⑷ 私の隣には
会社に着いた。
思っていたとおり、酔いのだるさは抜けていた。
仕事に取り掛かろうとすると、別のグループの女性社員が声を掛けてきた。
「主任、なんか主任の噂で持ち切りですよ」
「噂?」
私は部下のインテリ君を呼んだ。
「あの……何か聞いてる?」
インテリ君はため息をついて答えた。
「先日の宴会で、水瀬女史が主任の隣に座ってお酒を注いでいた。ただそれだけです」
「ああ、ただそれだけだ……それだけだよな?」
「水瀬女史をずっと目で追ってた人の話では、水瀬女史が席を立ったのは主任にお酒を注ぎにいった時だけだそうです」
「そう……って、ずっと目で追ってたって、ストーカーじゃないか、けしからん奴だなぁ」
「第1研の○○部長です」
「あっそ」
はぁ……○○部長、自分の所へ注ぎにきてくれるのを、ずっと目で追いかけて、待ってたんだろうなー。
「あの……どのようなお話をされてたのですか」
インテリ君がそんな質問をすると、何故か私の周りの人口密度が高くなったように感じた。
「いゃあ、主任昇進おめでとうございますって」
「第1研のエースが、第3研の主任に対してですか?」
「はい、解った。ありがとう」
そう言ってインテリ君を帰した。
すると私の周りの人口密度が、急に低くなったように感じたのは、気のせいだろうか?
何か視線を感じる。
その先を見ると、綾乃がこちらを見ていた。
目が合うと、綾乃は目をそらして気まずそうに自分の席へ向かった。
・・・・・・
本日から新組織としての業務が始まる。
私の部下として配属されたメンバーと、今後のプロジェクト、及びスケジュールについて、初めてのミーティングを行った。
……何だろう? 先週の木曜日、私の部下として配属が決まったリーダー君とインテリ君だが、納得していない様相だった。
当然である。
彼らほど優秀な社員は、私なんかより力のある主任の下に配属されるべきである。
先週の社員旅行での宴会で、2人は挨拶しに来てくれた。
形式的な挨拶ではあったが、私は嬉しかった。
今後彼らと、どのように接したら良いのだろう?
彼らは私を上司として、受け入れてくれるだろうか?
そんな不安を抱いていた。
しかし、何という事だろう、今日の彼らは真剣そのものである。
私と向き合い、私の話を事細かく聞いてくれている。
そうか、彼らは本当に優秀なのだ。
私のような主任の下でも、仕事は真摯に取り組む考えだ。
……いや……それはそれで良いのだが……何か違うように感じる。
今日、出社した時、何かいつもと違っていた。
私など相手にしない若手社員が、私とすれ違う時、軽く会釈してくれた。
主任になると、周りからの目も変わるんだ……等と思っていたが、何か違う。
そう、主任になったのは4月から。
今まで、そのような事は1度もなかった。
どうした、どうしたんだ、この数日間で何が変わった。
考えられる事は1つしかない。
『あの水瀬碧が、私の隣でお酌した』
ただ、それだけだ。
ただ、それだけなのに、私の周りの人間が、私に対する見方を変えたのだ。
10年後は、第1研の所長と噂されている水瀬碧。
多くの研究者を蹴散らして、ラスボスの異名を持つ水瀬碧。
あの水瀬碧が、私の後ろにいる。
これではまるで、虎の威を借る狐ではないか!
もう、私の隣に、水瀬碧は……いないのだよ。
次回:疑惑




