第64話 ユキちゃんと
ウィルとソールを見送ると、春翔は自分の手のひらに乗ったぽわぽわの氷の精霊に視線を移した。
「みー。」
「こおりのせいれいさん、かわいいです!」
早くも氷の精霊に骨抜きの春翔は、自分の目線の高さに手を上げて宝石のような青い目をのぞき込む。
『春ちゃん、氷の精霊さんって子猫なの?』
『雪豹だって。もふもふでめっちゃ可愛い! めっちゃ可愛いッ! ユキちゃん!』
春翔は頬ずりせんばかりの勢いで氷の精霊を自分の頬に近づけた。
『えっ、名前はユキちゃんなの?』
『うん。雪之丞とか雪之進とかどうかな? サムライっぽくてカッコいいだろ?』
なぜ氷の精霊に侍っぽさを求めるのか分からない。
名前の候補を聞いた氷の精霊は、不服そうにもふもふのしっぽをパタンパタンと左右に打ち付けるようなしぐさをした。
「みー……。」
「お兄ちゃん、その子嫌がってるよ。それに、ユキノジョウとかユキノシンとか、こっちの人が覚えにくいんじゃない?」
「もっとかわいいなまえつけるがいい!」
一斉に反対された春翔はムムムと考え込んだ。
「そういえば、スカーレットはカイトが名前を付けたんだったな。幼い頃によくそんな名前思いついたな?」
セラフィムは、海翔の日本在住の子どもとは思えない名付けのセンスを不思議に思った。
「うん。僕が小さい頃、スカーレットたちと話してるところを友達に見られて、ひとりで話してる変な子だってみんなに言われてた時期があったんだ。それで家で泣いてたら、アメリカのおばあちゃんが想像のお友達がいるのは全然おかしくない、アメリカの子どもはみんな想像のお友達がいるのよって教えてくれたんだ。」
「そんなことがあったのか……。気付いてやれなくてごめんな。」
精霊が見えることで、海翔にいじめのようなことがあったとは思いもよらなかった。
友達皆に変だと言われるのは、幼い子どもには辛い経験だったに違いない。
「ううん。僕がお父さんたちに言わなかったから……。それでね、僕の想像の友達はどんな子なのって聞かれて、赤い髪のきれいな女の子だよって言ったら、おばあちゃんの好きな小説の主人公はスカーレットっていう名前なのよって。その主人公はただ美人なだけじゃなくて、どんな逆境にもめげずに立ち向かう強い女性なんだって。スカーレットは赤い色のことよって言われて、ぴったりな名前だと思ったんだ。」
「そうか……。いい名を付けたな。」
セラフィムは、優しかった養母アリーの柔和な笑顔を思い出していた。
養父のランディが亡くなってから、アリーはセラフィムたちが住む日本で一緒に暮らしていたのだ。
両親を失った幼い頃の自分を支えてくれたばかりか、息子の海翔まで陰ながら支えてくれていたことを知って、セラフィムは改めて素晴らしい養父母に出会えたことを感謝した。
「こおりのせいれいさんにも、いいなまえかんがえる!」
「みーと鳴くから、ミイはどうだ?」
アレス叔父が案を出すも、一同は聞こえないふりでやり過ごす。
「ううーん……、ユキノスケ? ユキタロウ?」
「みー……。」
「ユキトは? ハルトとカイトのおとうとみたいです。」
「みー……。」
春翔は次々に名前の案を出すが、どれも気に入ってもらえない。
氷の精霊は顎をぺたりと春翔の手のひらにつけて、上目遣いで春翔を見た。
「マユキは?」
「み!」
やっとお気に召す名前が出たのか、はたまた妥協したのか、氷の精霊は顔をあげて短く鳴き声をあげた。
「マユキが気に入ったみたいだな?」
「よかった! きょうからこおりのせいれいさんのなまえはマユキです。よろしくね、ユキちゃん!」
「えっ。いろいろ考えたのに、結局呼び名はユキちゃんなの?」
今までの時間は何だったのかと海翔が呆れている。
名前が決まって嬉しいのか、真雪は春翔の手のひらを飛び出して、ぴょこぴょこと春翔の顔の周りを走り回っていた。
その日の夕食は、莉奈と美優が試作を重ねているハンバーガーだった。
今日用意したものは、エウフェミアの精霊ドリュアスに育ててもらった日本の野菜を挟んだ自信作だ。
数種類用意してみんなに試食してもらい、評判が良かったものを商品にするつもりでいる。
バーガー類は、バンズにパティ2枚とグリルした玉ねぎに生のトマトとレタスと特製ソースを挟んだダブルバーガー、ダブルバーガーにチーズをプラスしたダブルチーズバーガー、チーズの代わりにアボカドを挟んだアボカドバーガー、鶏むね肉を油で揚げてレタスとトマト系特製ソースを挟んだチキンカツバーガーを用意した。
夕食にハンバーガーだけでは寂しいので、フライドポテトとチキンナゲット、グリーンサラダとミネストローネも付けている。
「どれがおいしいかたべてみてください。」
「これがお国から持って来たという野菜ね。」
「ほう、これは生のようだが、このまま食べるのか?」
「はい。わたしたちのくにのやさいは、なまでたべてもとてもおいしいです。」
アレクサンドロス人組は、生の野菜を興味深々といった様子で眺めている。
春翔たちは日本で食べなれたハンバーガーに、さっさと大きな口でかぶりついていた。
「うん、うまい。ハンバーガーもずいぶん久しぶりだ。懐かしいな。」
「おかあさま、おいしいです!」
みな口々に美味しいというが、どれも美味しいでは困る。
「みなさん、どれがいちばんおいしいですか?」
莉奈が尋ねると、一同はうーんと唸りながらもそれぞれ一番いいと思ったものをあげてくれた。
「ミユはアボカドバーガーがいい!」
「ユージはダブルチーズバーガー!」
「僕もアボカドかな。チキンナゲットも好き。」
「ハルトはダブルチーズバーガーがすきです。」
「私はこのアボカドというネットリした野菜が気に入ったぞ! アボカドバーガーがよい!」
「俺はダブルチーズバーガーだな。」
「私はアボカドバーガーが美味しいと思うわ。」
「私もアボカドバーガーに一票を投じます。」
アボカドバーガーに5票、ダブルチーズバーガーに3票入った。
アレクサンドロス人組にはアボカドが特に評判が良いようである。
ただパンに肉のパティを挟んだだけでは、すぐに真似をする者が出てきてもおかしくない。
しかし、間に日本から持ってきた野菜を挟むことで、真似のできない完全にオリジナルの商品を作ることができる。
春翔は次のバーガーに手を伸ばしながら、ピンとひらめいたような顔をして席を立ち厨房へと向かった。
しばらくして、手に盆を持って春翔が戻ってきた。
「のどがかわきます。のみものをどうぞ。」
「ああ、ありがとう。むっ? これは!」
「あらっ、冷たいわ?」
「香りは紅茶のようですが、冷たいですな?」
春翔に手渡された飲み物のグラスを持ったアレス叔父たちは、一様に驚きの声をあげた。
「ハルトのくにでは、つめたいこうちゃをのみます。おいしいです。マユキがつめたくしてくれました。」
名前を呼ばれた真雪がパッと現れて、春翔の肩にちょこんとお座りした。
「あら、氷の精霊ね! かわいいわ!」
「ほほう、つい最近動物の形態が取れるようになったところですね。これは愛らしい。」
「みー。」
真雪は二人のエルフに挨拶するようにひと鳴きした。
『パパ……、私たちも氷の精霊見てみたいね……。』
『ああ……。かわいいかわいいって大絶賛だな。子どもなのかな?』
『雪豹の赤ちゃんだって。』
『な、なんだってー!? それは間違いなくかわいいな! あー、俺も見てみたいよ……。』
美優親子はうらやましそうに氷の精霊と戯れるエルフたちに視線を送った。
「ハルト、あのね……。植物の精霊を紹介する話なんだけど……。」
エウフェミアが言いにくそうに植物の精霊の話を口にした。
「はい。みつかりましたか?」
「ええ……。ドリュアスがね、エルフの里を出たいって言ってる植物の精霊に泣き付かれちゃったって言うのよ……。」
「それなら、ここにくればちょうどいいです?」
「それはそうなんだけど……。すこーし問題があるというか……。もちろん性格は悪い子じゃないわよ? だけど、少しだけ能力がアレなのよね……。」
「アレって?」
あれとはどれだと春翔は首を傾げた。
「会うだけ会ってみる? 実はドリュアスがもう連れて来てるのよ。」
「えっ、そうなんですか? あいます!」
エウフェミアは浮かない顔をしつつも、自分の精霊であるドリュアスを呼んだ。
「ふう……。ーーーードリュアス。」




