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もう少し、他人の話を、聞きましょう

お陰様を持ちまして、ブックマーク100件を達成できました。

試行錯誤の連続の拙作ではありますが、今後ともお付き合いいただけますと幸いです。

 レオンに続いてのっしのっしとやって来たウォルフが、私の目の前で『お座り』していたレオンに向かって「ガウッ!」と吠えた。そして


 「コレ以上、従魔ハ、イラヌ」

 「デモ、空飛ベナイト、イシュドラ、取ッテ来レナイゾ」


 たった一往復の会話ではあったが、私は何となく事の真相が分かった気がした。





 どうやらイシュドラとは果実らしい。そして大空洞の高い位置にしか生息していないらしい。それこそ翼でもない限り辿り着けないような場所らしいのだ。つまり


 「羽が生えてない皆さんでは、イシュドラを取って来れないって事ですか?」


 小首を傾げてそう聞き返すと、何故かウォルフの表情が曇った。彼は「グルルルルッ」と不機嫌そうに喉を鳴らすと


 「違ウ。コノ程度ノ壁ゴトキ、我ノ爪デアレバ、容易ニ、ヨジ登レルノダ」


 と、明らかに言い訳めいた事を言い出した。どうやら「出来ない」という評価が不服だったらしい。無駄にプライドの高い毛玉である。


 「でも、取って来れないから、鳥さんに頼もうとしたんですよね?」

 「ヌゥ……ソウデハナイ。今回ハ、タマタマ時期ガ悪カッタノダ。イツモダッタラ、我デモ、取ッテ来レルノダ」


 余程不本意なのか必死に「時期ガ悪イ」だの、「ツイテナカッタ」だのと繰り返すウォルフ。うん。分かった。十分過ぎる程分かったんだ。でね、それを踏まえた上で今一度聞きたいのだが。


 「つまり、鳥さんじゃないとイシュドラを取って来れないって事なんですよね?」

 「違ウゾ、ますたー。我モ、取ッテコレルゾ。シカシ、時期ガ悪カッタノダ。マサカ、コノヨウナ事態ニ遭遇スルトハ、思イモシナカッタノダ」


 うーんと……。それは分かってるんだけどなぁ……。

 全く埒が開く気配を見せない手詰まり感に、私は知らず頭を抱えた。


 凄まじいまでの堂々巡りである。一歩も引く気のないウォルフの態度から察するに「出来ない」というレッテルを貼られるのが、どうにも業腹で堪らないらしい。その気迫たるや凄まじく、どんな無茶な理屈を捏ねくり回そうとも「出来る男」の称号をゲットしてやるぞという熱意に満ち溢れていらっしゃる。


 もしかすると、これが所謂「男の沽券」と呼ばれるヤツなのだろうか?

徐々にではあるがにじり寄って来るウォルフの動きに併せ、ジリジリと後退しながら私は思案した。


 そういえば自称恋するうなぎパイこと三千代ちゃんも言っていた。「いいこと、さくちゃん。男の子にとって沽券と股間に関わる事は、決して譲ることが出来ない彼らのプライドなのよ」と。あの時は食事中という事もあり「へー、流石、うなぎパイ。伊達にサクサクしてないねー」等と極めて適当にあしらってしまったが、今思い返してみると明らかなセクハラである。いや、そんな事はどうでもいいか。


 私は、尚も「壁ゴトキ、我ガ爪ヲ持ッテスレバ」だの「我ガ本気ヲ出セバ、ココラ一帯ヲ、瓦礫ニ沈メルノモ、簡単ナノダ」だのと、必死に有能っぷりアピールをしまくっているウォルフを見て、一つ確信した。


 あぁ……コレは、こちらが折れるまで絶対諦めないな、と。


 恐らく彼は「へー、ウォルフってスゴい!カッコイイ!大好き!」みたいな反応を求めているに違いないのである。つまり、まずは自尊心を満たして欲しいのだ。そしてその前提の上で「しかし、今回はたまたま都合が悪かったから、鳥さんに頼む事になった」というスタンスを取りたいものと思われる。間違っても「自分には出来なかったから、他の人に頼んだ」なんて無様な流れを認める訳にはいかないのだ。常に頼れる男でいたいのである。背伸びしたい年頃なのである。


 大方、惚れた女の前ではスーパーマンを気取りたいのだろう。差し詰め「全部俺に任せろなんだぜ。お前の為なら、俺は何だってやって見せるんだぜ」といったところだろうか。ヤダもう。超カッコイイんですけど。ついでに「惚れた女に弱いところなんて見せらんねぇんだぜ」も追加しておこうかしら。あらヤダ。ウォルフ君ったらイケメン過ぎである。しかも今のところ彼の愛の矛先は全て私に向けられているのだ。そんなイジらしい姿を見せられれば、流石の私でも「んもう!こんなに愛されちゃって私ってはどうしましょう!」とヒロインめいた気分になって来るから不思議である。まぁ、続けて「愛しの私の為に、今度も一生懸命頑張ってね!」と考えてしまったところで、悪女としての業の深さを再認識させられたのだが。


 何はともあれ、まず褒めてやらねば話しは進むまい。


 んもう、仕方のない毛玉さんだなぁ。

 ガウガウと虚勢を張るウォルフに向かって、私は大げさに驚いてみせた。


 「えー!ウォルフって爪で壁登れるんですね!スゴい!カッコイイんだろうなー!」


 我ながら自分の演技力の無さには絶望である。ここまで棒読みな人は見たことがない。当たり前である。だって演者は私なのだ。私が見れる訳がないのである。そんなベタベタな私のリアクションを目の当たりにし、ウォルフはキョトンとした表情になった。流石に演技だと感づかれたのだろうか。だとしたらものスゴく恥ずかしい。「どうかバレませんように……」と祈るような気持ちで胸をドキドキさせていると、ウォルフは「フンッ」と満足気に鼻を鳴らした。


 「ヌゥ、ソウナノダ、ますたー。我ハ、壁モ登レルノダ。スゴイデアロウ?」


 満面のドヤ顔である。ドヤッドヤである。相変わらずチョロい毛玉であった。

 助かった。お手軽なヤツらで本当によかった。


 「はい、流石はウォルフですね。スゴいです」

 「ヌゥ……。ソウナノダ。我ハ、結構スゴイノダ」


 どうやら無事乗り切ったらしい。

 しっぽをバサバサと振りながら、嬉しそうに胸を張るウォルフを見つめたまま、私は心の中で安堵の息を吐き出した。


 しかしながらここからが本題である。私の予想が正しければ、この後「しかし今回は都合が悪くて~」みたいな言い訳タイムが始まるはずなのである。もちろんそれに対するフォローにも気を配らなければならないのは言うまでもなかろう。決して「ウォルフにも出来ない事があるんですねー」等と、真っ向から彼らのプライドを逆撫でする発言はしてはならない。利口なのは「それは運が悪かったですねー」や「時期が悪かったんですねー」等、外因的要素に責任を求める方法である。彼が悪い訳じゃない。運が悪かったのだ。彼が出来ない訳じゃない。時期が悪くて出来なかったのだ。シミュレーションは完璧である。さぁ掛かってくるがいいワンちゃん。君をチヤホヤする準備は万全であるぞ。


 しかしここで、まさかの横槍が入った。

 そう。お気楽能天気な記念すべき初ペット。タテガミもこもこレオン君である。


 彼は『お座り』の姿勢のまま「グッグッ」と喉を鳴らした。言わずと知れた催促である。


 「ますたー、俺様モ、壁登レルゾ。俺様モ、スゴイ?」


 無邪気にそう尋ねられ、私は再び大根を披露する決意を固めた。


 3匹の中でこの子が一番純粋である。ちょいと煽ててデレッデレにしてやれば、しばらくは床の上でゴロニャンしててくれるに違いない。まるで邪魔者みたいな扱いになってしまい大変申し訳ないが、しょうがないのである。本来であれば、先にやって来たレオンの話から聞くのが筋であろうが、そんな事しようものなら、お兄ちゃんのくせに一番大人気ないどこぞのワンちゃんが、ぶーたれるに決まっているのだ。故にごめんねレオン。ウォルフとの話が終わるまでゴロニャンしてて下さい。


 さて、それではアイ・アム・ダイコンのお時間である。

 私は口に手を当て目を見開き、それはそれはあざとい声音で叫んだ。


 「えー!レオンも登れるんですね。スゴいです」

 「俺様、スゴイ?」


 「そりゃスゴいですよ。ロッククライミングみたいで素敵だと思います」

 「ヌゥ……。ジャア、今度、壁登ッテルトコ、ますたーニ、見セテヤルゾ」


 「そ、それは楽しみだなー」

 「ますたー、楽シミニシテロ。俺様、ガガガッテ、登ッテヤルゾ」


 「あ、壁を登る時ってやっぱりタテガミもゆっさゆっさ揺れるんですかね?」

 「モチロンダゾ。俺様、タテガミ、トテモ、トテモ、揺レルゾ」


 「やっぱりそうなんですね。タテガミを振り乱して壁を駆け上るレオンは、とってもカッコイイんだろうなぁ……」

 「ヌゥ……。ますたー、楽シミニシテロ。俺様、頑張ッテ、タテガミ、揺ラシテヤルゾ」


 いい感じである。いい感じのデレニャンコの出来上がりである。しかしここで仕損じると、またもフリダシに戻る事になるので、最後はキチンと締めなくてはならない。これまで幾度となく繰り返してきた毛玉さん達とのコミュニケーションを通じて、少しではあるが、彼らとうまく付き合う為のコツを掴んだ気がするのだ。その内なる私が叫ぶのである。「贔屓はアカン。毛玉は平等に愛でるべし」と。


 私はニッコリと微笑んで、パンと両手を打ち合わせた。


 「それじゃ楽しみにしてますね。皆、上手に壁を登るんだろうなー。私じゃ逆立ちしたって無理だから、尊敬しちゃいます。レオンもウォルフもティガも怪我だけはしないように、頑張ってくださいねっ」


 これが大事なのである。


 10メートル以上離れた場所に居るのに、お耳だけはしっかりとコチラに向け、しきりにピクピクさせているティガが、そして今にも嫉妬のあまり大暴走を始めそうだったウォルフが、私の締めの一言を聞く事によって、いくらかマイルドな反応に落ち着いた。そうなのである。繰り返しになってしまうが言わせて欲しい。これが大事なのである。


 私は若干落ち着きを取り戻したウォルフに向かって口を開いた。


 「楽しみにしてますからね」

 「ヌゥ……。イイダロウ……」


 はい。イイダロウいただきました。

 私は心の中でガッツポーズを決めた。


 この「イイダロウ」を意訳すると、差し詰め「いい気分ではないが我慢してやる」といった意味になろうか。ちなみにこれを使うのは何もウォルフばかりではない。毛玉さん達全員が使う感情表現なのである。やや楽観的ではあるが「イイダロウ=乗り切った」と思っておけば間違いない。つまり今回のデレニャンコ作戦は他2匹の不満を爆発させることなく無事に達成できたという事である。


 フッ……たわいもない。

 少々ヤンチャで、かなりフリーダムな男の子達ではあるが、私の手にかかればこんなものである。


 どうやら私は、演技の才能には恵まれなかったものの、毛玉さん達を意のままに操縦する才能には恵まれたらしい。どこかで何かのレベルが上がる音が聞こえた気がした。


 「ヌゥ……。俺様、アイツニ、自慢シテクル」と言い残し、再び鳥さんのいる方――つまりティガの元へ向かって歩き出すレオン。てっきりゴロニャンするものと思っていたのだが、これはこれで結果オーライであろう。得意気にしっぽを振り回しながらのっしのっし歩くレオンを見送ると、私は改めてウォルフに微笑みかけた。さぁここからは交渉のお時間である。


 ジッと待つこと数秒。ウォルフは「ヌゥ……」と重々しく呟くと、やや寂し気な表情を作り


 「実ニ、ツイテイナカッタノダ」


 と、不運さを呪った。当然イシュドラの件についてのコメントである。本当は取りに行けるのに、運が悪かったから取りにいけなかったということである。予想通りの展開に内心ほくそ笑みながらも、私は表面上は神妙な様子で同意した。


 「時期が悪かったですね。仕方ないですよ」

 「ウム、本来デアレバ、数分ト待タズニ、イシュドラヲ取ッテ来レタノダガナ……」


 チラッチラッと探るような視線を感じたので、引き続き神妙な面持ちで私は口を開いた。


 「ウォルフはスゴいですね。壁を登らないといけないのに、数分で持って帰って来れちゃうんですか」

 「ヌゥ……。確カニ、我ハスゴイガ、余リ、褒メテクレルナ、ますたー」


 何だこの茶番。そう思わなくもなかったが、男の子のプライドを守る為には必須のプロセスである。自嘲気味にフッと息を吐きだし、勿体ぶるかのようにゆっくりと頭を振ったウォルフは「実ハナ……」と、重々しい口調で語りだした。ようやく本題である。


 「数百年程、見ヌ間ニ、ドウヤラ、コノ辺リ一帯ガ、大禍時おおまがどきヲ、迎エタヨウナノダ」

 「大禍時……?」


 確か「禍時まがどき」とはオバケが出る時間帯の事である。道中、3回程おパンツが温かくなりかけた事は記憶にも新しい。まさに恐怖体験であった。そんな、ただでさえ怖い「禍時まがどき」に、更に頭に「大」が付くともなると、これはもう大問題である。禍時まがどきの際は辛うじて回避できたホカホカおパンツであったが今回はまぬがれまい。替えの下着等持っていないというのに。


 色んな意味でテンションがた落ちの私を無視して、ウォルフは相変わらず勿体ぶった口調で話を続けた。


 「ソウナノダ、ますたー。大禍時おおまがどきトモナルト、後数百年ハ、コノ辺リノ魔素ハ晴レヌ。鳥ノ話ニヨルト、既ニ魔素目当テノ、羽虫共ガ、群レ集ッテイテ、到底壁ヲ登レルヨウナ、状況デハナイラシイノダ」


 数百年とはまたスケールの大きな話である。それに「魔素」というのもよく分からない。が、今の私には、そのどちらもがどうでもよいことだった。


 「羽虫……とか、飛んでるんですか?」

 震える声でそう尋ねると


 「おびただシイ数ト聞ク」


 即座に返ってきたウォルフのセリフを聞いて、私は気が遠のく思いがした。思わず大空洞中を埋め尽くす虫の群れを想像してしまったのだ。精神的なダメージが半端なかったのである。


 アカン……。それはアカンのだよウォルフ君……。

 私は絶望した。


 虫はダメなのだ。そりゃオバケも怖いが、虫もそれと同じくらいダメなのである。全国の虫好きに喧嘩を売るようで恐縮なのだが、私は昔から虫が大嫌いだった。カブトムシやクワガタに目を輝かせる同級生の男子を見て、常々思ったものだ。「そんなののどこがいいの?ゴッキーと何が違うの?」と。もちろん口に出して告げた事はない。誰だって好きなものを悪く言われたくはないだろうし。しかしその代わり腹の中では常に悲鳴を上げていた。


 だって違いが分からないのだ。カブトムシは角が1本。クワガタは角が2本。ゴッキーは角が0本。私にとって、その3匹の違いはその程度のものである。つまり全部大嫌いなのだ。だって、どいつもこいつも何を考えてるか分からないし、色は黒いし、足は6本もあるし、特に醜悪なのは裏返した時である。虫嫌いにとってあの気持ち悪さは筆舌に尽くしがたいものがある。


 だというのに、その忌むべき虫共が、この先の大空洞に群れ集っているというのだ。どうして平然としていられようか。


 「ち、ちなみに、大きさはどのくらいですか……?」

 「恐ラクダガ、ますたート、同ジクライデアロウ」


 そんなのヒドい。せめて蚊くらい小さければ我慢も出来たのに。私が我慢できるMAXは蚊までなのだ。ハエはアウトである。だというのに私と同じサイズとは……。そんなもの明らかにオバケよりも怖いではないか。


 「沢山集まってるみたいですけど、具体的にはどくらいの数がいるんですか?」

 「見渡ス限リ、ドコモカシコモ羽虫ダラケラシイノデ、数百匹トイッタトコロデアロウ」


 反射的に「あんなに広い空洞なのに数百匹しかいないの?」と思ってしまったが、相手は蚊やハエではないのである。むしろここはアホウドリよりもさらに大きな図体をした羽虫が所狭しと空洞内を飛び回る光景を思い浮かべるべきなのだろう。


 「…………」


 地獄絵図である。

 私はウォルフに訴えた。


 「イシュドラは諦めて、今すぐ泉に帰りましょう」

 「ソレハ、ダメダ、ますたー。ますたーニ空腹ヲ強イルナド、我ニハ出来ヌ」


 その心配りは嬉しいが、今は緊急事態である。巨大な羽虫がブンブンなさってると聞いては、一刻たりともこの場に居たくないのである。故にここは一つ、その真心をしまって頂き、一目散に泉に逃げ帰ろうではないか。私は顔の前でパンッ!と勢いよく両手を合わせて頼み込んだ。


 「そ、そこを何とかお願いします……!」


 しかし現実はどこまでも無常だった。


 「ダメダ。我ハ、甲斐性ノ有ル、子分ナノダ。必ズ、腹イッパイニナルマデ、イシュドラヲ食ワセテヤルゾ」


 何やら熱意の篭った表情でそんな答えを返され、私は自らの勘違いを悟った。


 どうやら真心云々というよりは、男の沽券に関わる問題だったらしい。差し詰め「惚れた女にひもじい思いをさせるなんて出来るわけないんだぜ」といった所であろうか。しかしどんなにカッコをつけようとも、今の君ではイシュドラ取りに行けないんだよね?実際には鳥さんをパシらせて、その上前をハネる気マンマンであるのならば、もう少し謙虚な姿勢を見せて欲しいものである。


 しかし困った。自称恋するうなぎパイの言葉が正しいとすれば「男の沽券に関わる事については、みだりに口を出すべからず」なのである。つまり説得が非常に困難になってしまったのだ。


 さてどうしたものだろう。私は今後について思案を巡らせた。


 ウォルフの様子を見る限り、泉へ逃げ帰るのは不可能だろう。となると、やはり鳥さんにお願いしてとっととイシュドラを取って来てもらうのが得策なのだろうか?いやいや待て。そんなにスムーズに話が進むのであれば、レオンは鳥さんを従魔に加えようとはしなかったはずである。「取って来てー」「うん。いいよー」で済む話だからだ。しかし実際にはそうなっていない。となると鳥さんはイシュドラを取りに行って欲しいという毛玉さん達のお願いを断った可能性が高いのである。


 そうか。だからレオンは従魔契約を持ち出したのか。


 つまり、鳥さんに断られたレオンはこう考えたのだろう。「従魔にしてしまえば、マスターが命令してくれる」と。何となくで理解していた状況が、ようやく一本の線で繋がった気がした。


 それにしても従魔契約の扱いが軽い。あまりにも軽すぎる。要するに今の状況って「ちょっと昼飯買ってきてー。あ、それとこれからお前俺の奴隷な」と言われているようなものである。「俺が死ねって言った時は、直ぐ死ねよ。じゃあ昼飯よろしくー」ってなもんである。ここまで軽々しく命を扱う場面など、小学生の頃に皆が言っていた「命かけるか?」という幼稚な脅し文句以来ではあるまいか。何にせよ到底受け入れられるものではない。


 となると現状を打開するには、イシュドラを取って来てもらえるよう、何とか鳥さんを説得するしかないのである。


 と、今後の事について思案していると、いつの間に近づいてきたのか、憮然とした表情でのっしのっしと歩くティガの姿が見えた。彼は私の目の前まで来ると『お座り』し、甘えたような声音で言った。


 「ますたー、俺モ、壁登レルゾ」


 実に平和なお猫様である。間違いなくレオンの自慢話を聞いて「俺も褒めてもらいたい!」と思い、寄って来たのであろう。当然、他2匹を褒めてティガだけを褒めないというのは厳禁である。私はゆっくりとティガの顔を見上げ――――た際に、チラリと視界の隅に映った光景に度肝を抜かれた。


 ティガの後ろにレオンが居た。それはいい。

問題は、そのレオンの頭の上にチョコンと留まっている見慣れぬ巨大生物の方である。


 私は顔を上げたまま固まった。

 当たり前の話だが、近くで見る鳥さんは、遠目で見たときよりも何倍も大きく見えた。


 そう。レオンの頭に留まっていたのは、例の漆黒の巨大鳥だったのである。


 鳥さんはレオンの頭の上で首を捻ると、その鋭い視線を私へと向けてきた。そして


 「オマエカ?俺様、子分ニシタイトイウ、人間ハ」


 どことなく不機嫌そうな声音でそんな事を言われたのだが、どうしたものだろうか。


 情報が捻じ曲がっている。筋としては概ね正しいのだが、動機の部分は全くのデタラメである。正確には「子分にしたい」のではなく「子分として迎えるよう打診を受けた」人間である。決して私の意思ではない。私は鳥さんの誤解を解くため、しどろもどろになりながらも弁明した。


 「えっと……。私としては、鳥さんを従魔にしたいとは思ってないんです」

 「ンー……?デモ、コイツガ、ソウ言ッテイタゾ?」


 そう言って軽く足踏みし「コイツ」が誰であるか指し示す。見るからに鋭そうな爪でドツカれているにも関わらず、一切痛がる素振りを見せないレオンは流石である。いや、今はそんな事はどうでもいいか。やはり元凶は睨んだ通りレオンで間違いないらしい。「んもう!君が大暴走するから話がややこしくなったじゃないか!」という憤りを込めて睨んでやると、何故だかレオンが照れ始めた。解せぬ。


 「ますたー、俺様、大好キデモ、アンマリ、見ツメルナ。俺様、チョット、照レル……」


 信じられない事だが、信じられないような勘違いが発生してしまったらしい。信じたくない。


 慌てて視線を逸らすと、今度は寂しそうに佇むティガと目が合った。そう言えばドタバタしてて褒めるのをスッカリ忘れていたんだった。彼は眉根を寄せた情けない表情で「グッグッ」と喉を鳴らしながら、それはそれは切ない声音で訴えて来た。


 「ますたー、俺、壁登レルゾ」


 何と健気なお猫様であろうか。正直、そんな場合ではないのだがここで引いては女が廃るというものである。一言褒めてやらねばと口を開こうとしたその瞬間。


 「コレ以上、従魔ハ、イラヌ」


 不機嫌そうな声音のウォルフに出足を挫かれてしまった。


 「デモ、コイツ、イシュドラ取リニ行ッテクレナイ。ますたー、腹ペコ、ペコペコノママニナルゾ?」

 「問題ナイ。取リニ行カヌトイウノナラ、取リニ行キタクナルヨウ、躾ルマデノ事」

 「ンー……?俺様、ヨク分カランケド、絶対無理ダゾ?」


 ちょっと、今大事なお話してるんで、少しだけ黙っててもらえないでしょうかね?

 しかしそんな私の思惑も虚しく、私とティガを除く3匹は更にデッドヒートしていった。


 「ソノヨウナくちヲ叩ケルノモ、今ノウチダゾ。我ガ直々ニ、ちからノ差トイウモノヲ、教エテヤロウ」

 「狼、ソレヨリ、従魔ニシタ方ガ、早イゾ」

 「コレ以上、従魔ハ、イラヌ」


 「俺様、無理ダゾ?」

 「心配スルナ。従魔ニナレバ、ますたーノ命令ニハ、逆ラエナクナル」

 「コレ以上、従魔ハ、イラヌ」


 「違ウゾ、従魔ニナッテモ、俺様、イシュドラ、取ッテ来レナイゾ?」

 「無理ダゾ。ますたーノ命令ハ絶対。行ケト命ジラレレバ、行カナイト、ダメダゾ」

 「コレ以上、従魔ハ、イラヌ」


 噛み合ってそうで、絶妙に噛み合っていないのは何故だろう。恐らく全員が、自分の言いたいことだけを言って、他人の言う事を全く聞く気がないとこういう事になるのだろう。至近距離で繰り広げられる3匹の会話を聞きながら、私は心の中で溜め息を吐いた。ちなみに私は、ティガのご機嫌がこれ以上崩れないよう、前足をナデナデしながら大人しく待機中である。


 そうして待つこと数分。止まない雨がないように。明けない夜がないように。いつ終わるとも知れない3匹のカオスな会話にも、終わりというのは訪れるものらしい。


 「ソウジャナイ。命令サレテモ、俺様、イシュドラ、取ッテ来レナイゾ」

 「ドウイウコトダ?命令サレテモ、取ッテ来ナイ?」


 首を傾げてそう聞き返したレオンに対しコクリと首肯すると、鳥さんはそれはそれは予想だにもしなかった真実を語った。


 「ソウダゾ。ダッテ、俺様、イシュドラノトコマデ、飛ベナイカラナ」


 え……?

 それはどういうことですかね鳥さん。


 これまでの話を根底から覆すような鳥さんの爆弾発言に、鳥さん以外の4人が等しく固まる。ちょっと聞いてた話と大分違ってるみたいなんですけど。どういうことなんですか毛玉ボーイズ!そんな私たちを不思議そうに眺めながら、彼は爆弾をドカンドカンいわせながらしゃべり続けた。


 「羽虫共ノ数ガ多スギル。イシュドラ取リニ行ッテモ、途中デ邪魔サレル」

 つまり「取りに行かない」のではなく「取って来れない」のか。


 「俺様、マダ、ソンナニ強クナイ。ダカラ、倒スノニ、時間カカル。ソレニ、叩イテモ叩イテモ、全然数減ラナイ」

 そう言って、鳥さんはややうんざりとした様子で首を振った。そして


 「ダカラ、イクラ頼マレテモ、命令サレテモ、イシュドラ、取ッテ来レナイノダ」


 いっそ清々しい程に堂々とそう言うと、鳥さんはバサリと羽を広げた。その光景を目の当たりにし「どこかで見たことある光景だな……」とデジャブを感じていると、彼は大きな声で


 「コノ先、俺様ノ縄張リ。ソレニ、トテモ危険ダゾ」


 これまたどこかで聞いた事のあるセリフを宣ったのだった。


 さて、どうしたものだろうかねこの状況。

 余りにも見事な「フリダシに戻る」を食らい、私はしばし途方に暮れたのだった。




「ブックマーク100件!総合評価300ポイント!よーし記念にSSとか書いちゃおうかな!」と調子に乗ったのですが、どう考えても、ちゃっちゃか改稿して次話を投稿した方がテンポが良いなと気がついたので、感謝の印として改稿頑張ります。

出来れば明日と明後日の2回。少なくともどちらか1回で投稿できるよう気合い入れます。


大台に乗ってちょっと浮かれてます。

ノリが少々ウザいとは思いますが、今回限りでございますので、どうぞお目こぼしください……orz


ヤッター(*´▽`)ノ

今日はちょっとだけお高いワイン飲んで祝うんだー(*´▽、`)ノ



ウヘヘ。


2015/3/22 字下げ修正

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