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⑵ 水面下で動いている?

 第1研の所長が話を始めた。

「水瀬君が君の下への異動を希望しているようだが、君に受け入れを断ってもらいたいと打診したところ、その場合、水瀬君は退職するとの事だが、本当かね?」


 私は答えた。

「間違いありません」

「その根拠は?」

「彼女は私を追って、この会社に入社しました」


 一同、驚きの表情に変わった。

 碧が第1研で孤立している事、この場では伏せておこう。


「いいかげんな事を」

 碧の上司が声をあげた。


「ご本人にご確認下さい」

「……」

「そして何よりも、私が水瀬さんの受け入れを希望します」


 第1研の所長が発言した。

「君と水瀬君がどのような関係かは知らんが、職場の判断に恋愛感情を持ち込まれては困るなぁ」


「いえ、私と水瀬さんはそのような関係ではありません。私が2年前に発表した論文を読んで、私の下で仕事したいと、この会社に入社したのです」

「ほう」

 常務取締役が声をあげた。


「私はねえ、こんな役職に就いているが、元々は技術畑の人間で、この会社から発表された研究論文には全て目を通している。だが、私の勉強不足もあって、良く理解出来ない論文は読み飛ばしているのだが、今まで1つ、スルーしちゃいかんと感じた論文があった。君が書いた論文だよ」


 私は驚いた。

 まさかあの論文を精読されている人が、碧の他にもいた。


 常務取締役は話を続けた。

「そうか、水瀬君はあの論文、理解出来たのか。まあ、私も式の意味ぐらいは解るが、そこから導かれた結論について、十分な理解に至っていないように感じる。そうだ、今度水瀬君に一度、ご教授頂こう」


 私は発言した。

「あの……よろしければ私が」

「君じゃないよ」


「はっ、失礼しました」

「水瀬君にご教授願おう。君も同席したまえ。水瀬君の理解に十分でない所があれば、君に補足してもらいたい」

「はい、承知しました」


 常務取締役の話で、流れが一気に変わった。

 第1研の所長が第3研の所長と部長に話しかけた。

「どうでしょう、彼及び彼のチーム全員を、第1研に異動させて頂くというのは?」

 ……これは想定外の展開である。


「第1研に異動してもらった彼のチームに水瀬君を異動させる」

 ……第1研は何が何でも、碧を手放したくないようだ。

 もしかして、既に碧の参加を前提としたプロジェクトが、水面下で動いている?


 第1研の部長が発言した。

「しかし水瀬君は博士号を持っている。このタイトルを持たない君の下というのは……」

 すると第3研の所長が発言した。

「いえ、前例はありませんが、それを不可とする規定は今のところありません」


 第3研の所長は、その案に乗り気のようだ。

 ここで第1研に借りをつくっておこうといった計算なのだろうか?


 しばらく沈黙が続いた。

 私は第3研の私の部長を見た。

 部長はただ下を向いている。

 私の将来を考えれば、第1研に異動する方がいい。

 なんて事、考えてるんじゃないだろうなぁ。


 私は発言した。

「あの、私は今の部長の下での仕事を希望します」

 会議室に、再び緊張が走った。


 私は、今の部長に恩義がある。

 だが、ただそれだけではない。

 どうも第1研の部長の下で、上手に仕事出来る気がしない。

 このような事を所長が言い出す事を予想して、私がこの部屋に入る早々あのような乱暴な発言をしたのだろう。


 所長が受け入れを希望しても、実際の管理は部長になる。

 私が1人であれば、上司に嫌われようが、特に昇進を望んでいる訳でもないので、のらりくらりと、そこそこの結果を出す事は出来ると思うが、碧を部下に持つとなると、それは別の問題である。

 そこそこの結果では許されない。


 緊張を破ったのは常務取締役の発言だった。

「どうでしょう。ここは私に一任して頂けないでしょうか」

 一同、顔をあげた。


「この件、私に決めさせてほしい。その結果に満足出来なくて会社を辞められるようであれば、それはそれで致し方ない」

 ……なるほど、第1研にとって、これなら碧が辞めても計画の見直しが出来る。


「了解しました」

 第3研の所長が応えた。

 第1研への気遣いのようだ。


「私も了解しました」

 第1研の所長も納得したようだ。


「では、この件はこれでお開きという事で」

 常務取締役の一声で解散となった。


次回:落し所

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