第一章9 「見学スタート」
社員全員の自己紹介が終わり、一息つく。
次に一之瀬 潤から説明されるのは、この探偵事務所の仕組みについてだった。
「まず、僕達以外にも社員はいる。今自己紹介した社員は全員、この探偵事務所の内側的な役割をやっているんだ。睦月なら事務、香織なら治療みたいなね。で、僕達以外の社員は外側、依頼を受けてそれを解決、そんな役割をやっている。外側の役割の社員は二グループに分かれて依頼をこなして貰ってる。仮に二つのグループをAグループ、Bグループとしようか。Aグループには現在三人、Bグループは四人いる。もし君達が探偵事務所に入ることになったら、君達四人で一グループになってもらうよ」
仕組みというには結構簡単だが、それほどあまり難しい制度を設けていないということだろうか。だったら分かりやすくて覚えやすい。
「ま、今説明できるのはこんなもんかな。あんまり難しいことじゃないからね。ただ依頼を受けて、それを解決するために動く、ここのやることはただそれだけ。簡単でしょ?」
「まあ、そうですね」
蓮の返事を聞き、一之瀬 潤は部屋にかけてある時計を見る。
「お、もうそろそろ十時半になるね。君達四人には、これから来る依頼を僕と一緒に担当してもらうよ」
一之瀬 潤と電話をしたとき、蓮達見学者は依頼に同行し、異能探偵事務所の雰囲気を体験してもらうと言っていた。
これから始まるのはお遊びではなく、本気で悩み、解決してほしいと願う依頼人が来る。そのことに蓮、琉依、美琴、叶愛の四人は気を引き締める。
「いや~どうもどうも。貴方が数日前こちらに電話をくれた、白山 ゆかさんですね?」
時間は進み、現在十時半。一之瀬 潤と見学者四名は談話室にて、依頼人の話を聞いていた。
「はい、白山 ゆかです。今日はよろしくお願いします」
「早速本題に入っていきましょうか」
依頼人の女性は明るい茶髪、長さは肩に付くぐらいだ。その女性はとても綺麗なのだが、今は表情は曇っており、どことなくやつれているようにも見えた。
一之瀬 潤は依頼人の白山ゆかと一対一で話を聞いている。じゃあ蓮達見学者はどこにいるのかというと、この談話室は依頼を聞くためのテーブルとソファがある。その後ろの方に仕切りがあり、仕切りの向こうにも同じようにソファとテーブルが置かれている。
蓮達は仕切りの向こうにあるテーブルとソファに座り、話を聞いていた。
「依頼の話に入ったね。なんか探偵っぽい!」
「いやいや、ぽいじゃなくてここ探偵事務所だよ」
叶愛と蓮は小声で話す。仕切りで区切っているだけなので、いつも通りの声量で会話をすれば依頼の話も聞こえないし、単純に迷惑になる。
「ねえ、叶愛。なんで私達は仕切りの向こうで待機しなきゃいけないんだろ……?」
「それは依頼人を怖がらせるかもしれないからじゃないですか?」
「怖がらせる……?」
美琴が叶愛に向けた質問を琉依が答える。
「はい、依頼人一人に対して、僕達全員。つまり、一人に対してこっちは五人で依頼を聞くことになる。この部屋は二つソファがあって、それを挟むようにテーブルがある。普通は片方に社員、もう片方に依頼人っていう形で座るから、僕達五人で行けば少し圧を感じることになる。だから僕達は仕切りの向こうで待機なんじゃないでしょうか」
「そっか……そういう考えもあるんだね……ありがとう、桐谷くん」
美琴は少し驚いた表情をしていたが、お礼をするときはその表情は変わり、少し緩んだ表情に。でもやはり表情は緩んだとはいえ、やっぱり強ばっているのは事実。美琴の隣に座っていた叶愛は何か考えた後、声を上げる。
「ねえ、私達名字じゃなくてお互いに名前で呼ぼうよ! 美琴が桐谷くんって言ったとき、ちょっと硬かったから」
「名前、ですか?」
「うん、この探偵事務所に入る入らないは自由だけど、もし入ったら私達は同期で同じグループになる仲間ってことでしょ? だったら仲は深めたいもん!」
「まあいいんじゃないかな。俺は問題ないよ」
叶愛の提案の名前呼びに、琉依は咄嗟に聞き返したが、その理由に蓮は了承。
「じゃあ決定ね!」
叶愛と蓮以外の二人も嫌という顔はしていないので、ここから四人はお互いに名前で呼ぶということになった。
仕切りの向こうでは、一之瀬 潤と依頼人の白山 ゆかが話をしている。
「最近、誰かに見られているような気がするんです」
「誰かに見られている……」
一之瀬 潤はメモ帳とペンを出し、依頼人が言った内容を書き出していく。
「あと時々、幻聴のようなものも聴こえるんです。内容は、私の周りであった出来事を、まるで私と話しているような喋り方をしているんです……」
その幻聴の話をするゆかの表情は『誰かに見られている』と話したときよりも、一段と表情は暗くなり、怯えている。ゆかにとって『幻聴』が一番解決してほしいものみたいだった。
「ふむ、それは興味深いですね。周りには誰も?」
「はい、いません。この幻聴は家の中とか、誰もいないとき、逆に人が大勢いるとき、どこにいても聴こえてくるんです」
「どこにいても聴こえてくる声……」
「幻聴に関して、ストレスとかが原因なのかなと思って一度病院に行ったんですけど……別にどこにも異常はなくて、私自身、身のまわりの環境もそこまで悪いものでもないと思うんです……」
一之瀬 潤は少し考えた後、閃いた表情をし、依頼人白山 ゆかに質問をする。
「今言った幻聴、それは遠い場所にお出かけするときも聴こえてきますか?」
「……あ、すいません、こういう経験初めてで……だから私が知っているもので例えて言ったんです。実際は幻聴というか……頭の中に直接語りかけられる感じで。あとその幻聴は駅で何駅か離れた場所でも、どこでも聴こえてきます。一度は終点まで乗ったこともあります。そこでも聴こえてきたんです」
「そうなんですね。ありがとうございます」
依頼人が現状起こっていることを書いたメモ帳に目を向け、そこから改めて依頼内容を読み上げる。
「ありがとうございます。まず、誰かに見られているような感じ、そして幻聴なるもの。その調査の依頼を頼みたいということでいいですか?」
「はい、お願いします」
いきなり、一之瀬 潤が仕切りの向こうで依頼の話を聞いていた蓮達の方へやってくる。
「よし、皆。依頼の話は聞いてたよね? ――今回の依頼は依頼者の護衛だ。基本僕が対応するけど、皆も気を引き締めること! ――じゃあまず、皆で遊びに出掛けよう~!」
「え?」
部屋にいる一同、一之瀬 潤の言葉に耳を疑った。依頼は護衛。なのにこれから遊びに出掛ける。これは矛盾していないかと思ったのだ。
それにさっきまで依頼内容は『護衛』ではなく、『調査』だったのに、何故いきなり内容がこんなにもひっくり返ったのか分からなかった。
驚いていたのは、見学者四人だけではない。依頼をしに来た本人も、一之瀬 潤の一言で驚いていた。
「あの、依頼は調査って先程……」
依頼人の白山 ゆかはもう一度一之瀬 潤にそう問う。
しかし一之瀬 潤は何一つ曇りない顔で、
「ええ、言いましたね」
と、言ったのだ。
「――しかし、今考えが変わったんです」
この部屋にいる全員「勝手過ぎる」と思ったことだろう。本当に全員がそう思っていた。
だが一之瀬 潤はそんな皆の思いは気付かないまま、依頼人に話をする。
「ゆかさんはこれから、うちにいる医師の元に行って貰えますか?」
「どうしてですか?」
「これから遊びに行くんですから楽しく行きましょう。うちの医師の化身はリラックス効果のあることも出来るので」
するといきなり談話室の扉が開く。
その扉に立っていたのは、探偵事務所の医師――藍澤 香織だった。
「お、香織ナイスタイミング。ゆかさんお願いできる?」
「おっけ。数十分使うから、潤達はそれまで待ってて」
「了解。ゆかさんをよろしくね~」
一之瀬 潤がそう言った後、不信感や戸惑いが顔に出ているゆかを香織は談話室から連れていった。