第32話 叔父との面会
王都に到着した翌日、春翔とセラフィムは迎えに来たパンテレイモンと共に馬車に乗り、アダマース神殿を目指していた。
「ハルトはおうぞくに会うのははじめてです。」
「えっ!? ななな、なにを急におっしゃっているのですか? 王族とはいったい何のことやら私にはまったく、ちっとも、これっぽっちもわかりませんな!」
「「………。」」
パンテレイモン氏は嘘が苦手な人物のようだ。
春翔は初めて王族と面会することに緊張しており、自分たちを呼び立てた人物は謎という設定をすっかり忘れていた。
春翔たちはセラフィムの叔父が神託を受けていることを知っていたため、誰が自分たちを呼んでいるのか謎でも何でもなかったのだが、パンテレイモンはそんなことは知りようもない。
ひどく焦っていて、見ていて気の毒なほどだった。
「ごほん。ハルト、俺が話をするから、ハルトは挨拶だけすればいい。そんなに緊張しなくても大丈夫だ。」
「はい、わかりました。」
ほどなくして、神殿の正面入口に着いたと思ったが、馬車はそのまま正面入口を素通りしてしまった。
「パンテレイモンさん、ここはしんでんではありませんか?」
「ええ、ここは神殿ですが、正面入口から歩くと少し遠いので、裏門からご案内いたします。もう間もなく着きますよ。」
春翔はパンテレイモンの説明に頷くと、馬車の窓から神殿を眺めた。
「お待たせしました。どうぞこちらに。」
馬車を下りると、パンテレイモンが先導して神殿内を歩いていく。
石造りの厳かな佇まいの神殿は、高い天井と何本もの円柱が特徴的だった。
春翔は、回廊を歩きながらきょろきょろと辺りを見回していたが、誰一人歩いているものはいない。
このような大きな神殿になぜ誰もいないのか不思議に思いながら着いていくと、春翔たちは中庭にあるガラス張りの温室に案内された。
温室の中は色とりどりの花が咲き乱れ、南国のような暖かさだった。
高く茂った植物や花の間を通り抜けると、奥にはテーブルと椅子が置かれているスペースがあり、そこには既に一人の人物が座っていた。
50代くらいの体格のいい金髪の男性で、春翔たちと同じような瞳の色をしており、いまは青にも紫にも見えるような色合いだった。
その人物は驚愕の表情を浮かべてセラフィムを凝視している。
「まさか…! まさか…っ!」
そう言ったきり言葉が続かない様子のその人物に、パンテレイモンはお茶の用意をしてくると言い残してその場を去った。
その人物はよろよろと立ち上がると、ゆっくりとセラフィムの方に近づいていった。
「--セラフィ、セラフィエル・アクティースなのか?」
「アレス叔父さま。」
「…っ! セラフィ! 神託で名を聞いた時にもしやとは思ったが、ああ、よく無事で…! まさか、生きていてくれたとは…っ!」
アレス叔父は涙を流して勢いよくセラフィムを抱きしめると、矢継ぎ早に問いかけた。
「ああ、あの小さなセラフィがこんなに大きくなったとは。姉にもアドニスにもよく似ている。いままでどこにいたのだ? どうやって助かることが出来たのだ?」
「両親が神力の全てをこの指輪に注いで、私を転移させてくれました。」
そういってセラフィムは、指輪を外してアレス叔父に見せた。
「これは、たしかアクティース公爵家の家宝の指輪だったな。これには守護精霊が宿ると言われていた。光の精霊ウィルがお前を守ってくれたのだな。」
「はい。そのようです。しかし……。」
「うん? どうしたのだ?」
アレス叔父は歯切れの悪いセラフィムの言葉の先を促した。
「アクティース公爵家の光の精霊ウィルだけでなく、雷の精霊ソールと火の精霊フェニックスも私を守ってくれていたようなのです。」
「ようなのです、とは? なぜ確信がないのだ?」
「それは、私には守護精霊の姿が見えないからです。」
「な、なんと! そういえば、セラフィはあの頃神力術を習い始めたばかりで、まだ神力の発動が出来ていなかったな……。その後誰からも習うことが出来ず、今まで来てしまったということか。」
アレス叔父は守護精霊が見えないというセラフィムの言葉に驚愕したものの、いち早く事情を察した。
「はい。それで、アレス叔父様に神力術をご教授いただきたく、こうして息子と共に王都へ参りました。」
「息子?」
セラフィムの登場に目を奪われ、春翔の姿がまったく目に入っていなかったアレス叔父は、その時初めて春翔がいることに気がついたようだった。
「はい。これは私の息子のハルト・ジョーンズです。」
「ハ、ハルト・ジョーンズですっ。こんにちは。」
春翔は元気よく名を名乗ると、ぺこりと頭を下げた。
誰に対しても挨拶は「こんにちは」だが、アレス叔父は気にする様子もなく、にっこり笑って機嫌よく答えた。
「おお! セラフィによく似ている。神力も強いな。うむ、うむ、良い息子だ!」
「そんな、かっこいいなんて、ハルトははずかしいです。」
「ハルト、"良い"と"かっこいい"は同じ意味ではないぞ。」
アレス叔父の褒め言葉を勘違いする春翔に、笑いをこらえながら訂正するセラフィムだった。
「アレス叔父様、私は聞きたいことがあるのです。今、ソールとウィルはこの場にいますか?」
「いや。今は姿を現していないな。精霊は気まぐれだからな、常に傍にいるとは限らない。」
「そうですか…。アレス叔父様は、誰が私の両親を殺したのかご存知でしょうか? あの晩、3体の守護精霊が傍にいたようなのですが、なぜ両親は殺されてしまったのでしょうか……。」
悲痛な面持ちでそう尋ねるセラフィムに、アレス叔父は諭すようにいった。
「セラフィ。なぜ助けてくれなかったのかと、そうソールとウィルに聞くつもりなのかい? 助けられるものなら助けていたよ。それは間違いない。精霊を責めるようなことを言ってはいけないよ。セラフィに精霊の姿が見えないのは、セラフィに責められるのを恐れた精霊が、自らの意思で姿を現さないからなのかもしれないな。」
「いいえ! 私は精霊に命を救われた身です。責めるつもりなどありません。ただ、なぜ両親が死ななければならなかったのか、それを知りたいだけなのです。」
アレス叔父はセラフィムを痛まし気に見つめ、過去の記憶を手繰るようにゆっくりと語り始めた。
「……あの晩は、屋敷に火をつけられたと聞いている。その場にいた精霊は、雷、光、火と言ったね? 水や氷ならば助けられたかもしれないが、属性から考えて、火を消す手段がなかったのだろう。」
「属性……。」
「アクティース公爵家を襲った犯人は、結局捉えることができなかった。だが、襲撃の規模から考えて、王家のものが関わっていたのではと噂されていた。そして、私もその噂は正しいと思っているのだ。高位貴族を何家も襲うなど、一貴族に出来ることではないからね。」
「王家の誰が企てたのでしょうか?」
アレス叔父は名を出していいものか逡巡するかのように、腕を組んで黙り込んだ。
しばらくして、アレス叔父はあくまでも噂だがと前置きした上でセラフィムの問いに答えた。
「先代王ヘリオスの側室、アスパシアが関わっていると言われていた。」




