そこはダメ、とにかく絶対、そこはダメ!
長らく更新をサボってしまいすいませんでした。
PS4版のぷよテトやりまくっておりました……。
約1ヶ月ぶりの投稿がこんなお話というのは、非常に恐縮なのですが、お楽しみいただけますと幸いですorz
超炭酸泉で身も心もリフレッシュ。「もう臭い女なんて呼ばせないんだから!」とテンションも高らかにジャージを着込んでいると、まるで妨害するかの如く毛玉さん達がまとわりついて来た。ちょっとウザいんですけど。
彼らは私のすぐ傍まで近寄ると、デリカシーの欠片もない無遠慮さで、私の髪だのうなじだの腕だの腹だの背中だの脇腹だのに鼻頭を寄せ、スンスンとにおいを嗅ぎ始めた。どうやら風呂上りの私の体臭が気になって仕方がないらしい。口々に「ヌゥ……」だの「ムゥ……」だのと呟きながら、入念に私のにおいを嗅ぎまくっていた。とんだド変態毛玉共である。
もちろん彼らに「グヘヘ、女子高生のにおいやでー、グヘヘヘヘ」といった下心はないものと思われる。何故なら彼らは野生動物だからだ。お互いの体臭をチェックし合うのは、彼らにとっていわば挨拶みたいなものなのだ。つまりこのスンスン祭りは彼らなりの「こんにちはー」なのである。そう考えると邪険にする訳にもいかない。
しかし、ものには限度があるのだよ。
「そ、そこはダメッ……。ダメだってばッ!」
「ますたー、ダメデハナイ」
調子に乗って股ぐらにまで鼻先をツッコんできたウォルフの巨大な顔面を両手で押し返しながら、私は絶叫した。
「ちょッ!?何勝手に決めちゃってるんですか。ダメと言ったらダメなんですッ!!」
フリーダムにも程があろう。
ワキと胸はギリギリ我慢出来たが、流石にそこはアカン。そんな場所への挨拶はいらん。
最早「臭い」「臭くない」という次元の話ではない。何故ならその場所は、臭かろうと臭くなかろうと断じて侵入を許す訳にはいかない場所だからだ。この期に及んで「ますたー、腕ヲ退ケロ」等と戯けた寝言をぶっこくウォルフを睨めつけながら、私は心の中で宣誓した。
絶対に負けないんだから……!
そう。いうなればこれは戦なのである。
不可侵の絶対領域へ攻め込んで来た、デリカシーのないケモノを押し返す為の聖戦。乙女の意地にかけて断じて負ける訳にはいかないのである。負けられない戦いがここにある。嗅がれてたまるもんか。
しかし毛玉さん達に、そんなセンチメンタルな乙女心を理解する機能が搭載されている訳もなく。
私の鉄壁のガードに阻まれたウォルフは、さも不満気な様子で「ヌゥ……」とボヤいた。そして
「アァ……マダ臭イノカ」
と、とんでもない誤解をしやがったのである。
どうやら、股ぐらだけを鉄壁ガードしていた為「股だけはまだ臭い。だから拒否している」という方向で勘違いしてしまったらしい。どこか気の毒そうな視線で見つめられ、私は羞恥の余りしばし放心した。これほど恥辱に満ち満ちた誤解もそうはあるまい。
正直、股ぐらへの突撃を諦めてくれるんだったら、誤解だろうと何だろうと喜んで受け入れるべき場面だということは重々承知している。恐らく言い分を認めさえすれば、彼は突撃を諦めてくれることだろう。
しかしだ。しかしながらだ。しつこいようだが敢えて主張させていただきたい。何事にも限度というものがあるのだ。流石に「そうなんス。私の股、未だに臭いんスよー!」と話を合わせるのは無理だ。女子として、いや人として、そんな悲しい嘘断じて認める訳にはいかないのである。
それにしても迂闊だった。確か犬や猫は、挨拶として『特に』お互いの尻のにおいをチェックし合う生物だということをスッカリ失念していた。そして当然の話ではあるが挨拶は恥ずべき行為ではない。つまり彼らには「股のにおいを嗅がれるのは恥ずかしい」という価値観自体が備わっていないのだ。
そんな彼らに向かって、理由も告げずに「股はダメ!股はダメ!」と繰り返し拒否してれば、そりゃ私の股も不名誉な誹りを受けるってもんである。
恐らく今頃。ウォルフの頭の中で、私は「臭い女」から「股が臭い女」へと華麗なるクラスチェンジを遂げている事だろう。もちろん付記として「温泉に浸けても脱臭する事能わず。マスターの股のにおい甚だ強烈にして頑固」とでも書き添えられている事だろう。うん。どうしようもなく死にたくなってきた。
その上
「ますたー、多少臭クテモ、我ハ構ワヌゾ」
とか言い出す始末なのである。本気で勘弁し欲しい。
ウォルフなりに気を使ってくれたのかもしれないが、今はその優しさが痛い。というか私の股が臭い事を前提として展開される会話が痛い。
これは流石に看過出来ぬ。抗議せざるを得まい。私は当然の権利として絶叫した。
「く、臭くないですからッ!!」
「ヌゥ、ソウナノカ」
アッサリと納得し、満足そうに「デハ、何モ問題ナイナ」と宣ったウォルフは、再び私の股ぐらに目掛けて鼻先を押し入れ始めた。アカン。悪夢再来である。どうやら「臭くない=嗅いでもOK」という意味で受け取ってしまったらしい。アカンて。悪夢再々来である。だがしかし
そうじゃない。そういう意味じゃないんだウォルフ君。
私はウォルフの巨大な頭部を両手で塞き止めながら、心の中で泣いた。
「ますたー、手ヲ離セ」
「ダ、ダメです。手離したら、股に顔突っ込むつもりですよね?」
股に顔突っ込む。口に出しておいて何だが、凄まじいセリフである。曲がり間違っても、乙女が口にしてよいフレーズではない。しかしながらしょうがないではないか。だって、こうやってハッキリ言葉にしないと彼らには伝わらないのだから。
しかし世の中、上には上が居るものらしい。
私の両手に遮られ、いかにも不本意そうに眉根を寄せたウォルフ。
彼はジッと私の顔を見つめたまま
「無論ダ。ますたー、股ヲ嗅ガセロ」
ちょ……ッ!
何やらスゴい事を言い出したのだが、どうしたもんだろうか。
そりゃ彼らにしてみたら下劣でもハレンチな事でも無いのだろうが、その言葉のインパクトたるや凄まじいものがあった。何せ「股を嗅がせろ」である。嗅がれてたまるものか。
ウォルフの顔を押す手に更に力を込めると、私は腹の底から猛反論を試みた。
「絶ッッ対にダメですからね。いくら粘ろうとも、股のにおいは嗅がせません!」
「何故、ダメナノダ?」
股だからだよ!
思わず叫びそうになってしまったが、ギリギリで踏み留まる。だってこの理屈は彼らには通用しない。つまりウォルフを諦めさせるには、もっと違った言い方をしなければならいのだ。
「ダメなものはダメなんです。そういう決まりになってるんです!」
「ヌゥ……。決マリナノカ」
決まりという言葉に反応して、初めてウォルフがたじろいだ。どうやら彼らにとって「決まり」というのは、私が想像していたよりもずっと重い意味を持つものなのかもしれない。何にせよチャンスである。
私は渋面を浮かべ「ヌゥ……」と唸るウォルフへ、畳み込むように詰め寄った。
「そうなんです。決まりなんです。だから嗅いじゃダメですからね?」
「ヌゥ……。シカシ、ますたー――」
それでも尚、言い縋ってくるウォルフに対し、私はピシャリと言い切った。
「決まりなんです」
「ヌゥ……決マリカ……」
「そうです。決まりです。決まっちゃってるんです」
「…………」
「決まりです。決まりなんです。決まりきってるんです」
「……ナラバ、仕方ガナイナ」
勝った!我が股ぐらの平穏を無事守り通しましたぞ!
のろりのろりとした如何にも不承不承な動作で、顔を引っ込めるウォルフ。その様子から察するに、どうにも未練タラタラでいらっしゃるらしい。ジッと何かを訴えかけるような視線をビシバシ飛ばしてくるのだが、生憎この件についてはいくら粘ろうと無駄である。
恐らくウォルフとしては「分かりました。そこまで言うんだったら、嗅いでいいですよ!」と私が折れるのを期待しているのだろうが、そんな展開死んでもゴメンである。そもそも私は、そんなに容易く股を開くような安い女ではないのだ――ってさっきから一体何を言ってんだろうな私は。
ま、まぁいいか。取り敢えず無事に済んだ事だしね。
依然として未練がましく「グゥグゥ」喉を鳴らしながらスンスン祭りに戻ったウォルフを監視しつつ、私はようやくホッと一息つけたのだった。
それにしても凄まじいのは、あれだけしつこく言い縋っていたウォルフを見事黙らせた「決まり」の威力であろう。
折に触れ、ケモノさん達が「決まりだから、決まりだから」と繰り返し使っていたのは知っていた。が、まさかこんなにも使い勝手が良い言葉だとは思ってもいなかった。
実際に使ってみて初めて分かる便利さとでも言うんだろうか?何せ「決まりだから」と一言添えるだけで、その他には何一つ説明する必要がないのだ。「決まりだからダメ」「決まりだから無理」「決まりだから出来ない」たったこれだけのセリフで事足りてしまうコスパの良さである。
もちろん今回のウォルフみたいにゴネられる場合もあろう。しかしそんな場合でも心配する必要はない。何故なら「決まり」は万能だからである。相手が一度で納得しないのであれば、更に重ねてもう一度繰り返してやればよいだけの話なのだ。二度言ってもダメならば更に更にもう一度。三度言ってもダメならば更に更に更にもう一度。悩む必要はない。ただひたすらに「決まりだから」とゴリ押していれば、いつかは解決してしまうのが「決まり」という絶対ワードの魔力なのである。つまり「どう説得したものか」と頭を捻らずに済む分、非常に楽なのだ。
もちろん不用意に乱発するのは危険であろう。「あいつ、いっつも"決まり"、"決まり"って言ってるよなー」と冷えた目で見られるようになってはお仕舞いである。しかしながら、今回の股嗅ぎ事件 (最悪な字面だね!)のように、何の前触れもなく訪れる絶体絶命を切り抜ける手段としては、これ程強力な武器もあるまい。要は用法用量を守って正しく使わねばならない劇薬なのである。
一人でそんな事を考えていると、毛玉さん達の会話が聞こえて来た。
「狼、残念ダッタナ」
「ウム……」
「俺様モ、チョット残念。狼ノ後ニ、俺様モ股嗅ギタカッタノニ」
「シカシ、嗅イデハナラヌトイウ、決マリダカラナ……」
どうやら気落ちしてしまったウォルフをお猫様達が励ましているようだ。
レオンの発言に若干不穏な雰囲気が感じられるが、まぁ深くはツッコむまい。何故ならそれは既に終わった話だからだ。
その後「狼、元気出セ」だの「ソウダゾ。元気出セ」だのとお猫様達に励まされ続けたのが効いたのか、それまで「ヌゥ……」と生返事ばかりしていたウォルフが、初めて明確なセリフを口にした。
彼は言った。ハフゥと溜め息混じりの声音だったが、妙にハッキリとした口調で言った。
「折角、良イ機会デアッタノニナ……」
良い機会?
それはつまり、股のにおいを嗅ぐのに最適な機会という意味なのだろうか?より簡単な言葉でまとめるなら「今日は絶好の股嗅ぎ日和ですなぁ!」といった感じか。何だそれは。最早意味不明である。
な、何を言っているんだろうこの子は……。
私は本気で意味が分からなかった。しかし驚くべき事に、どうやらチンプンカンプンだったのは私だけだったらしい。そうなのである。にわかには信じ難いのだが、お猫様2匹には通じたらしいのだ。
彼らはしみじみとした様子で頷くと
「ムゥ……。確カニ良イ機会ダッタナ」
「ソウダナ。俺様、残念」
と、何の迷いもなく、意味不明なウォルフの主張に賛同したのである。
毛玉さん達だけで盛り上がっている為、もちろん私は置いてけぼりである。そして彼らは私を置き去りにしたまま、互の顔を付き合わせ、一様に「グゥ」「グゥ」「グゥゥゥ……」と残念そうに喉を鳴らし合った。
尚、これ以降の会話は全て毛玉さん達の間で交わされた所謂「放課後男子」のノリで展開されたバカ話だった為、女の身である私の意見は差し控えさせて頂くことをまず最初に明言しておきたいと思う。まぁ、聞いて頂きたい。そして出来る事なら一緒に涙して頂きたい。
ウォルフもレオンもティガも、それはそれは容赦がなかった。
「マタ、直グニ臭クナルノダロウナ……」
「ソウナノカ?ますたー、スグ臭クナルノカ?」
「狼、ますたー、ドノクライデ臭クナルンダ?」
「恐ラク、次ノ禍時マデハ、持ツマイ」
「ソンナニ、スグ、臭クナルノカ」
「ますたー、臭クナルノ上手ダナ」
散々である。もう一度繰り返す。散々な評価である。
しかしこんなのはまだ序の口だった。
レオンは言った。
眉根を寄せた表情で、首を傾げながらあどけない口調でこう言った。
「ジャア、マタ、ますたー、嗅グト、鼻ツーンッテ、ナルノカ?」
鼻がツーンとするらしい。
私の記憶が確かなら、大量のわさびを食した時などに使われる慣用表現だったと思う。もちろんこのセリフを聞いた瞬間、私は身を投げたくなった。
続けてティガも言った。
レオンと同じく眉根を寄せた表情で、肩をションボリ落としながら、寂しそうにこう言った。
「ジャア、マタ、ますたー、嗅グト、涙出ルヨウニ、ナルノカ?」
嗅いだだけで涙が滲むらしい。
私の記憶が確かなら、わさび等を目の前に据えて思いっきり鼻呼吸すれば生理的な涙が出るんじゃなかったろうか。もちろんこのセリフを聞いた瞬間、地面に埋まりたくなったのは言うまでもあるまい。
「ウム……。故ニ風呂上ガリノ、今コソガ、絶好ノ機会ダッタノダ」
最後にそう締めくくったウォルフのセリフを聞いて、ようやく私も先ほどの毛玉さん達の会話の内容が理解出来たのだった。
つまりはこういう事なのだ。
嗅いだだけで鼻がツーンとして涙が滲むような臭い女が居る。とてもじゃないがにおいがキツそうな股なんぞ嗅げたもんじゃない。だけど温泉に浸けた事で、一時的にではあるが臭くなくなった。これは良い機会だから今のうちに股のにおいをチェックしておこうと思ったのに、「股は嗅いじゃダメです」等と小癪な事を言い出しやがった。しかも「決まり」を盾に取ってゴリ押ししてくるもんだから、こちらが折れざるを得なかった。スゴく悔しい。ガウガウ。
私って……。私って……。
最早言い返す気力も、否定する元気も枯れ果て、私は静かに燃え尽きていた。
正直に言おう。あれだけ執拗に「臭い、臭い」と連呼されておきながら、私は心のどこかで「って言っても、そこまで臭い訳じゃないよね?」と楽観視していたのである。もちろん私とて何の根拠もなくそう思っていた訳ではない。
例えばウォルフに包まれて眠るとき。私を身の内に抱き込んだ彼は、私の背中に鼻を当てた状態で一晩を過ごしたのだ。お陰で一晩中ウォルフの寝息で背中がスースーしたのは記憶にも新しい。
また、ウォルフに包まれた後のお猫様達の反応だってそうだ。私にウォルフのにおいが付いたのが気に入らないのか、彼らはまるで自分のにおいで上書きするかの如く私にスリスリと身体を擦り付け、その成果を確認せんが為、嬉々としてスンスン鼻を鳴らしていたではないか。
到底、嗅いだだけで鼻がツーンとしたり、涙が滲んでしまうようなウルトラ臭い女に対する行動であるとは思えまい。つまり、恥ずかしい勘違いを起こしてしまう下地は、他ならぬ毛玉さん達の手により整えられていたのである。
人間に置き換えるとしたら、地面に傅き、バラの花束片手に「あぁ愛しの人よ」と砂を吐くようなセリフで口説いておいて、こっちがソノ気になった途端「勘違いしてんじゃねーよ」と突き放すような蛮行である。この場合、女が「勘違いした」んじゃなくて、男が「勘違いさせた」というのが正しいに決まっているのである。
そう考えると、今回の勘違いについては、私の失態と言うよりむしろ毛玉さん達によるミスリードこそが元凶に思えてならない。だって、あんな反応されたら誰だって勘違いするに決まってるじゃん。
まぁ、その結果がこのザマである訳なのだが。
顔を突き合わせガウガウグゥグゥと男の子トークにうち興じる3匹の様子を横目で恨めしげに眺めながら、私はスッカリやさぐれていた。
「デモ、臭クナッテモ、温泉ニ浸ケレバ、臭ク無クナル。ダカラ、臭クナル前ニ、温泉ニ浸ケレバ、良インジャナイカ?」
「ヌゥ……ソレハ、難シイナ。本当ニ、信ジラレナイ勢イデ、臭クナルノダ」
「ジャア、ジャア、俺様、ますたーニ、アンマリ臭クナラナイデッテ、オ願イシテミルゾ」
「俺モ。俺モ一緒ニ、オ願イスル」
「ヌゥ……シカシ、ますたーハ、臭クナル事ニカケテハ、他ニ類ヲ見ナイ程ノ腕前ダカラナ……」
「ヌゥ……ソウダッタ。俺様、忘レテタ。ソウイエバ、ますたー、臭クナル名人ダッタナ……」
「ますたー凄イナ。俺、臭クナロウトシテモ、全然臭クナレナイノニ」
「ソウイエバ、ますたーハ、毎日、風呂ニ入ルト、言ッテイタナ」
「毎日カ……」
「俺様、百年ニ一回モ入ラナイゾ」
「流石ハますたーダ。我等トハ格ガ違ウノダ」
最早涙も出やしない。
私は「いつか覚えてろよコノヤロー……」と心の中で固く誓い、膝を抱えた姿勢で、この責め苦のような時間を過ごしたのだった。
ちなみに今回の男の子トークは「私を小まめに風呂に浸ける」という結論で幕を閉じたようである。唯一の朗報と言えるだろう。
トークを終え、再びスンスン祭りに勤しむ毛玉さん達。相変わらず彼らは元気イッパイなのだった。
恐らくですが今回以上に下品な回は、今後出てこないものと思われます。
それとよろしければ、こんなお下品な内容になってしまった言い訳にお付き合いいただけると嬉しいですorz
実は最初はこんな感じの流れにするつもりだったんです。
(以下、ボツネタ)
------------------------------------------------------
というのも、イシュドラキャッチで酷使した左腕が限界を迎え、結局ウォルフ11勝、レオン6勝、ティガ4勝という、実に大人気ない記録を打ち立てた頃、私の傍に寄ってきた毛玉さん達がさりげなくスンスンと鼻をならして、臭い私の臭いにおいを嗅いだのである。
所詮は脆弱なる人の子である私には、到底信じられない事だったのだが、この時――つまり、臭い私の臭いにおいを嗅がれた時、レオンが寂しそうな様子で、ポツリと呟いたのだ。「ますたー、臭クナクナルノカ……」と。
それを聞いて咄嗟に「更に私の精神を抉る気か!?」と思ったのだが、どうもそんな様子でもなさそうなのだ。しかもレオンだけではなく、ティガもウォルフもどことなく寂しそうな様子なのである。
「折角、臭クナッタノニナ」
「シカシ、ますたーガ、風呂ヲ望ムノナラ、我等ハ従ワナケレバ、ダメダゾ」
「デモ、風呂入ルト、臭イノ、消エル……。俺様、ますたーニ、臭イママ居テッテ、オネダリスルト、嫌ワレルカ?狼」
「イヤ、嫌ワレル事ハアルマイ。試シニ、オネダリシテミルトイイゾ。オマエ、ダケデ」
「ソウカ?ジャア、俺様、オネダリ、シテミヨウカナ……」
「ウム、ソノ際、我ノ事ハ、ますたーニ、伝エナクテ、大丈夫ダゾ」
「デモ、俺様一人ヨリモ、一緒ニ行ッタ方ガ、ますたー、オネダリ、聞イテクレル、カモダゾ?」
「デハ、頭ニ、鳥デモ乗セテ、行ッテ来ルトイイ。但シ、我ノ事ハ、内緒ダゾ」
「俺様、分カッタ。ソレジャ、俺様、オネダリ、シテクル」
「ウム、頑張レ」
ウォルフにいいように操縦されているレオンが不憫でならない。そして「鳥、俺様、オネダリ行クカラ、頭乗レ」という誘いに「分カッタゾ」と何の疑いもなく、付き合わされるイグルーもまた不憫である。そもそもそういう内緒話は、私のいないところでやって頂きたいものである。
頭に真っ黒な鳥を乗せ、のっしのっしと歩み寄ってくるレオンを見つめながら、私はゴクリと生唾を飲み込んだ。またしてもアイ・アム・ダイコンのお時間である。私は「私は知らない。何にも知らない。私は聞いてない。何にも聞いてない……」と必死に自己暗示をかけると
「ますたー、俺様、オネダリ、シニ来タゾ」
と、嬉しそうに告げてくるレオンに対し
「えー、いったい何だろなー」
と、それはそれは学芸会ですら恥をかくレベルの、見事なアイ・アム・ダイコンで受け答えするのであった。だって、まさかバカ正直に「全部聞こえてたよ!」という訳にもいくまい。私と彼らとのコミュニケーションがあるように、彼らには男の子同士でのコミュニケーションがあるのだ。女の身である私は極力立ち入るべきではなかろう。
それに、私がどれほどのダイコン演技を披露したとしても、そんな事に疑問を持つような彼らではないのだ。ぎこちない動作で首を傾げてみせると、レオンは少し言いにくそうにオネダリを口にした。のだが
「ますたー、臭イママ、イテ欲シイ」
流石にー……ちょっと直球すぎやしませんかね?
レオンのセリフを受け地味にダメージを喰らいつつも、私は何とか引きつった笑顔を浮かべた。
「えっと……。どうして臭いまま居て欲しいんですか?」
「ダッテ、ますたー、風呂入ッタラ、臭クナクナルダロ?俺様、マスター、臭イノガ好キダゾ」
「臭いのが好き……?」
「ダカラ、風呂入ルノ、チョットダケニ、シテ欲シイ」
「えーーーっと……。もしかしてレオンって臭いの好きだったりするんですかね?」
「イヤ、臭イノ、嫌イダゾ」
よかった。どうやらアブノーマルな感じのアレではなかったらしい。そう思って安心していたのだが
「デモ、ますたーガ臭イノハ、好キナノダ。ダカラ、ますたー、臭イママ、イテ欲シイ」
安心するには少々早過ぎたらしい。
私は、今しがた聞いたレオンの言葉を頭の中で整理した。
確か飼い犬や飼い猫って、ご主人様の使っていた毛布とか枕とかを与えると、そのにおいを自分の身体に擦りつけようとするって聞いた事があったような……?となると、「臭いのは嫌い。でも、私が臭いのは好き」と言っているレオンも、それと同じように私のにおいを「マスターのにおい」として、捉えているのかもしれない。となると
「ひょっとして、レオンって私のにおい好きなんですか?」
我ながら、中々にレベルの高い変態発言をしているという自覚はあるのだが、これ以外にうまい言葉が出てこなかったのである。そんな恥を忍んで絞りだした私の質問に、レオンは事も無げに頷いてみせた。
「ソウダゾ。ますたーガ臭イノハ、好キダゾ」
------------------------------------------------------
しかしこの設定のまま突き進むと、どう考えても今後お風呂に入ろうとする度、ケモノさん達の横槍が入っちゃいますよね。つまり主人公は「臭いままで居ることを望まれる」という中々に悲劇的な立ち位置となるわけです。
流石にそれは余りに可哀想過ぎるので、急遽流れを180度変えてみたところ、何と言いますか……今作のような内容になってしまったという訳なんです……。7,000字くらいの長さしかないのに「股」って漢字が30回くらい出てきますからね。我ながらビックリの結果でした。
あ、ちなみにですが、お鼻ツーンしたり涙が滲んだりするのは、本当に主人公が臭い訳じゃないです。ちょっとしたイベントフラグになってるので、そのうち回収して、主人公の不名誉は無事雪がれる予定となっております。
今後(少なくとも迷宮を脱出するまで)はここまでお下品な内容になる事はありませんので、どうぞ今後とも引き続きご愛顧いただけますと幸いです。




