むことがあるのよ。悪いことに他の場所よりも大平原の距離が短いらしくてね。飢えた状態で村に迷いこんで人を襲うことがあるわ。」
「人がおそわれる?食べられちゃうの?」
「そうよ。一度人の味を覚えると、次々に人を襲うようになるから殺さないといけないんだけど、肉食竜は強いから大変なのよ。退治するのに冒険者が何人も犠牲になってしまうの…。」
「ぼ、ぼうけんしゃ?」
「そうよ。そういえば、ついこの間肉食竜を一人で倒した冒険者がいるって聞いたわ。ねえ、ブルースさん。この間肉食竜を倒した冒険者の話してましたよね?」
アリシアは御者席の隣に座っているブルースに声をかけた。
「うん?ああ、そうだよ。なんでも、村を3つも壊滅させた肉食竜を一人で退治したそうだよ。あのまま退治されなかったらあと数日でエリミアの街まで到達しただろうという話だ。
退治した冒険者には代官が褒美を下さるらしいよ。噂では10日後にエリミアの街で凱旋パレードをすると言っていたな。4日前に港町で聞いた話だから、あと6日位だと思うよ。」
「村を3つも…肉食竜はどれくらい大きいですか?」
「肉食竜にも色々な種類があるが、今回迷い込んだのは特に凶暴な獅子竜という種類だって話だから、ステラの倍以上はあるだろうね。」
『ステラは頭から尻尾まで4mくらいだよな。倍以上っていうと10mくらいかな。10mくらいの特に凶暴な肉食竜ってまさかティラノサウルスじゃないよな?』
『そんな、ここってティラノサウルスが襲ってくる世界なの!?怖いよお。』
「よし、今日はこの辺りで野営をしよう。」
大分日が傾いたところでブルースから号令がかかった。
今日はまだ獲物が取れていないので、護衛チームは狩りに行き、美優と春翔とアリシアで食事の支度に取り掛かった。
「ミュウ、今日は何を作るつもりなの?」
「石パンとおいもを混ぜる!」
「石パン?フフッ、それって固焼きパンのことね。あれは確かに石のように硬いわね。」
「まず、おいもをゆでるから、アリシアさんお水お願いします!」
「はいはい。」
美優はじゃがいもを綺麗に洗って、皮付きのまま4つほどの大きさに切っていく。
『皮剥かないの?』
『茹でて潰すから、潰すときに皮は取れるよ。』
「石パンを小さくします!」
「小さく?ナイフで切るの?でも手が滑って指を切ってしまいそうね。」
「布でつつんでかたいものでたたく!」
そういうと美優はお弁当を包んでいたランチクロスを取り出して固焼きパンをくるんだ。
『春ちゃん、サドルバッグにドライバー入ってるでしょ?あれの取っ手の部分でガンガン砕いて。』
『おう。』
春翔がサドルバッグに収納しているものを熟知している美優は、自転車修理キットをパン砕きに利用するようだ。
お湯が沸騰したところでじゃがいもを投入し、煮えたらじゃがいもを取り出して皮を取り除き、半量をマッシュポテトにする。
茹で汁でマッシュポテトの固さを調節し、小判型に成型して周りに砕いたパンをまぶした。
次に玉ねぎとにんじんを火が通りやすいように小さく切る。
野菜を切り終わったところで今日の獲物が届いた。
今日は狩りの時間が短かったので、獲物は鳥2羽だ。
捌いて持ってきてくれたので、そのまま料理を続行できるのがありがたい。
全部を煮込み料理にしようかと思ったが、焼き鳥も捨てがたいので、一人2本分の焼き鳥を作り、残りを煮込み料理にすることにした。
今日の焼き鳥は軟骨入りつくねだ。
軟骨とシソを細かく切って肉に混ぜ込み、塩で味付けし、串を中心にして成型する。
その間に鍋で鳥皮を熱して脂を取り、鳥皮を取り出した。
少量の脂とバジルのみじん切りと塩を混ぜて、半量残しておいた茹でたじゃがいもに塗す。
マッシュして衣を付けたじゃがいもは脂に入れて、きつね色に色づいたら取り出した。
鍋に残った脂でバジルと塩で下味をつけた鶏肉を炒め、野菜を投入して更に炒める。
大体火が通ったところで、4つ切りにした完熟トマトと水をカップ1杯程と、だし代わりの干し肉削り節を投入する。
トマトの皮がめくれてきたら皮を取り除き、木べらの背で潰していく。
トマトを煮詰めている間に焼き鳥の串を火の周りに刺し、焼いていった。
脂を取った後の鳥皮も一口大に切り、串に刺して塩を振ってカリカリになるまで焼いた。
「できましたー!」
今日のメニューは鶏肉のトマト煮にポテトのバジル和えとコロッケもどき、そしてつくねと鳥皮の焼き鳥だ。
カフェランチ風にワンプレートに盛り付けたこだわりの一品である。
「へぇーなんだか洒落た料理だな。この煮込みの上に乗ってる葉っぱはなんだ?」
レオンは皿を手に持ちバジルをつつきながら尋ねた。
「それはかざり!かわいいし食べてもおいしい!」
「へー。うん、うまい。」
「ほんとおいしいわ。石パンをこんな風に料理するなんてすごいわ。」
「石パン?なんだよ、そりゃ?」
「ふふ、ミュウが名づけたのよ。石のように硬いパンだから石パンなんですって。」
「ははは。石パンかい。それは分かりやすいね。」
「へぇ~。どこに石パンがあるんだぁ~?」
「ここ!おいものまわりのサクサクが石パンだよ!」
「ミュウの腕はてえしたもんだな。野営でこんなにうまい飯が食えるとは思わなかったぜ。」
「えへへ。よかったー!」
「明日の昼頃にはエリミアの街に着くよ。野宿も今日でおしまいだ。」
「どんな街なのかなぁ?楽しみだなー。」
「ーーーまぁ、大きな街だからね。いいところも悪いところもあるさ。ハルト、ミュウ、困ったことがあったらウィンタースティーン商会を頼りなさい。子どもが遠慮してはだめだよ。」
「「はい。ありがとうございます。」」