第31話 神殿からの使者
驚いたようにソールとウィルの名を口にする老人に、春翔は不思議そうに言った。
「えっ? なまえはハルトとセラフィムです?」
その時初めて春翔の存在に気付いた老人は、目を瞬かせて春翔を見た。
「おお、これは挨拶もせず失礼いたしました。私はパンテレイモンと申します。さる高貴なお方の命により、こちらに参った次第です。」
老人はセラフィムと春翔に向かって名を名乗ると、訪問の目的を告げた。
「私の依頼主は、明日の午後、セラフィム・ジョーンズ殿をアダマース神殿にお招きしたいとのご意向です。」
「明日? 急な招待ですが、高貴なお方とは誰のことでしょうか?」
「それはこの場では明かせません。どうかご容赦ください。」
セラフィムはその答えを予期しており軽く頷いただけだった。
そして、パンテレイモンに入り口近くに配置された応接セットの席を勧めた。
「それでは、パンテレイモンさんでしたか? ソールとウィルというのは何のことですか?」
「はっ? 何、とはどういうことでしょうか? ご自分の守護精霊の名をご存知ないのですか?」
「自分の守護精霊? 私の、守護精霊ですか?」
「まさか…、見えていないのですか?」
パンテレイモンは信じられないものを見た、と言う顔でセラフィムを凝視している。
「一体何故…? 守護精霊を2体も惹きつけるほどの神力を持ちながら、その姿を見ることができないとはどういうことだ…。」
「あなたには見えるのですか? あなたは王家の血を引いているのでしょうか?」
「いいえ、私は王家の血は引いておりませんが、エルフには精霊の姿が見えるのです。」
「エルフ!」
静かに成り行きを見守っていた春翔がエルフと言う言葉に反応して声をあげた。
パンテレイモンは春翔に向かってやさしく微笑むと、フードをとって春翔に長い耳が見えるようにした。
露わになったパンテレイモンの顔をよく見ると、老人ではあるものの、美しく整った容姿といい、細身のすらりとした体形といい、エルフと言われて納得のいく美貌の持ち主であった。
「おとうさま! エルフはおうとにいますか? エリミアのまちでは見ていません?」
「ああ、王都アダマースには他国から来るエルフや獣人がいることはいるが、数は少ないな。もともとアレクサンドロスは立地的な問題でほとんど外国との交流がないんだ。」
アレクサンドロス王国は、他の国々とは陸続きでありながら陸の孤島とも言うべき立地にあった。
王国の東側には人の住めない広大なグラン大平原があり、西側には魔物が多く生息する魔の森が広がっている。
南側は海で行き止まり、北側はエルフの住む険しい山脈が人々の足を遠ざけていた。
王国の北側の一部に隣国と行き来のできる平野部が僅かにあり、そこだけが唯一、王国内で陸から外国と行き来ができる場所だった。
隣国と陸続きの北のクリュスタロス公爵領と、船で魔の森の向こう側の国と行き来のある西のアネモス侯爵領、同じく船で南の島々との行き来のある南の元アクティース公爵領の三箇所だけが、他国との外交のある土地だった。
「アレクサンドロスはもともと人が住める場所ではなかったと言われているからな。神がグラン大平原か魔の森の一部を、人が住めるように作り変えて国を作ったのかもしれないな。」
「あなた方は…、王家の血を引きながら何故この国のことに疎いのですか?」
セラフィムが春翔に説明するのを口を挟まずに聞いていたパンテレイモンは、話がひと段落するのを見て問いかけた。
「ああ、実は私達は外国で暮らしていたのです。私は5年前に、息子はつい最近この国に来たばかりですので知らないことばかりなんですよ。」
「なんと! もしや31年前の高位貴族襲撃事件の関係者で、いままで外国に逃れていたのでしょうか。ああ、これはぜひとも私の依頼主に会っていただかなくてはなりません。これほどの神力の持ち主が生存していたとは、この国にとって喜ばしいことです。」
パンテレイモンは興奮気味に言った。
「そのことですが、私たちの神力のことは内密にできますか? 無用な揉め事は避けたいのです。」
「ええ、ええ、わかりますとも。無闇に話すのは危険なことです。しかしながら、私が話さずとも、ソールとウィルの姿が見えるものには、あなた方の血筋のことは隠しようがありません。」
「なるほど。つまり、あなたの依頼主も神力を持っているから守護精霊の姿が見えると。」
「いえ、その……。それでは、明日の午後に迎えの馬車を寄越しますので、どうぞよろしくお願いいたします。お食事中のところをお邪魔してしまい、大変申し訳ありませんでした。では、私はこれで失礼いたします。」
返答に詰まったパンテレイモンは、強引に話を纏めると、フードを被りなおして春翔たちの部屋を後にした。
パンテレイモンがいなくなると、春翔は待ちかねたように言った。
『とーちゃん、びっくりしたね! 本当に俺達にも守護精霊がついてたんだな。ジョーンズ家、一家に1体どころか3体だったね。』
『ああ、俺も驚いたよ。まさか7歳で転移した時に3体も俺に付いてきてくれたとは思いもしなかった。転移する直前に俺の父が言っていたことがあるんだ。守護精霊が宿る公爵家の指輪が俺を守ってくれる、と。その言葉通り、本当にずっと傍で俺を守ってくれていたんだな……。』
セラフィムは、父に譲られた公爵家の指輪を指でなぞりながら、感慨深げに言った。
今までずっと、たった一人で日本に転移したと思い込んでいた。
しかし実際には、3体もの精霊に守られていたことを知り、セラフィムは死の瀬戸際に指輪を託した両親の愛情をあらためて感じた。
『その指輪、昔からとーちゃんが大切にしてるやつだね。それに守護精霊が宿っていたのか。』
『だが、アクティース公爵家の守護精霊は光の精霊ウィルのはずだ。なぜ雷の精霊ソールと火の精霊フェニックスまで一緒だったんだ? それに、その場に3体もの精霊がいたのなら、なぜ俺の両親は殺されなければならなかったんだ? ……やはり、まだ分からないことだらけだ。』
両親の死の瞬間がまざまざと蘇ったセラフィムは、心がかき乱されるのを抑えられなかった。
『とーちゃん……。』
春翔は、かける言葉を失って、ただセラフィムを見つめるだけだった。
セラフィムは目を閉じてふうっと息を吐くと、無理に微笑みを作りながら春翔に言った。
『さあ、食事を済ませてしまおう。風呂の湯は、皿を下げに来たメイドに頼めばいいな。今日は一緒に風呂にはいるか!』
『ええーっ! 15にもなってとーちゃんと風呂なんて恥ずかしいから嫌だよ!』
『なんだよ、つれないな。』
春翔とセラフィムは、重苦しくなってしまった雰囲気を払しょくするかのように、わざと明るくふるまうのだった。




