第33話 アレス殿下という男
先代王ヘリオスの側室アスパシアが関わっている。
セラフィムの神力の強さを知ったアスパシアが、息子の王位継承が脅かされると疑心に捉われ、セラフィムを亡き者にしようと襲撃を仕掛けたのだ。
あの日、戴冠式になど行かなければ、誰にもこの目を見られなければ、両親はいまも生きていたのかもしれない。
やはり、幼い頃からずっと恐れていた通り、自分のせいで両親は殺されたのだ。
心のどこかで別の理由であることを願っていたセラフィムは、アレス叔父の言葉に打ちのめされた。
「だが、あくまでも噂に過ぎない。私は側室アスパシア本人を知っているが、とてもそのような恐ろしいことを企てるような人物とは思えないのだ。当時の取り調べでも、何の証拠も出なかった。」
「人は、がいけんではわかりません。子どものために、やったかもしれません。」
春翔がそう言うと、その指摘ももっともだと思ったアレス叔父は、同意するように頷いた。
「確かに、人は見た目ではわからない。我が子を王にするためなら何でもするという親もいるだろう。取り調べを受けたとは言ったが、どの程度のものだったのかはわからないのだ。なにしろ、国王のたった一人しかいない息子の実母なのだから、犯罪者にする訳にはいかなかっただろうからな。」
「おとうさま、かおが白いです。だいじょうぶですか?」
春翔は、顔を青ざめさせたまま微動だにしないセラフィムを心配そうに見た。
「セラフィ、側室アスパシアが犯人だという証拠はない。悔しいだろうが、今となっては国王の母、国母となっているのだ。軽々しく糾弾できる相手ではない。」
「……はい、承知しております。」
セラフィムはカラカラになった喉から、かすれた声でなんとか返事を絞り出した。
「それならばよいが……。セラフィ、神力術のことだがな。アクティース公爵領で修行をするのはどうだろうか? 両親の思い出がある土地へ行きたいだろう? それに、セラフィが長く王都にいるのは危険だから場所を移した方がよいと思うのだ。」
アレス叔父は、暗く沈んだ表情のセラフィムを見て励ますように明るく言った。
「アクティース公爵領ですか。実は私は、つい最近アクティース公爵家の別邸を褒美として賜ったのです。私たちは今そこに住んでおりますので、アレス叔父様がよろしければ、ぜひ我が屋敷へお越しください。」
セラフィムの言葉を聞いて、アレス叔父は憤慨したように言った。
「褒美に貰っただと? もともとアクティース公爵領は全てお前のものだというのに、なんということだ。いったい何の褒美なのだ。」
「はい。獅子竜を退治した褒美として賜りました。」
「なんと! そういえば獅子竜の被害で村が3つ壊滅したという話を聞いたな。たしか、冒険者が一人で退治したとか。」
「はい。その冒険者が私です。」
「おお! 神力が強いだけでなく武芸にも秀でているとは、さすが私の甥だ。これは教え甲斐があるな! はっはっは!」
アレス叔父が誇らしげに高笑いをしたところで、パンテレイモンがお茶の用意が出来たと声をかけた。
紅茶にはスライスしたオレンジが添えられ、かわいらしい焼き菓子と共に供されている。
「パンテレイモン。私は姉たちの墓参りという名目でアクティース公爵領へ向かう。数か月滞在するつもりだが、お前にも共に来てほしいのだ。精霊に一番詳しいのは800年分の知識を持つお前だからな、修行に協力してほしいのだ。」
「かしこまりました。もしよろしければ、私の孫も同行させましょう。私はすでにだいぶ年ですからな、孫は私を上回る精霊魔法の使い手ですぞ。」
「おお、それはよい。ぜひ頼む。」
アレス叔父はパンテレイモンの提案を上機嫌で受けいれた。
「アレス叔父様、神力を発動できるようになるまで、どれほどの時間がかかるのでしょうか?」
セラフィムは、近いうちに女神による災いが降りかかると予言されていることは伏せて、修行にかかるおよその時間を尋ねた。
「それは個人差があるから何とも言えないな。だが、セラフィもハルトも強い神力を持っているのは確実だ。こつさえ掴めばすぐにでも発動してもおかしくはないぞ。」
「そうですか。実は、私たちは出来るだけ早く神力術を会得したいのです。」
「ほう。では今からやってみるか。」
まさかこの場で修行を始めるとは思っていなかったセラフィムだったが、アレス叔父からの申し出をありがたく受け入れることにした。
「はい。ぜひお願いいたします。ハルトもそれでいいな?」
「はい!」
修行を始めるとは言っても、ここは神殿であり、武芸の稽古場のような場所などあるはずもない。
どこでどのように修行を始めるのか、アレス叔父の指示を待った。
「では、始める。二人は、神力はどこから発動すると思う?」
意外にも、アレス叔父はテーブルに着いたまま修行を始めると宣言した。
「そうですね、精神を集中して体内の神力を集め、手から一気に放出するような感じでしょうか。」
「ハルトは、目からでるとおもいます!」
春翔は、前々からことあるごとに自分の目には特別な力が宿っている説を主張していた。
ついに真実を知る人物から答えを聞けることになり、期待に胸を膨らませた。
「ハルトが正解だ。私たちの神力は目から発動する。」
「おおーーーー! やった、やった!」
両手をあげて喜ぶ春翔に苦笑しながら、セラフィムは尋ねた。
「目からですか。それでは、精神を集中して、体内の神力を目に集めて発動させるのでしょうか。」
「いや、精神を集中させると言うよりは、感情の高ぶりが目に直結している感じとでもいうべきか。」
「? それは、どういう?」
「うむ。説明が難しいのだ。まず私がやってみせよう。」
春翔とセラフィムは頷くと、アレス叔父が神力を発動する様子を見逃すまいと熱心に見つめた。
皆が見守る中、アレス叔父は静かに目を閉じたかと思うと、突然ガタンと音を鳴らし勢いよく立ち上がった。
そして、アレス叔父がカッと目を見開いたときには、その目は燃えるように赤く染まっていた。
「こうだっ! 荒ぶる情熱でその目を燃やすのだ! もっと熱くなれっ!」
「ひえっ!」
アレス叔父の豹変ぶりにおののいた春翔は、のけぞって小さく叫び声をあげた。
いきなりこうだと言われても、何が何だかさっぱりわからない。
春翔とセラフィムは青ざめた顔で、二人揃ってドン引きしていた。
「もっと熱くなれよ! 熱い血燃やしてけよ! 人間熱くなった時が本当の自分に出会える時だあっ!」
『ととと、とーちゃん、なにこれ?』
『俺に聞くなよ。俺だって驚いてるんだよ。アレス叔父様がこういう人だったなんて…。』
本当にこれが修行なのだろうか。
春翔は驚いてチラリとパンテレイモンに視線を送ったが、パンテレイモンは三人の修行の様子を微笑ましそうにニコニコしながら見守っているだけだった。
「ハルト! セラフィ! やってみろ!」
『ええっ、とーちゃん、俺恥ずかしいよ!』
『俺だって恥ずかしいよ!』
「もっと本気出せよ! もっと! 熱く! 熱くなれよおーーーっ! 」
アレス叔父が暑苦しくぐいぐい迫ってくる。
『『ひぃ!』』
もともと暖かかった温室は、アレス叔父が発する熱気によりさらに温度が上昇したように思えた。
春翔とセラフィムは暑苦しさにダラダラと汗を流しながらも、必死にアレス叔父を真似ようと試みた。
「あ、あつくなれー…。」
「熱くなれー…。ダメだ、出来る気がしない。」
「諦めんなよ! 諦めんなよ、そこで! 熱くなければ人生じゃない! 夕日に向かって走れ! ファイヤーーーッ!」
今はまだ正午を少し過ぎたくらいの時間である。
夕日など出てはいない。
そもそも今いるのは植物の生い茂った温室の中で、ここから太陽は見えないのだ。
しかし、そう言うなりいきなり走り出したアレス叔父を追って、ハルトとセラフィムはそう広くもない温室の中を走り回る羽目になった。
その日、アダマース神殿発の謎の熱気により、王都アダマースは季節外れの真夏日に見舞われることになった。
次回の投稿は3/7(水)か3/8(木)になります。
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