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ボスで、家族で、愛妻で

 さて、鳥さんを従魔として迎え入れる為、血を流そうと思う。


 「またも拳骨スライディングか……」と、テンションだだ下がり状態で呟いていると、「俺様、チョコットダケ、つつイテ、ヤルゾ?」という鳥さんの声が聞こえてきた。恐らく親切心からの申し出であろう。その気持ちは大変嬉しい。嬉しいのだが、ここは丁重にお断りさせていただくしかないのである。


 だって、そんな事頼もうものなら、間違いなく「俺様、頑張ルゾ!」とか言いながら、ハッスルするに決まっているからである。しかしながらこの場合、鳥さんに張り切られては困るのだ。何故なら、ハッスルした結果うっかり余分な力が入ってしまい、その勢いのままクチバシで指を貫通されでもしたら大惨事だからである。私は指にピアスを付ける予定はない。つまりそんなところに穴を拵えられても非常に困ってしまうのだ。


 故に、私は「いえいえ、床石でゴリゴリーッってやるんで、ご心配なく」と断りを入れ、床の上に座り込んだ。しかし何故だろう。この鳥、全然引き下がる気配が見られないのである。彼はその後もしつこく言い募ってきた。


 「人間、ゴリゴリーッテ、スルノカ?」

 「はい。他の3人の時もやった事なので、ちょっとだけお待ちくださいね」


 言外に「だからもうしばらく黙って見ててね」という意味を込めてみたのだが、残念ながらケモノさん達には、そのような機微を感じ取る能力は備わっていなかったらしい。鳥さんは「ソウナノカ?」と首を傾げながら、飛んでもない事を言い出したのである。


 「デモ、俺様、つつクノ、トテモ、上手イゾ」


 何それ卑猥。言ってる事がまるで最低のナンパ野郎である。


 思わず握り締めた拳から力が抜けた。決してエロい意味で言ったのではないと分かってはいる。分かってはいるのだが、こればかりはどうしようもないのである。突然の不意打ちを食らい一人赤面する私を他所に、相変わらず鳥さんはマイペースに続けた。


 「俺様、トテモ、上手イゾ。ダカラ、人間、俺様ニ任セロ。痛クナイヨウニ、つつイテヤルゾ」


 ホントいい加減勘弁してはくれまいか。


 流石に「悪気はなかった」で済まされるレベルを超えておりますぞ、このエロ鳥め。しかも、私ばっかり過剰反応して、エロ発言した本人がケロッとしてるのが尚腹が立つ。いやまぁ、エロい意味を自覚した上での発言だったら、今の100倍は困っていただろうから、それに比べればマシではあるのだが。鳥に卑猥な言葉で口説かれる女子高生。斬新すぎるにも程があろう。


 しかしだからといって「何で私ばっかり……ヤダもう……」と理不尽に思う気持ちが我慢出来るかと問われれば、それはまた別の話なのである。確かに鳥類からマジ口説きされるよりはマシとはいえ、決してハッピーな気分という訳ではないのだ。私を親分と仰ぐのならば、ケモノさん達はもう少し乙女の扱いというものを心得るべきだと思う。


 そんな、羞恥のあまり思わず固まってしまった私の様子に気がついたのか、羽を広げてギャーギャー騒ぐ鳥さんの下へ、レオンがのっしのっしと近寄って来た。そして有無を言わせず、背後から鳥さんの首筋辺りをガブリとひと噛みするレオン君。彼は、「ム、何ヲスル」と騒ぐ鳥さんを咥えたまま、再びのっしのっしと元の位置へと戻っていった。そして再びゆったりとした動作で『伏せ』の姿勢に戻ると、おもむろに口を開いて鳥さんを開放したのだった。


 「鳥、ますたー、困ラセルナ。大人シク待タナイト、ダメダゾ」


 そして始まったのがこの説教である。そうなのである。あのアホの子レオンが説教をかましているのである。どうやらお兄ちゃんぶりたくて仕方がなかったようだ。「下の子が生まれると、急に上の子がしっかりしちゃってねー」というママさんの話を聞いた事があるが、彼女はこういう状態の事を言っていたのだろうか。何にせよ喜ばしい事である。


 レオンは、「ム、シカシ」とか「俺様、役ニ立チタカッタ」とか言い訳を繰り返す鳥さんに対し「ダメダゾ」「黙ッテ、待ッテロ」と、キチンとお兄ちゃんとして接しているようだ。ただ惜しいことに「実ハ、俺様モ、チョット、カジッテミタイ」と、最後の方でちょっとだけ懐柔されかかったのが珠に瑕ではあったが。それでも結局は、無事に鳥さんを説き伏せる事に成功したようだった。


 そんな2匹の姿を、ティガは暢気に眺めていた。ウォルフは私を見つめていた。あーうん。君はそういうヤツだよね。鳥とライオンのふれあいなんかじゃ興味はそそられないよね。どこまでもブレないワンちゃんである。


 こうして、レオンの意外な活躍により、無事エロ鳥から開放された私は改めて石床ゴリゴリに挑むのであった。さぁ流血のお時間である。





 レオンにカジられて鳥さんは連行されてしまった。となると血を与える為には、私が近寄って行くか、鳥さんを呼び寄せるしかない訳である。そこで私は「こっち来いって命令するのも感じ悪いしなー」と軽い気持ちで、鳥さんの方へ近づく事にしたのだった。ここまでは問題なかった。


 鳥さんの傍に寄り、さぁ血を与えようと思ってはみたものの、彼の口元を見てふとした疑問が沸いてきた。鳥さんは鳥である。つまり彼の口はクチバシである。考えてみれば当然の事ではあるのだが、私はこの時初めて「あれ……?鳥さんって、どうやって私の手舐めるつもりなんだろ?」と、今更過ぎる疑問を抱いたのだった。


 「さぁ舐めて!」と手を差し出したところで、毛玉さん達のように器用にベロリと舐め取れそうもない。実際に鳥類の舌を見たことはないが、確か一部の種類を除き、そう長くはなかったはずである。つまりクチバシの外に舌を伸ばす事が出来ない長さなのだ。となると彼に血を与える為には、少なからず彼の口の中に手を突っ込んであげる必要があるのではなかろうか?


 ケモノさん達の口の中に手を突っ込む……?

 その物騒な言葉の響きに、私の背筋に冷たいものが走った。


 考えるまでもなく、私の手が口の中にある状態でうっかり口が閉じられたら大事件である。手首から先とサヨナラバイバイなのである。だからといって、無理にでも舐め取ってもらえるよう頼み込むのもマズそうである。そんな無茶なお願いしようものなら、間違いなく鳥さんは悪戦苦闘するであろう。そりゃそうだ。クチバシの長さより、舌の長さの方が短いのだから、そりゃ苦戦するはずである。そもそも「舌を出して舐める」という行為自体が不可能な口のつくりなのだ。


 それでも必死にお願いすれば、頑張ってくれるとは思うのだ。しかしながら、いくら頑張ってもらったとしても、その先に明るい未来が広がっているとは思えないのである。だって、そう易々と成功はすまい。つまり鳥さんは何度も何度もチャレンジするはずなのである。繰り返される挑戦。そして失敗。徐々にムキになっていく鳥さん。仕舞いには「ウガー!上手くいかん!」と力が入ってしまい、ついうっかりクチバシで私の手を貫通させてしまう、という結末が用意されている気がしてならないのだ。


 そりゃ手首から先を失うよりは、手を貫通される方が大分マシである。しかしだからといって「じゃあ貫通の方でお願いします!」と前向きに選択出来る程、穏やかな選択肢でないのも事実なのである。


 むしろ「手を突っ込んだ状態で、クチバシを閉じられるかもしれない」という可能性レベルの話より、「舐め取ろうとして悪戦苦闘する」という、ほぼ確実した未来の話の方がよっぽど現実味があって物騒なのである。そう考えると、悲劇が起こる確率としては、手を貫通される方がずっとずっと高いのだ。


 さて、どうするべきなのかしら……・

 現在のところ、私に提示されているのは悲劇的な二択である。


 1つは、発生する可能性は低いが被害が大きい「お口の中へ手を突っ込む」案。

 そして、もう1つが、発生する可能性が高いが被害は低い「何とか舐め取ってもらう」案。


 こちらを立てればあちらが立たず、あちらを立てればこちらが立たずの見本のような、実に悩ましい二択である。何と平等な世の中であろうか。そう。平等にどちらも選びたくない。


 頼むから「発生する可能性は極めて低く、被害も極僅か」という第三の選択肢を与えて欲しい。例えば、私の血をこすりつけたイシュドラの実を食べてもらうとか、そういうナイスな選択肢があっても――「直接ジャナイト、ダメダゾ、ますたー」……はい。分かってました。多分ダメだろうなーとは思っておりましたとも。


 私は再び腹を括るしか無かった。


 しかしここで、運を天に任せるような愚を犯す私ではない。確かに選択肢は2つしか用意されていないが、出来る限りの下準備を施し、リスクを可能な限り下げる事は出来るはずなのである。


 私は鳥さんを真正面から見つめた。

 そして


 「絶対に口を閉じちゃダメですよ。絶対ですからね。ちょっとでも動いたら、ウォルフに頼んでカジらせちゃいますからね。ガリガリやっちゃいますからね。後、ちょっとでも動いたら、従魔契約の話はなしにしちゃいますからね。二度目のチャンスはないですからね。例えクシャミが出そうになっても動いちゃダメですよ。空から槍が降ってきても、隣りでレオンが爆発しても、私が100人に分身しても、何が起ころうとも絶対、絶ッッ対に動いちゃダメですからね。後――」


 と、それはそれは長々と注意した上で、「お口の中へ手を突っ込む」案を採用したのであった。


 さぞかし鳥さんは驚いた事だろう。「手、食いちぎらないで下さいね」の一言で済む話なのに、何をダラダラと喋り続けてたんだ、と思った事だろう。しかし分かって欲しい。私だって必死なのである。こんな場所で怪我してる場合ではないのである。


 しかし、そんな私の予想とは異なり、鳥さんは実に静かなものだった。それどころかチョット照れているようにさえ見えるのである。彼は俯きがちになり、それはそれは恥ずかしそうに「分カッタゾ……」と返事をしてくれたのだった。一体今の話のどこに照れる要素があったのだろうか?


 非常に腑に落ちない心地だったのだが、私は「まぁ、ケモノさん達の考えてる事って、常によく分からないしね」と、深く考えもせず、おずおずとこちらに向かってクチバシを差し出す鳥さん目掛けて、ゆっくりと拳骨を突きつけたのである。


 思えば、この時、深く考えなかったのが問題だったのだ。

 一言「何で照れてるんですか?」と聞いておけばよかったのである。


 ゆっくりと近づく私の拳骨を、鳥さんは恍惚とした表情で迎え入れていた。

 そしていよいよ私の拳が彼の顔の傍まで近寄ると、鳥さんはようやく、おずおずとクチバシを開き――あろう事かしゃべり始めたのである。


 まさかこのタイミングで喋りだすとは思ってもいなかった。ビックリして思わず手を止める。が、鳥さんの独白は止まることなく続いた。


 「人間、マサカ、雌ノ方カラ、コノヨウニ、熱烈ナ求愛ヲ受ケルトハ、俺様、思ッテモ、イナカッタゾ」


 彼は何を言っているんだろうか。

 求愛?誰がいつ誰に対して求愛したというのだろうか。


 「シカシ、誤解スルナヨ。嫌ナ訳デハ無イノダ。デモ、次ハ、俺様ガ、人間ニ、餌、捧ゲルカラナ」


 餌を捧げる。

 そのセリフを聞いた瞬間、私の頭の中にあるフレーズが浮かび上がったのだった。


 求愛給餌。

 鳥類の愛情表現の一つ。通常は雄が雌に対して行う。雌は差し出された餌を、受け取るか断るかで求愛の答えとする。


 なるほど、つまり私が自ら血を差し出した行為が、鳥さん的には求愛給餌に思えたということか。


 ……って!?

 ちょっと待っ――


 「俺様、トテモ、嬉シカッタゾ」


 絶対動くなと言いつけたにも関わらず、鳥さんが動き出す。彼はクチバシを開くと、それはそれは優しい力加減で、空中で静止したままの私の拳骨をパクリと咥えた。何とも絶妙な力加減である。「カジり取られたらどうしよう……」等と不安に思っていた過去の自分がバカバカしく思えるくらい、彼の動作は優しかった。


 この調子なら、恐らくは、つつくのもキッチリと力加減を弁える事が出来ていただろう。つまり「俺様、上手ダゾ」と言っていた彼の言葉は真実だったのだ。鳥さんは決して口だけのテク無し野郎ではなく、本物のテクニシャンだったのである。何とハレンチな鳥であろうか。全くけしからん鳥である。等と軽く現実逃避していると、彼の口の中に取り込まれた拳の先――つまり自傷して作った傷口に湿った感覚を感じ、次いてピリッとした痛みを感じた。どうやら無事に血を与える事に成功してしまったらしい。


 鳥さんは、血を舐め終わると直様、私の手を開放した。

 そしてそのまま元気よく羽をバッサーッと広げたかと思うと、彼はそれはそれは嬉しそうな声でこう宣言したのである。


 「俺様、一生、大事ニシテヤルゾ!」


 あらまぁステキ。


 勝手に動いた事。求愛給餌の誤解が解けなかった事。「食べ物じゃなくて血だよ?流石にこれはノーカンでしょ」的な抗議。その他諸々、鳥さんには言いたい事があったのだが、鳥さんの胸アツ宣言を聞いた際、瞬間的に私が思ったのは、そんなとても乙女的で可愛らしい感想だけだった。


 私、可愛い奥さん目指します。もちろん冗談です。

 かくして波乱だらけの流血の儀式は終わったのだった。




 ウォルフにとっての私は「群れのボス」である。お猫様達にとっての私は「よき家族」という扱いになっていそうである。そして新メンバーの鳥さんにとっての私は、どうやら「愛すべき妻」的なポジションに収まってしまったようである。


 もちろん厳密にはどれも違うのであろう。そもそも基本的な関係性としては、私は皆のマスターであり、皆は私の子分なのだ。立場的には私が一番偉いのである。しかしそれは、此花ファミリーという組織内での立場であって、私とウォルフ、または私とレオンといった「私と特定のケモノさん1匹」との個人的な関係を、敢えて言葉で表すとしたら、そうなっちゃうのである。


 但し、鳥さんの件については、誤解がないよう少々補足しておきたい。例えばレオンが私にジャレ付いてきたとしよう。鳥さんからしてみれば自分以外の雄が愛する妻に襲いかかったようなものである。しかしながらこのような場面位遭遇したとしても、鳥さんは「俺の妻になにをする!」と文句を言わないのである。それとは逆に、私からティガに抱きついたとしても「う、浮気は許さんぞ!」と激高することもない。そういった意味では、全然「夫婦」という感じはしないのである。何というか……鳥さんの場合、そういう意味ではなく、うまく言葉には出来ないのだが、ただ純粋に「好き好き大好き」という愛情をぶつけてくるような感じなのである。


 もちろんコレは毛玉さん達にも同じ事が言える。しかし鳥さん程純粋に「好き」をぶつけてくる子は、初めてなのだ。例えば、ウォルフは「唯一自分だけが一番に好かれたい」と日々奮闘しているし、お猫様達は「唯一じゃなくてもいい。けど一番がいい」と願っている。つまり毛玉さん達というのは、私を好きになった見返りとして、自分達も同じくらい好きになって欲しいと思っているハズなのである。


 それに比べて鳥さんはそんな些細な事など気にもしていないようなのである。いうなれば「見返りを求めない愛情」とでも言うんだろうか?ちょっと言い方が悪くなってしまうが、私の気持ち等おかまいなしに、とにかく自分の好きを私に届ける為に奮闘しているような印象なのだ。こういう言い方をすると非常に偏愛的な響きになってしまうのだが、他に上手い表現が思いつかない。


 しっかし、いつの間にそんな愛情に目覚めてしまったのだろうか彼は?


 血を与えるまでは、毛玉さん達と同じように、私の反応を気にしていたはずなのだ。「人間、俺様、嫌イナノカ?」といって凹んでいたのは、私の気持ちを気にしていた証だろうし、その後の「俺様モ、人間、好キダゾ。人間、嬉シイカ?」という確認についても同じくだ。


 やはり求愛給餌がきっかけで、変わっちゃったのかなぁ……。


 そう考えると少々切ないものがある。「勘違いから始まる恋」というフレーズにはトキメくが、「勘違いから始まる夫婦」というのは、流石に生々しすぎてドン引きである。


 それにしても私が妻か……。


 形態としては「上司妻と部下夫」という事になるので、これも一種の格差婚と言えるのだろうか。それとも、人間の婚姻とは全く異なっているので、無理に「夫婦」という関係性に型押しするのは間違いなのだろうか。


 私は、宣言通りペナルティとしてウォルフにガブガブされる (ちなみに命じる間もなく、自発的にウォルフがカジり出した。怖い)鳥さんを見つめながら、心の中で溜め息を吐いたのだった。


 とはいえクヨクヨしてても始まらないのである。例え望まぬ成婚だったとしても、今更駄々を捏ねたところで何も変わらないのである。例え偶然の積み重ねと、激しい誤解の末の求愛給餌だったとしても、妻になっちゃったものは仕方がないのだ。「別に実害があるわけじゃ無し!気楽に考えましょう!」というポジティブさこそが、今、必要とされているのだろう。よし、気分も一新した事だし、気合いを入れて鳥さんの命名儀式に取り組もうと思う。


 よし!私、ダーリンに名前付けちゃいます!

 と、半ばヤケクソ気分で、悪ふざけしてみたものの


 グフゥ……。ダーリンとか、無いわー……。


 「ダーリン」という言葉の威力は凄まじかった。予想よりも遥かに深刻なレベルで、私の胸に深々と突き刺さってきたのである。彼氏も出来たことないのよ?なのに初ダーリンが鳥類ってどういう事なのよ……。ってな心境である。し、しかし、ここで挫けていてはいつまで経っても前には進めないのである。


 な、なんぼのもんじゃーい。

私は、更に気合いを入れ直すと、ウォルフにカジられながらも、どこか嬉しそうに羽をバタバタさせる鳥さんの様子を眺めた。


 何度見ても真っ黒な鳥さんである。周りにいるのが白一色の毛玉さん達だからというのもあるだろうが、とにかく彼の「漆黒」は目立っていた。となると、黒を取り入れた名前にすべきなのだろうか?しかしウォルフ、レオン、ティガ、と、安直ながらも「種族の英語名にゆかりのある名前を付ける」という一貫性が崩れるのもよろしくないように思える。となると、やはりここは「ホーク」なり「イーグル」なりをモジって名前を考えるべきではないのだろうか?


 そうなると、名前として使いやすそうなのは「ホーク」の方であろう。何だったらモジる必要すらなく「命名:ホーク」でも通用しそうである。しかしそれでは余りにも芸がない。ホークっぽい生き物に向かって「ホーク!ホーク!」と呼びかけるのは、どうにも座りが悪いものを感じてしまうのである。となると少し付け足して「ホークウィンド」とかどうだろうか?深い意味はないが、どことなくカッコよさ気ではあるまいか。ただ「ホークウィンド」という名前は普段使いするには、やや長い為、通常は愛称として「ホーク」と呼ぶ事になりそうである。って、それじゃダメじゃん。ガッツリ「ホーク」って呼んでるじゃん。どうやら私のネーミングセンスでは、ホークという名前を活かす事は難しかったようである。


 となると、残るは「イーグル」である。ちょっとアナグラムして「イグルー」というのはどうだろうか?どことなくイケメンな感じがする名前ではなかろうか?それに毛玉さん達の名前に並べてみても、ウォルフ、レオン、ティガ、イグルー、と違和感がないのもポイントである。決して良い名前ではないのだろうが、さりとて悪い名前でもあるまい。うん。鳥さんの名前は「イグルー」にしよう。


 相変わらず床に踏みつけられたままガブガブ噛まれている鳥さんに向かい、私は声をかけた。


 「鳥さんの名前決まりましたよ」

 「オー!ソ……。俺サ……。ドン……名マ……。早ク……楽シ……ゾ」


 そして早々に自らの過ちを悟った。

 まず声をかけるべきはウォルフの方だったらしい。


 リズミカルにカジられながら、息も絶え絶えになっている鳥さんを開放すべく、私は改めてウォルフに向かって告げた。


 「そ、そのくらいで勘弁してあげてくれませんか?も、もう十分だと思うんですが……」

 「ヌゥ」


 と言いながらウォルフがこちらを振り向く。但し口に鳥さんを咥えたままで。見た目はまるで捕食シーンである。鳥さんがいくらデカいと言えども、ウォルフはそれ以上にデカいのである。彼は口元に鳥さんをぶら下げたまま、不満そうに眉根を寄せていた。どうやら割と不機嫌なご様子である。


 「と、とりあえず、そのままじゃお話出来ないので、鳥さんを離してもらえませんか?」


 そう告げるなり、徐に開いたウォルフの口から、ベチョベチョのボロボロになった鳥さんがボトリと落ちた。そんな状態であっても幸せそうな鳥さんもスゴいと思うのだが、鳥さんをそんな目に遭わせたにも関わらず、一切様子を気にしないウォルフはもっとスゴいと思う。


 ウォルフは真剣な眼差しで私を見つめながら、重々しい調子で口を開いた。


 「ダガ、ますたー、躾ハ大事ダゾ。コイツ、ますたーノ言イツケ破ッタ。ダカラ、我ハ、モウ少シ、ガブガブシタ方ガ、良イト思ウ」


 今更である。それこそ今更である。君達だって、一度たりとも私の思い通りに動いてくれたこと等なかったではないか。しかしバカ正直にそんな事を指摘しようものなら「我ハ常ニ、ますたーニ従ッテイルデハナイカ!?」みたいな反論が来るに決まっているのである。いつかはジックリ話し合う必要がある問題なのかもしれないが、それは今では無い。


 故にこの場は

 「まだ正式な従魔じゃなかったって事で、今回は大目に見れませんか?」

 と、ウォルフの機嫌を損ねないよう、ちょっとだけ媚びるというのが正解なのである。我ながら中々にゲスい手法である。


 不機嫌そうな表情のウォルフを軽く撫でながら微笑むと、最初のうちは「シカシ……」とか「ソレデハ綱紀ガ……」とか言いつつ抵抗していた彼も、次第に「ますたーガ、ソコマデ言ウナラ」だの「今回ダケハ、大目ニ見ル事ニスル」だのと、態度が柔らかくなっていった。相変わらずチョロい毛玉である。そして相変わらずスゴい威力である。我がゴールドフィンガーよ。


 いい感じにウォルフの機嫌も治り、さぁいよいよ命名だ、と意気込んだまではよかったのだが、ふと鳥さんの方へ視線を向けると、彼は未だにベチャベチャのまま床の上で突っ伏していた。


 「だ、大丈夫ですか……?」


 思わず声をかける。すると


 「モチロンダゾ、人間、俺様ノ名前、出来タノカ?」


 と、床の上に突っ伏したまま羽をバタバタと動かす鳥さん。無礼を承知で言わせてもらいたい。全然大丈夫そうには見えないのだが。


 しかしそんな私の心配を他所に、床の上でジタバタもがく鳥さんは非常に楽しそうに声を弾ませていた。「俺様、楽シミ」「人間、名前、考エテクレテ、アリガトウダゾ」等と、機嫌良く告げられれば、流石に信じない訳にはいかなくなってくる。見た目に反して本当に大丈夫らしい。


 私はジタバタもがく鳥さんの傍に腰を下ろした。そして鳥さんの方も、私が自分の傍に座り込んだのを気配で察知したのだろう。それまでギャーギャーとかしましかったセリフが一気に止まり、それと同時にジタバタも止まった。つまり床の上に放置されたベチャベチャの鳥になったのである。見た目は明らかに死体であった。


 私はそんな死体と見まごう鳥さんに向けて、口を開いた。


 「鳥さん、今日からあなたの名前は"イグルー"です」

 「俺様ノ名前、いぐるー?」


 少しだけ鳥さんが動く。どうやら首を傾げたらしい。

そんな鳥さんに向け、私は念を押すように、彼の名前を繰り返した。


 「そうです。あなたはイグルーです。気に入ってもらえましたか……?」

 「モチロンダゾ!俺様、今日カラ、いぐるー!俺様、ますたーノ為ニ、頑張ルゾ」


 どうやら無事、名前を受け取ってもらえたようである。

 私は無事に従魔契約を終えホッと溜め息を吐いた。




 ちなみに、イグルーが地面に突っ伏していたのは、ウォルフにカジられて羽が濡れてしまったのが原因だったらしい。つまり「羽が濡れて、力がでないよー」なのである。まるでどこぞの菓子パン系ヒーローの如き弱点であった。


 その後、壁に5メートル程の穴を開けてもらったり、穴の中本懐を遂げたり、レオンとティガにイシュドラの実を放り投げてあげたり、競うようにイシュドラキャッチに勤しむお猫様達に癒されたり、嫉妬に駆られたウォルフの横槍を食らってお猫様達が吹き飛ばされたり、「狼、順番ダゾ」「ソウダゾ」「黙レ、我モ、イシュドラキャッチシタイノダ」といういつもの口論の仲裁に入ったり、ホトホト疲れて自走式ベッドに横になろうとしたり、まぁ色んなイベントがあったのだが、最後までイグルーが復活する事はなかった。


 余りに不憫であった。その為、毛玉さん達の中でも一番イグルーと仲良しに見えたレオンに「何とかしてあげれないか」と相談したところ、彼は快く引き受けてくれた。聞くところによるとレオンも気にはなっていたようなのだ。しかしイグルーが命令違反をした為、私の号令なく勝手に助ける事はできなかったらしい。それを聞いて、私は心底イグルーに申し訳なく思った。


 だって、スグに復活すると思っていたのだ。何事にも規格外なケモノさん達である。そんなスーパーマンみたいな彼らが、どうして羽を乾かす事くらいで手間取ると思えるだろうか。いや、思えるはずがないのである。しかし現実は無常だった。さぁ今か、さぁ今か、と復活を待っている間に、こんなにも時間が流れてしまったのである。


 しかしその苦しみも終わりである。


 レオンはのっしのっしとイグルーの傍まで歩み寄ると、地面の上で突っ伏しているイグルーを覗き込むように顔を寄せた。そして


 「鳥、俺様、乾カシテヤルゾ」

 「ン、ソウカ。頼ムゾ」


 という短い会話をかわしたかと思った瞬間。

なんとレオンは、パクリとイグルーを咥えたのである。


 えっ……?咥えちゃうの……?


 今更言うまでもない事だが、イグルーがベチャベチャになった原因は、ウォルフがガブガブしたからである。にも関わらず、今度はレオンがガブガブしているのだ。何となく釈然としない気持ちのまま、彼らの様子を眺めていると、再び


 「ソレジャ、イクゾ」

 「頼ム」


 という短い会話がかわされた後、レオンは軽く首を振り――あろうことか咥えていたイグルーを、壁目掛けて放り投げやがったのである。


 ものスゴい速度で飛んでいくイグルー。その先に待ち構えるのはもちろん石造りの壁である。その結果は火を見るより明らかだった。


 ズガンッ!というけたたましい音を立てて壁に激突するイグルー。流石に壁に突き刺さる程の威力はなかったらしく、イグルーの身体は壁の表面を滑り落ちるように床へと落下した。


 当然、私の目は点になった。

 だって思ってたのと全然違うのだ。


 誰が追加制裁を加えろと命じた。間違いなく私は「イグルーを助けてあげてください」と頼んだはずである。だというのに何故、イグルーは壁に放り投げられねばならなかったのか。もしかして「何とかしてあげれないのか」という私の言葉を、「せめて楽にしてあげれないか」つまり「殺してやれないか」という意味に取った訳ではあるまいな。


 落下後ピクリとも動かないイグルーの下へ、のっしのっしと近寄るレオンを見つめたまま、私の頭の中は「何で」「どうして」という疑問だけが渦巻いていた。しかし呆けている場合ではないのである。


 な、なんとかせねば!

 そう決意した私の耳に、信じられないセリフが飛び込んできたのだった。


 「鳥、ドウダ?乾イタカ?」

 「ンー……。マダ、ダメダゾ。モウ一度頼ム」


 えっ……?それってつまり……。


 まぁ、そういう事だったのだった。


 結局イグルーの羽が乾くまで、合計7回のズガンッ!が必要だったようだ。そうなのである。今だに私は信じられないのだが、どうやら、あの見るからに凄惨な「イグルー壁激突事件」こそ、イグルーの羽を乾かす為の、レオンの親切だったのである。


 そうして、7回ものスガンッ!を経てようやく復活したイグルーは、それはそれは嬉しそうに羽ばたきながら、大空洞をグルリと一周して戻って来るのだった。


 ケモノさん達ってスゲェ!



2015/3/22 字下げ修正

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