188話「開戦」
バルツァーブが成長させた大樹。
その付近で、マイルズら率いるハイヒューマン部隊が偵察に来ていた。
「まさに終末って感じだな」
マイルズは丘陵から大樹を見渡す。
その周辺には、数えるのも嫌になる程の魔物が集っており、億を優に超える魔物達が、蚊柱のように大樹の周囲を飛び、走り回っていた。
「何匹かは超域魔法も使えるヤバいのも混じってるようだな」
彼の隣に居たレイは、双眼鏡を覗き込んで呟いた。
「あまり言いたくないけどさ、アウレアには持て余す相手だ」
マイルズは乾いた笑いをこぼす。
数でも、質でも、圧倒的に負けていた。
「頼りにしてるよ、13代目」
レイはマイルズの肩を叩き、励ます。
「ああ、あんたとの修行の成果、見せてやるよ」
マイルズは、ニールから譲り受けた棍を握り締め、魔力を滾らせる。
「俺について来い!超域魔法__」
「超域魔法開場」
マイルズの口上を、レイが遮った。
「えっ……」
ニールも、マイルズも知らなかった。
レイが超域魔法を扱えることなど。
周囲が暗闇に包まれ、レイとマイルズは何も無い空間に取り込まれた。
〈__死景〉
「……実はな、俺はバルツァーブ側の人間だった」
レイは鼻で笑いながら告白する。
「……なんっ、なんでだよ?」
マイルズは頭の整理が追い付かなかった。
「ニールとイネスを殺し合わせたのは俺だ。お前を隊長に育てたのは、まあ気まぐれだな」
軽々しく答えるレイにマイルズは怒り、叫ぶ。
「動機を聞いてんだよ!!」
そう言った直後、レイは六つのサイコロを投げた。
「大した動機は無いがね」
転がった賽は、全て1の目が出た。
「生まれ付き運が良すぎるんだ。死にたいと思った俺は捕まり、罪人としてこの隊に入った……だが不自由する事は無かった」
レイは賽を踏み潰し、割った。
「運が良すぎて戦場じゃ怪我一つ負わない。皇都で暗躍し、杜撰な隠蔽を行なっても、憲兵達は偶然致命的なミスを犯して証拠を失う」
彼の語りに熱が入り始める。
まるでそれは、叫びのようだった。
「だからな。俺は理不尽に殺されたいんだ!勝負なき無欠の人生なんてつまらない」
彼は懐から一枚のコインを取り出す。
黒い金属に白い刻印が彫られたそれは、形容できない不気味さを放っており、目にしたマイルズは吐き気を覚えた。
「そんな理由で隊長を殺したのか!!」
だが、嫌悪より若い怒りが勝った。
「喚くなよ、殺し合いは既に始まっているんだぞ」
そう言うと、レイはコインを弾いた。
「ああ!やってやるよ!!」
マイルズは棍に炎を纏わせ、レイに叩き付ける。
しかし彼に触れる寸前で、棍の先端が消失し、空振った。
「何が……!」
マイルズは掌から火を放つ。
しかし、またもレイの眼前で消えた。
棍に目をやると、消えた先端が戻っていた。
「俺とお前は、4光年離れているんだ。こうして目の前に居るように見えるがな」
彼は落ちて来たコインをキャッチし、手を鳴らす。
「俺の超域魔法は、コイントスを安全に行う為の、″場″を用意するだけだ」
「そのコインは……何なんだ」
レイは微笑む。
「魔神の落とし物だ。運が良いから拾った。白の面が出れば俺が死ぬ。赤の面が出れば……あとは分かるよな?」
コインを挟んだ手が、ゆっくりと開かれる。
マイルズは堪らず叫び、在らん限りの攻撃手段を全て行使した。
炎が、棍が、剣が振り回されるも、それらがレイに届くことは決してなかった。
「安心しろよ。イカサマをすると俺が死ぬ。二分の一だ」
優しく彼は話すも、その面持ちは自信に満ち溢れていた。
そして開かれた手の上には、赤の面が浮かんでいた。
「おっと、残念だったな」
マイルズは武器を落とし、膝から崩れ落ちる。
「じゃあっ、じゃあなんで俺に優しくして、育てっ__」
突然、マイルズの胸に風穴が空いた。
心臓があった場所が欠け、彼は力なく倒れた。
「強くなり過ぎたんだよ。もうちょっと弱けりゃ、俺が殺す必要は無かった。一緒に死んでやれたのにな」
黒い結界が崩れ、外の景色が露わになる。
変わらず空は赤く、魔物達が跋扈していた。
「……よう」
違うのは、ニールがマイルズの背後に居たことだった。
「たい……ょ……みん……なを……たすけ……」
マイルズは必死に声を絞り出し、最期の言葉を伝えた。
「……俺の武器、持ってたんだな」
ニールはマイルズの瞼に触れ、閉じさせると、棍を拾い上げた。
「ああ、俺が渡したんだ」
レイは懐かしげに呟く。
後輩を手にかけた事に微塵も悔いはなく、まるで小さな別れのように感じているようだった。
「……もし、アウレアに裏切り者が居たなら、お前しか居ないと思っていた」
ニールは相槌を打つ事なく、胸のペンダントからクイドテーレを呼び寄せた。
血液が凍るような殺意を滲ませ、ゆっくりとレイに近付く。
「超域魔法、開場っと」
再び周囲は暗闇に包まれ、ニールとレイが閉じ込められる。
「おっと危ない。キレたあんた相手にコレが無いと会話が__」
ニールの掌から極大の電流が放たれ、光が暗闇を飲み込み純白に照らす。
光に迫る勢いで突き進むそれでさえ、4光年の距離には届かなかった。
「亜空間の類か」
ニールは淡々と呟くと、地面を踏み締め、確かめた。
「そうだ。あんたでもこの空間を破れや__」
ニールはクイドテーレを地面に振り下ろした。
落雷のような閃光と共に、レイの結界が砕け散る。
「……破れるさ」
ガラスの音が響き渡る中、ニールは右拳に魔力を込める。
絶体絶命の状況で、レイは恍惚の表情を浮かべていた。
「ああ……なんて理不尽なんだ……!」
ニールの拳がレイの胸を貫く。
射抜いた拳には、心臓が握り締められていた。
「死ねよ、狂人」
ニールは心臓を握り潰し、腕を引き抜いた。
レイは力なく、仰向けに倒れ、多量の血を吐いた。
「ありがとう……!」
肺が欠けた筈なのに、幸運な事に血液が呼吸を阻害しなかった。
ニールは汚物を見るような眼差しで、レイを見下ろす。
そこに酒を酌み交わした戦友の情は無かった。
「ありがとうっ!!ありがとう!!!ありが___!!!!」
ニールはレイの頭を踏み潰した。
「……クソ」
ニールは嫌悪に顔を歪め、足を振って肉片を払う。そして、残されたかつての部下達に向き直った。
「代理で隊長は俺が務める」
部下たちは困惑しきっており、ざわめく。
「後は俺が片付ける。撤退しろ」
ニールは突き放すように言った。
「しかし隊長!!」
女性の隊員が前に出て抗議した。
「邪魔だと言ってるんだ。この戦場はマイルズで最低ラインだ。犬死にするくらいなら防衛に周れ」
それは、ニールなりの優しさだった。
それが分かっていたからこそ、隊員達は歯を食いしばり、敬礼をニールに向けた。
「「「ご武運を」」」
ニールの口角が僅かに緩む。
「ああ……生きろよ。お前らだけでも」
そう言って彼は踵を返し、丘陵から飛び立つ。
そして次の瞬間光が弾け、数万を超すクイドテーレが空に現れ、魔物達に降り注いだ。




