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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
6章「神の国」
202/202

187話「開戦」

バルツァーブが大樹を作る数時間前の事だった。

アウレア皇城では多くの文官や将官が書類や書簡を持って走り回っており、来るべき厄災に備えていた。


「状況を」


皇帝であるクラークは、急ぎ足で廊下を歩く。

城内では、フラーテルが配った電子機器やその配線が伸びており、まるで先進文明の臨時拠点のようになっていた。


「ジレーザ、ハースで強大な魔力反応が。加えて、魔神バルツァーブの(ほこら)で、極大の魔力が立ち昇っているとのこと」


タブレットを手にした文官たちがクラークを取り囲む。

彼らは一ヶ月足らずで、三世紀先の技術を修め、地方との通信連絡を可能としていた。


「略式だが、ハイヒューマン部隊をバルツァーブの祠へ派遣してくれ。地方の将軍達には防戦を意識して兵を派遣させるように」


クラークは頭を巡らせ、判断を下す。

仮にバルツァーブが覚醒していた場合、マイルズ達は犬死に終わる。

だが、見えもしない脅威に引き篭もるなど愚策も良い所だった。


「畏まりまし__」


文官の一人が返事をし、踵を返して各所に行こうとした時だった。


「よう、クラーク」


廊下の中央で、ニールが立っていた。

土汚れ、乾いた血が染み付いた旅装を着た彼は、この国を出る時よりも遥かに、擦り切れているようだった。


「二人にさせてくれ」


クラークは文官たちに目配せする。

彼らは返事もなく急ぎ足でその場から離れた。


「無事だったんだな、ニール」


ニールの第一声が、親友としてのものだった。

それだけでクラークは瞬時に判断を済ませ、砕けた口調に変え、一人の親友として応対した。


「……ああ。迷惑を掛けたな」


ニールの口調はひどく重く、疲れ切っていた。

滲み出る倦怠感からは、殺人鬼などが放つ無差別の殺意が漂っていた。


「何があった……?」


「セジェスで2万は殺した」


ニールの目は、微かに血走っていた。


「……旅は終わりだ、お前を手伝いに来た。命令をくれよ、親友」


クラークは唾を飲み込む。

親友が――ニールが何を望んでいるのかは分かっていた。そして、それを叶えさせてやれないことも。


「バルツァーブが目覚めるかもしれない。行ってくれるか?」


クラークは唾を飲む。

これは賭けだった。

ニールはまともな精神状態ではなく、瞬きをした時には凶行に走っていてもおかしくなかった。


「……ユーグの父親を何人殺せば世界は平和になるんだ?」


ニールの瞳孔が開いていた。

クラークは確信する。答えを間違えれば死ぬと。


「もう、誰も殺さなくて良い。この件が終わったら、私の特権でお前の隠居先を繕ってみせるよ」


その返答に、ニールは微笑を浮かべた。


「うそつき、アウレアの皇帝が俺を手放せるかよ」


ニールは窓ガラスを拳で叩き割る。


「せっかく戻ったし、お前の役に立てるよう頑張るさ」


彼はそう言うと窓から飛び降りた。


「ニール!!」


クラークは窓から乗り出すも、高速で飛翔したニールは、地平線の向こうに消えかけていた。

彼は、悔しさのあまり歯軋りする。


「嘘なものか……」


彼は窓枠に拳を叩きつける。

クラークは顔を引きつらせ、遠くに消えるニールを眺める。

″たったの″五十年で老いさらばえる人間が嫌で仕方ない。

非力で、魔力も満足に練れない。


「俺は、人間になんて産まれたくなかった……」


皇帝という責務を負わされ、親友の側に立てなかった男は、悲痛な叫びを漏らした。



「バベルが死んだか」


ジレーザのブラックハウスで、統領のニコライはため息を吐く。

バベルの傀儡(かいらい)でしか無かった彼だが、彼が死んだ事でこの瞬間から最高権力者の座に就いた。


否、就いてしまった。


彼が眺める窓の向こうでは、無数の転移門が空を食い破り、そこから無数の魔物が這い出していた。

駐在軍達が放った銃弾やミサイルの音が響き渡り、空では爆炎が幾つか生じていた。


「特務部隊は死に、ソルクスの襲撃から復興が終わった訳でもない」


今現在、ジレーザの通常戦力は半分も残されていなかった。

バベルの乱心によって、これまで供与されていた銃火器や自動車輌の補充についても不安が残る。


「手詰まりか……!」


ニコライは悔しげに歯軋りする。

彼を除いたすべての市民は、地下室に隠れていた。


「__!!」


植物で出来た鳥が、ブラックハウスの窓を破ってニコライの前に降り立つ。

その前脚には兵士が掴まれていた。


「とうりょ……にげ……てください」


兵士は拳銃を引き抜き、怪物に発砲する。

鉛の弾は樹皮を削る程度であり、まるで効いていなかった。


「__!!」


鳥は前脚に力を込め、兵士を握り潰した。

弾けた血がニコライに降り掛かり、彼の目に掛かる。


「どこに逃げ場があるというのだ」


ニコライは瞬きする事なく、血に染まった瞳を怪物に向けた。

執務室の扉が開き、護衛達が拳銃を手に飛び出す。


「統領!!」


彼らが怪物に銃を向けるも、床下から飛び出した樹木の槍が彼らの頭を砕いた。


「……こんなもので、我々は終わるのだな」


戦争でもない、災害でもない。

一人の神が起こした癇癪によって、ヒトの積み上げた歴史が崩れる。

納得は行かなかった。

しかし、抗う気力は彼に無かった。


「__!」


巨鳥はニコライの頭に嘴を振り下ろす。


「終わって、たまるか!!」


窓の外から一筋の閃光が走り、巨鳥の首が落とされる。


「君は……」


統領の窮地を救ったのは、ミラナだった。


「お久しぶりです。統領」


「君のことは知っている……人間であったばかりに、多くの苦労を負ってきたと」


彼は唾を飲み込み、ミラナの瞳を凝視した。


「だが恥を承知で君に頼みたい」


彼は彼女を見据えた。


「この国を、民をどうか__」


彼がそう言った直後、外壁を突き破り、樹木の拳が彼に迫る。


__ここまでか。


そうニコライが感じた瞬間、ミラナの右腕が裂ける。


「当たり前だよ!!」


右腕から放たれた熱線が樹木の腕を切り裂き、そのまま巨人の胴体を寸断した。


「結局、色んな″すごい力″を借りたけどさ……」


彼女は振り返り、ニコライに笑いかけた。


「私は鍛冶屋のミラナだ。どーんと任せて」


そう言って彼女は窓から飛び降りる。

そして、身体に積載された炉心が瞬く。


「最大出力っ!!」


右腕から極大サイズの熱線が飛び出し、雲を貫く。

空を覆う魔物達が一気に焼き払われる。


〈__EXcalibur〉


巨大な光の柱が上空を横断し、空中に居た個体全てを焼き払った。


「相手がなんだか分からないけどっ、私の好きなこの国を焼かせなんかしない!!」


彼女はナノマシンを放出し、一振りの戦斧を形成する。


「ビット展開……!」


彼女の背から無数の自律兵器が飛び出し、残った魔物達を焼き払う。

そして彼女は一筋の光を描きながら、街の中を縦横無尽に疾走した。


苦戦するような数ではない。

しかし彼女が受け持つ範囲は、ジレーザ全域だった。

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