配信
「裁縫の世界へいきましょう。こんばんは、aoiです」
週に一回日曜日。
タブレットを開く瞬間は、自分自身を隠さないでいい。
僕は裁縫系YouTuber、aoiとして配信をしている。
ライブで失言をしたら不味いから、必ず編集済みのものしかあげない。
その成果か、アンチは数えられる程度しかいなかった。
「今日は、最近編みはじめたレース編みの体操着入れを完成させようと思います」
僕があげるのは、ぽつぽつとお喋りをしながらひたすら編み物や刺繍などをする動画。
最初は鳴かず飛ばずだったが、最初に男子高校生という固定観念を外したときの僕の声は、落ち着くものらしい。
人気タレントが眠れないときに聴くと紹介してくれたおかげもあり、登録者数は一万人に達している。
「無事に入学式を終えて、今日から高校生です。」
公開するのは年齢だけ、性別も顔も何もかも秘密。
「このレース編みのポイントは、ここを引っ張りすぎずに…」
手元を映しながら説明していると、動画の投稿時間と決めている十分が過ぎていた。
残りを急いで終わらせ、
「このように仕上がりました!それでは皆様、いい夢を」
ちょこちょこカットをいれて動画を投稿する。
過去の動画には、
「裁縫ほんとお上手です!」
とか
「大好きな声。いつも見てます」
なんて嬉しいのもあるし、
「女性ですか、男性ですか?」
なんてどう答えたらいいか分からないのもあるけれど、みんな大事な視聴者だ。
…そして中でも
「投稿ありがとうございます」
ただそう一言だけ。
でもその暖かい一言を毎回コメントしてくれるのは、デフォルメされた可愛いワニにピンクの背景のアカウントだ。
『ワニのわーちゃん』
いつからだっただろうか、このアカウントが見られるようになったのは。
他にも良くコメントしてくれるファンはいるけれど、毎回毎回そこにいる言い知れぬ安心感みたいなものを感じていた。
ピロン
「またコメントしてくれた!」
どうしようもなく嬉しくなっていると
コンコン
「蒼ー」
父の声に慌ててpcをとじる。
「何?」
「ちょっとシフトのことで相談があってさ…」
「わかった」
ドキドキ音をさせている心臓を抑えながら立ち上がる。
この活動は誰にもバレちゃいけない。
こういうのが将来黒歴史になったりするんだ。
「おはよ、瀬戸!」
「お、おはよ…」
早く行きすぎては津田たちと3人きりになってしまう事がわかって遅めに家を出たが‥
「今度は佐々木と会うのかよ…」
「ん?どうした?」
しかも家が近いせいで最寄り駅のプラットフォームであってしまった。
こんな風にタイプの違う僕なんかと登校して行ったら、あとで二人とも何を言われるかわかったもんじゃない。
「あー、僕は一番端っこの車両に乗るって決めてるから。‥じゃ」
「へーはじっこかぁ」
なぜついてくる!?
こちらが気を使ってるのがわからないらしい。
歩く速度をはやめてもなおついてくる佐々木にしびれを切らして、
「なんでついてくるの!」
「エ?だって、せっかく会ったんだから一緒に行こうよ」
「あ‥‥うん」
ダメだ、僕の言いたいことが一切伝わらない。
「あ…もしかして迷惑だった!?ごめんね。いいや、一人でい」
「迷惑じゃない!ただ‥そっちが迷惑かなって」
あーもう、肝心な所で気を使えるタイプじゃないかよ!
嫌だ嫌だって思ってたのに、こんなのじゃ、避けられないよ‥‥。
「よかった!じゃあ、一緒に行こう!」
結局一番はじの車両まで行くのなんて面倒臭くて、そこらへんに乗り込むと
「小林!?」
「こちら方面だったのですね、おはようございます」




