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走って、食べて、覚悟して

 ガッガッと壁を蹴り、グングン上昇していくウォルフとレオン。

 やはり彼らはスゴかった。


 突然ウォルフが「鳥、ヨク見エルヨウニ、コノ辺リノ壁ニ、羽ヲ撃チ込メ」とか言い出した時は、「そうまでして見せつけたいんだ……」と若干呆れた。しかし、渡りに船な話でもあった。強くなった事が余程嬉しかったのだろう。近場の羽虫を殲滅し尽くしたにも関わらず、鳥さんの「イヤッフゥゥゥゥゥ!」が止まらなかったのである。そのお陰で、今や大空洞中にストックされた羽ミサイルの残弾は半端ない数に膨れ上がっているのだ。まさに「敵影なし!けど、残弾超あるんですけどー。超ウケるー」ってノリなのである。


 つまりウォルフの我欲にまみれた提案は、行き場をなくした残弾のはけ口としてヒドく魅力的だったのである。なのでこの件に関して私は一切口を挟まなかった。


 その結果、鳥さんは「任セロ!俺様、トテモ、役ニ立ツゾ!」と叫びながら狂ったように、壁に向け羽ミサイルを発射した。いとも容易く、固い石壁へサクサク突き刺さる無数の羽。私はその光景を見て「おー、景気良いなぁ。その調子でガンガンよろしくなー」と密かに在庫一斉大処分を期待したのだが、残念ながら3割程ストックが残ってしまった。てっきり調子に乗って全弾発射すると思っていたのにとんだ肩透かしである。いや、むしろここは、残弾の重要性を覚えていた鳥さんを讃えるべき場面なのだろうか?


 褒めてやった方がいいのかなー。でも他所の子だしなー。等と逡巡していると、不機嫌そうなウォルフの声が聞こえた。


 「鳥、何故、残スノダ?全テ撃チ込メ」


 どうやらうちのワンちゃんは、3割残った羽ミサイルがお気に召さなかったらしい。彼は割と怖い表情で鳥さんに詰め寄っていた。私が鳥さんの立場だったら「はいぃぃ!喜んでーッ!」と二つ返事で残りの3割を撃ち込んだであろう。しかし、そんなチキンな私とは違い、鳥さんは毅然とした態度で断った。


 「ダメダ、狼。全部撃ッチャダメト、決マッテイルノダ」

 「ヌゥ……決マッテイルノカ。ナラバ、仕方ガ無イナ」

 「ソウダゾ。仕方ガ無イノダ」


 どうやら讃えてあげる必要はなかったようである。

 どうやら残弾の重要性を覚えていた訳ではないようである。


 恐らく「難しい理屈は忘れた。けど、羽を残しておかないとダメって事だけは覚えてる」という形で記憶しているのだろう。ケモノさん達の口から「決まり」という言葉が出たという事は、つまりそういう事なのだ。


 例えば、もう1匹の俺様キャラであるレオン君なんかは「約束を破らない約束」の件について「もう殺されない決まりになっている」という形で記憶しているようなのだ。つまり「どうしてその結果になったのか」という途中経過の部分をかなぐり捨て、結果のみを丸暗記したものが、彼らの言う「決まり」なのである。


 大半を壁にブッ刺し、残弾が心もとなくなった羽ミサイルを補充する為、再び「イヤッホゥゥゥゥ!」と叫びながら飛翔し始めた鳥さんを見て「難しい理屈とか、そういうの考えるの苦手そうだもんね彼らって……」と、私は心の中で納得した。


 という訳で、光の壁は無事に完成したのだった。


 しかし、こうして実際に目の当たりにしてみると、その眺めは中々に壮観である。無数の燐光に照らされ、薄明かりながら遠くまで見通せる光る壁。いや、これからウォルフとレオンがよじ登る事を考えれば、壁というよりレース場というべきなのかもしれない。つまりこれは道なのだ。重力に真っ向勝負を挑む、垂直方向に伸びた道。これほど"駆け上がる"という言葉が似合う道は他に二つとあるまい。何せ凡人には歩く事すらままならないのだから。


 そんな詮無き事を考えていると、壁登りレース出走者の2匹がのっしのっしと近づいてきた。ウォルフは自慢気に胸を張り「如何ニ、我ガ優レテイルカ、見セテヤルゾ、ますたー」とドヤ顔を披露してきた。対するレオンは、突き出した尻をフリフリさせながら「ますたー、タテガミ、ヨク見テロ、俺様、イッパイ、イッパイ、揺ラシテヤルゾ」と、いつもの事ながら非常に楽しそうである。私は、そんな2匹の鼻頭をガシガシと撫でながら「それじゃ二人とも、怪我のないよう頑張って来てくださいね」と声援を送った。


 そして始まる大レースである。


 2匹の為に特設された光の花道を、彼らは瞬く間に駆け上がって行った。「頑張れー」と声援を送る間もなくスゴい勢いで遠ざかっていくウォルフとレオン。流石に平地で見せていた、一瞬で視界から消えるような超速度は出ていないものの、それでも普通に走っているかの如き軽やかな足取りは見事である。燐光に照らされながら駆け上がる彼らの姿はとても美しかった。


 ウォルフは、ゴール目指してただひたすら爆走しているようだ。まるで放たれた矢のように一直線に駆け上っている。その走り姿は、一見するとアスリートの如き禁欲的ストイックさを醸し出しているものの、もちろんそれは雰囲気だけの話である。実際には「一番になって褒めてもらいたい」とでも思っているに違いないのだ。つまり、その禁欲的ストイックな見た目とは裏腹に、我欲にまみれまくっているのである。


 そんな、一心にゴールを目指すウォルフに対し、もう片方の出走者であるレオンは、まるで曲芸のような走りを披露していた。稲妻のようにジグザグと左右に跳ねながら駆け上がっているのだ。右へ左へと慌ただしく方向転換をする度、彼のタテガミがダイナミックに躍動する。あきらかに「ゴールを目指す」為の走りではなく「タテガミを揺らす」事を目的とした走りだった。楽しそうで何よりである。そして見事な揺れっぷりである。スゴいぞレオン。カッコイイぞレオン。私はレオンに期待する事をこの時点で諦めた。


 まぁ、どっちにしてもウォルフが持って来てくれるだろうしね。

 あの一心不乱の走りっぷりを見る限り、そう遠い未来でもなさそうである。


 あ、けど、そういえば……。

 袋もないのにどうやってイシュドラを持って帰って来る気なんだろ?


 すっかり彼らの姿が見えなくなった後で、そんな今更すぎる疑問が沸いたのだが、当然私に為す術があろうはずもなかった。




 その後しばらくして、先に戻ってきたのは、予想通りというか宣言通りというか、案の定ウォルフだった。彼は咥えていたイシュドラを床に"ドンッ"と置くと、胸を張ってこう言った。「ますたー、好キナダケ、食ウトイイ」と。ちなみに"ドンッ"という音は、何も大げさに言っている訳ではない。ウォルフがイシュドラを床に置いた瞬間、僅かな振動と共に、本当に"ドンッ"という地鳴りのような音がしたのである。私はお礼も忘れ、しばし目の前にあるイシュドラを眺めた。スゴく驚いたのだ。だって、彼が咥えて持って来たのは、小さな果実――がたわわに実った、小振りながらも立派な1本の木だったからである。


 まさかまさかの展開である。


 確かに「どうやって持って帰ってくるのかなー?」と疑問を持ったのは事実である。しかし流石に「木ごと引っこ抜いて幹を咥えて持ち帰る」等というワイルドにも程がある手段を講じるとは、夢にも思っていなかった。ウォルフ恐るべしである。


 どのくらいそうしていただろうか?微動だにしない私を不審に思ったのか「ますたー、食ワナイノカ?」と、ウォルフに尋ねられ、私はようやく正気を取り戻した。石張りの床にポツリと佇む1本の木。見てるだけで自然と頭の中で鳴り響いたジングルベルを追い出しながら、私はウォルフへと微笑んだ。そしてクリスマスツリー――じゃなかった、イシュドラの木から一つ実をもぐと「あ、ありがとうございます。それじゃいただきますね」と、一言ウォルフに断ってから、イシュドラの実を食したのである。


 初めて食べるイシュドラは、割と美味だった。イチゴとトマトの良いところだけを取り出してくっ付けたような味とでも形容すべきか。さわやかな酸味と濃厚な甘さのバランスが素晴らしく、また、実1つ1つが指でつまめるくらいの大きさである事も手伝って、ついついパクついてしまった。さぞかし腹の肉共も歓喜しただろう。が、いかに私が食いしん坊だったとしても、流石に木まるまる1本分ものイシュドラを食べきるのは無理なのであった。


 そう。無理だったのである。つまりウォルフが持って来てくれた分で大変満足したのである。だからレオンよ。そろそろ機嫌を直してもらえないだろうか。お耳をペッタンさせて「俺様、失敗シタ……」とイジけるレオンを見つめ、私は心の中で溜め息を吐いた。


 誤解の無いように言っておきたいのだが、別にウォルフの持って来てくれたイシュドラばかりを食べて、レオンが持って来てくれたイシュドラを食べなかった訳ではないのだ。そんな無邪気な子供を虐めるような非道な真似をする訳がないのである。ではどうしてウォルフが持ち帰ったイシュドラばかりを貪り食っているかというと、それは一重にそれしか食べるものがなかったからなのだ。ここまで言えば大体の事情は察していただけるだろうか。そう。レオン君、イシュドラ持って帰って来なかったのである。


 なんと彼は「タテガミを揺らす」という目標の方に気を取られ過ぎて、「イシュドラを取ってくる」という主目的の方をすっかり忘れてしまっていたようなのである。手ぶらで戻ってくるなり最高のドヤ顔で「ますたー、俺様、タテガミ、素敵ダッタカ?」と興奮気味に詰め寄って来たレオンは輝いていた。アホの子ここに極まれりである。尻をフリフリさせながら大いにはしゃいでいた彼だったが、私の手の中に握られているイシュドラを見た瞬間、その陽気な動きがピタリと止まった。彼はお尻を突き出した姿勢のまましばし固まると、それはそれは情けない声音でこう宣ったのである。「俺様、忘レテタ……」と。それ以降ああやってしょんぼりと凹んでしまっているのだった。


 まぁ、「左右に揺れるタテガミ素敵だったよ!」「ジグザグ走行もシビレた!」「あと、全体的にレオンって素敵だよね!」と、壁登り中のレオンをベタ褒めしてあげたところ、「ソウカ、俺様、素敵ダッタカ」と直様機嫌が治ったようなので、何よりではあったのだが。


 こうして無事、第一回「チキチキ壁登り大会 in 大空洞」はウォルフの圧勝という結果で幕を下ろしたのだった。





 腹は満ち足りた。つまり大空洞へ来た目的を果たしたという事である。鳥さんの大活躍――というか予想外の大ハッスルのお陰で、現在のところ、ここら一帯の羽虫共は全て駆逐されてしまったようだ。さよならグロテスク。そしてこんにちは平穏な日々。しかしながら残念な事に、ウォルフによると「一日モスレバ、再ビ魔素ヲ求メテ、新タナ羽虫共ガ、群レ集ッテ来ルゾ」との事なので、ハレルヤを叫ぶのは少々早すぎたらしい。今後とも油断は禁物なのであった。


 出来れば今すぐにでも泉に帰りたかったのだが、生憎今は禍時まがどきの真っ最中である。つまり「虫怖いからもう帰るのー!」と駄々を捏ねたところで、待っているのは、オバケに襲われる悲惨な未来なのである。もう一度あの「ヒギャァァァァァッァァア!」共に襲われて、無事おパンツを守り通す自信がない。替えのおパンツを持っていない私としては、是非とも避けねばならなかった。いや、もちろん、替えさえあれば粗相しても問題ないという訳でもないのだが。そんな私の事情に加え、ウォルフとレオンも禍時まがどきに行動する事を嫌がった為、本日はここで野宿する事に決定した。


 幸いイシュドラは腐る程残っている為、食料の心配をする必要はない。偉そうに「我ハ、我ハ」とジャレ付いてくる、ふっかふかの自走式毛玉ベッドも居るので寝床の心配もない。トイレだって「穴掘ってー」の一言で用意できるのだ。特に不自由する事もなさそうである。


 あー……。とりあえず、今日は無事乗り切ったのか……。


 そんな事を自覚した途端、身体からドッと力が抜け、思わずハァと溜め息を吐いてしまった。何せ怒涛の一日だったのだ。私は今の今まで張り詰めていたものが一気に緩んでいくのを自覚した。肉体的にも精神的にもボロボロに疲れていたのだ。今日はもうゆっくりと休みたい気分だったのだ。


 だというのに何だこれは。


 「人間、俺様、早ク、血欲シイ」


 いつの間に「イヤッフゥゥゥゥゥ!」から戻って来たのか。此花ファミリーのテリトリーまでやって来た鳥さんが、こんな事を言い出したのである。冗談ではなかった。確かそのフラグは、結構最初の方で叩き折ったはずである。であるのに、何故君はそんなにソワソワした様子で羽をバサバサさせているのかね、鳥さんよ。


 もちろん慕ってくれるのは嬉しい。しかしだからといって、そんなにポンポン従魔を増やす訳にはいかないのである。うちの毛玉達を見ると、さぞかしお気楽そうな関係に見えるかもしれないが、それはこの子達がおかしいのであって、これをスタンダードとして考えるのは間違っているのだ。本来の従魔契約とはそれはそれは恐ろしい契約なのである。それこそ「死ね」と命じられれば死なねばならぬ契約なのだ。にも関わらずどうしてここの巨大獣達は、揃いも揃って、そう死に急ぐのだ。


 本来、こういった今後の人生に関わる重大な事柄は、もっと熟慮に熟慮を重ねた上で決定すべきものなのである。名前も知らない初対面の女性に「初めまして。僕と結婚してください」とプロポーズする男がいないように、従魔契約も、初対面の私に向かって「初めまして。よく分からんけど従魔にしてください」と強請ねだるような性質のものではないのである。


 それにウォルフの話では地上への転移陣とやらに辿り着くまで後10日程かかるのだ。恐らくその道中には、様々なケモノさん達が待ち構えているのだろう。仮に今のペースでホイホイと従魔を増やした場合、単純計算で地上へ出る頃には40匹のケモノさん達を連れ歩く事になってしまう。確かに私はムツゴ○ウ作戦を立案実行した。しかし、だからと言って、かの方のように北の大地で動物王国を築く気があるかと問われれば、その答えは否である。どう考えても40匹のケモノは手に余る。


 さてどう断ったものか。

まるでステップを踏むように、床の上で落ち着き無く飛び跳ねる鳥さんを眺めつつ、私は思案した。のだが


 「コレ以上、従魔ハ、イラヌ」


 と、背後から、不機嫌そうなウォルフの声が聞こえてきた為、私は慌てて思考を中断した。相変わらず嫉妬深いワンちゃんである。そんなウォルフのすげない一言が聞こえたのだろう。鳥さんは陽気なステップを停止させ、首を傾げながら口を開いた。


 「狼、俺様、強クナッタゾ。トテモ、トテモ、役ニ立ツゾ」

 「我ノ方ガ、オマエヨリ、モット、モット、役ニ立ツ。ダカラ、オマエハ、必要ナイノダ」


 「ケド、俺様、人間ニ、恩返シシナイト、ダメナノダ」

 「ナラバ、モットイッパイ、アリガトウヲ貯メテ、ますたーヘ捧ゲヨ。別ニ、従魔ニナル必要等ナイ」


 ここに来てとうとう「ありがとう=通貨的なもの」という認識まで変化してしまっているのだが、流石に訂正すべきであろうか。そんなくだらない事を考える私を他所に、彼らの口論は更に熱を帯びていった。


 鳥さんは両足を交互に上げ下げし、それに併せて羽をバサバサさせながら、声高に言った。


 「ケド、ケド、俺様、モット、モット、恩返シシタイ。俺様、モット、モット、強クナル。ダカラ、狼、オ願イ」

 「ダメダ。オマエハ、イラヌ」


 どうあっても迎え入れる気はないらしい。その後も「狼、頼ム」「ダメダ」のラリーが数回続き、「あれ?これパターン入ってるんじゃない?」と、私が無限ループに気づいたその瞬間。


 「デモ、狼。鳥イルト、ドラゴン墜トスノ、トテモ、楽ニナルゾ」


 と、それまで傍観していたレオンが突然しゃしゃり出て来た。その上


 「確カニ、ソウダナ。ドラゴン、空飛ブゾ。遠距離攻撃ガ無イト、チョット危険」


 と、ティガまでもがしゃしゃり出てきて、レオンの擁護に回ったのである。つまり、これまで「ウォルフ vs 鳥さん」のタイマンバトルだったのが、一気に「ウォルフ vs 3匹」という構図になってしまったのだ。数の上では非常に不利な展開になった。


 しかしあの嫉妬深いワンちゃんの事である。少々数で負けたくらいでおめおめと引き下がるようなタマではあるまい。それこそウォルフにしてみれば、突然現れた子猫が2匹並んで「ニャーニャー」騒いでる程度の感覚であろう。正直鼻で笑っちゃうレベルである。その程度の横槍でウォルフを止めよう等とは、片腹大激痛である。


 当然、お猫様2匹の進言など華麗に無視し、引き続き鳥さんをイジめる作業に戻ってくれるんだろうなーと信じていたのだが


 「ヌゥ……確カニ」


 おい。何懐柔されかかってるんだ。しっかりしてくれウォルフよ。


 何と、お猫様達の意見を聞いてあの唯我独尊のウォルフが、考えを改めようとしたのである。信じていたものに裏切られた気分だった。だって君は他人の意見を聞くような素直なキャラじゃなかったではないか。今回はその頑固さに期待していたというのに、何たる裏切りであろうか。


 どうか、ウォルフがお猫様達の反論をうっちゃりますように……。


 我ながら最低な内容の祈願である。

 もちろんそんな最低な祈りが通じる訳もなく。


 「ドラゴンノ巣ノ周リ、岩シカ無イ。俺達ジャ、攻撃、届カナイ」

 「ヌゥ……確カニ」


 「マダ、鳥未熟。ケド、俺様達デ、イッパイ鍛エレバ、ソレナリニハ、強クナルゾ」

 「ヌゥ……確カニ」


 「ダカラ、鳥、居タ方ガ、便利ダゾ」

 「ヌゥ……確カニ」


 アカン。こりゃ負けフラグですわ。


 着々とウォルフを説き伏せていくお猫様達。このまま放置していては、なし崩し的に鳥さんを従魔にする事になってしまいそうである。私は、珍しく真面目に語り合っている毛玉さん達に向かって、勢いよく手を上げた。


 「はい!それじゃ、ドラゴン墜とすのを諦めたらいいと思います」


 そしたら鳥さんとは今後とも友達のままいられるし、ドラゴン墜とし等という物騒極まりないイベントも回避できる。つまり私的には非常にハッピーな展開と迎えられるのだ。しかし


 「ダメダ」

 「ダメダゾ」

 「ダメダナ」


 と、毛玉さん総出の拒否により、私のナイスアイディアは棄却されてしまったのだった。解せぬ。


 もちろん、彼らがドラゴン墜としを決行する動機は知っている。精々あと80年程しか生きられない私の寿命を伸ばす為、私にドラゴンの血を啜らせたいからである。しかし逆に言うとそれは、後80年近くも猶予があるという事でもあるのだ。つまり、勢い勇んで今すぐにでも手に入れなければならない理由はないのである。


 確かに転送陣へ向かう道中にドラゴンの巣がある以上、ついでにドラゴンを墜とせれば効率は良かろう。しかしながら、たまたま出会った鳥さんを戦力に加えねば、まともに戦えないというのであれば、それはあきらかに準備不足である。であるならば、悔しかろうがここは一端諦め、地上に出た後、しかるべき準備を整えてから再挑戦すべきだと思うのだ。


 という旨を、なるべく噛み砕きながら毛玉さん達に語ってみたのだが、彼らの返答は無常だった。


 「モウ、準備シテルゾ。鳥、従魔ニスレバ、問題ナイ」

 「ソウダゾ、ますたー。地上出ル必要ナイ。俺達、チャント、準備出来ルゾ」


 まさかの返答だった。そして思い至る。そうだった。そういえば彼らのホームグラウンドはこの迷宮なんだった。つまり「一端戻ってから準備する」というのは、彼らの場合「この場所で準備する」に等しい意味合いなのである。「地上へ出る」という目的は同じでも、そこに込められた意味合いは、私と彼らとでは180度違うのだと、今更ながらに私は痛感した。


 つまり、私が「地上へ戻る」という感覚なのに対し、ケモノさん達は「地上へ出向く」という感覚なのだ。鳥さんの勧誘にしたってそうだ。私にとっては「足りない戦力を現地調達で賄う」という認識なのだが、ケモノさん達にとっては「地上を目指す為の、入念な準備」という認識になってしまうのだろう。ついつい人間の感覚で「街に戻ってから出直そうよー」等と提案してしまったが、よもやこんな落とし穴が待ち構えていようとは。


 完璧に手を仕損じた。これでは毛玉さん達を懐柔するのは不可能である。


 私は最後の望みをかけて、すっかり置いてけぼりになっている鳥さんへと視線を転じた。毛玉さん達がダメでも、鳥さんならいけるかもしれないと考えたからである。正直勝算は薄いだろう。何といっても今回の場合、鳥さん本人が「血ヲクレ」と言っているのだ。しかし頑張れる限りは頑張りたいのだ。


 私の向ける視線に気がついたのだろう。主役のはずなのに完璧に蚊帳の外だった鳥さんが、首を傾げながら「ン?」と呟いた。さぁ勝負の時である。


 私は、鳥さんの目を見つめたまま、まるで諭すような口調で告げた。


 「鳥さん。私達は地上を目指しています。今日はここで一泊しますけど、禍時まがどきが終われば、直ぐにでも出発する予定です」

 「ム?」


 「確かこの大空洞は鳥さんの縄張りなんですよね?」

 「ソウダゾ。ココ、俺様ノ、縄張リダゾ」


 鳥さんの返答を聞いて思わず笑みがこぼれる。そうでなくては話が進まないところだった。私は少しだけ言葉を止めた後、おずおずとした様子で彼に告げた。


 「でも……私の従魔になっちゃうと、この場所とお別れしないとけなくなっちゃいますよ?」


 そうなのだ。これこそが私に残された最後の切り札なのだった。


 つまり私の従魔なんかになっちゃうと、鳥さんは縄張りを捨てなければならなくなるのである。鳥さんにとって「縄張り」というのが、どれ程の重要度を持つものなのかは分からないが、初対面で「ここは俺様の縄張りだ!」と主張した事から鑑みるに、恐らく大切なものだと思ったのだ。案の定


 「ム……。ソウカ、俺様、縄張リ捨テネバ、ナラヌノカ……」

 と、困ったような表情で呟く姿を見る限り、どうやら見込み違いではなかったらしい。私は、これ幸いとばかりに畳み掛けた。


 「縄張りって大事なものですよね?そんなに簡単にポンポン捨てていいものじゃないんじゃないですか?」

 「ソウダゾ。縄張リ、トテモ大事。捨テチャ、ダメダゾ」


 おっしゃ。ここまではパーフェクトな進行である。先程にも増して困った表情でソワソワし出した鳥さんの様子を眺めながら、私は更に念を押すため


 「だったら――」


 と、言いかけたところで

 突然バッと羽を広げた鳥さんによって、遮られてしまった。


 何事だ!


 と疑問に思う間もなく、今までの困り顔から一変、実にキリッとした男前の表情になった鳥さんが、とんでもない事を宣ったのである。


 「俺様、縄張リ、捨テラレナイ。ダカラ、人間、オマエノ為ニ、捨テサセテクレ」


 何それカッコイイ。そして何だこの展開。

 余りにも唐突過ぎる告白を受け唖然とする私に向かって、鳥さんは更に畳み掛けてきた。


 「俺様、人間ノ、オ陰デ強クナッタ。ダカラ、俺様、恩返シシタイ。人間ガ、縄張リ捨テル事ヲ、望ムナラ、俺様、チャント、捨テテミセルゾ」


 望んでない。私は断じてそんな事望んではいない。むしろその逆なのである。捨てて欲しくないと願っているのである。もっと具体的に言うなら、従魔ではなく友人としてお付き合いしていきたいと思っているのだ。


 「ちょ、待って!鳥さん、話を――」

 「ダカラ、人間、血ヲクレ。俺様、キット、役ニ立ツゾ」


 「鳥さ――」

 「チャント、言ウ事モ聞クゾ。俺様、オ利口サンニナル」


 嘘だ。現在進行形で私の言う事を聞いてくれてないではないか。しかしそんなツッコミをするいとま等あろうはずもなく


 「ダカラ、人間、俺様ノ事モ、好キニナレ」


 まるで懇願するかのようなシットリとした視線を向けられ、私は最後の希望が潰えた事を悟ったのだった。これはアカン目ですわ。もう決心してしまったケモノさんの目ですわ。説得はもう無理ですわ。ホンマにあきまへんわ。しかしながら頭でいくら理解していても、感情はそうはいかない。私は、悪あがきと知りながらも、言葉を重ねた。


 「じゃ、じゃあ!従魔契約しなくても、お友達として付いて来るというのはどうですか?」

 「ダメダ。俺様、縄張リ、捨テレナイ。ますたートシテ、命ジラレナイ限リ、俺様、ココ動ケナイ」


 じゃあ動かなければいいじゃない!と言えないのが口惜しい。だってそれは先程済んだ話なのだ。「ホンマあきまへんわ」という悲惨な結末を迎えた話なのだ。そんな事を考えて、一瞬言い淀んでしまった私に対し、鳥さんはそれはそれは悲しげな視線を向け


 「人間、俺様、嫌イナノカ?」


 と、それはそれはそれは悲しそうな声音で聞いてきたのである。


 当然、彼のその幼気な様子は、私のハートにクリティカルヒットでブッ刺さった。

 鳥可愛い。見た目は怖いけど超可愛い。


 違う。誤解しないで欲しい。嫌いじゃないんだ。ただ私は困っているだけなのだ。正直、私の手に、君らの生殺与奪は重すぎるのだ。慕ってくれるのは嬉しいのだが、母の持つ買い物カゴにお菓子を投げ込む子供のノリで、そんな重々しい責任をポンポン投げ込まれても、サッパリ背負える気がしないのである。


 あれは100円や200円だから許される行為なのだ。例え我が子であろうとも、桐箱入りの高級メロン (2万円)なんてものを放りこまれれば、さしもの母親も「コラッ!ちゃんと元あった場所に戻してきなさい!」と叱るに違いないのである。つまり生殺与奪等という重々しいものを投げ込まれた私は、それを拒否する権利があってしかるべきだと思うのだ。


 しかしながら、だからといって鳥さんを悲しませて良い理由にもなるまい。


 責任の重さにたじろぎ、どうしても鳥さんを従魔に迎える事に積極的になれないのだが、さりとてこのまま意地を張り続けても状況が変わるとは思えないのだ。であるならば、今の私は、ただいたずらに鳥さんを悲しませているだけに過ぎないのである。引き延ばしても結果は変わらないのだ。それどころか、引き延ばせば引き延ばしただけ鳥さんをしょんぼりさせてしまうのである。


 どうやら毛玉会議は「鳥さん加入」の方向でまとまったようである。少々ウォルフがぶーたれているものの、満場一致と言ってよかろう。加えて、鳥さん本人にも諦める様子は一切ない。つまり最早完璧に「詰み」の状態なのである。もうこうなっては腹を括る他あるまい。


 そうと決まれば、もう悩む事もない。

 せめて気持ちよく迎え入れてあげようではないか。


 「そんな事ないですよ。私、鳥さんの事、ちゃんと好きですよ」


 広げた羽をクタリとしなびびらせていた鳥さんに向かって、そう声をかけると、鳥さんは「ン?」と呟くなり首を傾げた。「嫌われた……」と落ち込んでいたところに、突然のこの告白である。恐らく鳥さんも困惑したのだろう。彼はしばらくの間、キョロキョロと視線を彷徨わせていたようだが、やがて思い至ったのか、いきなり羽をバッと開いたかと思うと、興奮気味に問い詰めてきた。


 「人間、ホントノ、ホントニ、俺様、好キナノカ?」

 「ホントのホントに、鳥さんの事が好きですよ」


 「ソウカ、俺様モ、人間、好キダゾ。人間、嬉シイカ?」

 「はい。鳥さんに好きになってもらえて、とっても嬉しいです」


 一端腹さえ括ってしまえば、後は毒を食らわば皿までの心境である。次々に飛び出す鳥さんの質問に愛想良く答えていたところ


 「調子ニ乗ルナヨ、新入リ……」


 どうやら、嫉妬大好きな長男ワンコがプンスカプンになってしまわれたらしい。困ったヤツである。そして面倒臭いヤツである。しかしウォルフの野暮なツッコミのお陰で、それまで「俺様、俺様」とマシンガントークを繰り出していた、鳥さんのセリフが止まったのは幸いだった。私はこの降って湧いたようなチャンスを活かすべく、ここぞとばかりに毛玉さん達の方を振り向くと、笑顔でこう宣言したのだった。


 「皆、仲良くしてあげてくださいね」


 それに対し、お猫様達は「鳥、分カラナイ事ガアッタラ、俺様、頼レヨ」とか「俺、オ兄チャンダゾ。ダカラ、面倒見テヤルゾ」とか言いながら、鳥さんを歓迎してくれた。そんな気さくな反応のお猫様とは対照的に、ウォルフだけは最後まで「アマリ、イイ気ニナルナヨ……」と、嫉妬丸出しのままだった。ホントどうしようもない長男である。


 早くもギャーギャーと騒ぎ始めた4匹の姿を眺めつつ、私はぼんやりと鳥さんの名前を考えるのだった。


 尚、ここから先は余談ではあるのだが、この鳥さん加入をきっかけとして、私は今後、積極的に従魔を増やそうと決意を新たにする事になる。詳しい話はここでは割愛させていただくが、一言――いや二言だけ言っておきたい事があるのだ。


 だってしょうがないじゃん。

 私まだ死にたくないんだもん。


 つまりはそういう理由からの意識改革なのであった。あ、頭痛いです……。


2015/3/22 字下げ修正

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