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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
6章「神の国」
201/202

186話「帰宅」

聖堂が崩れ落ち、大地を突き破って大樹が飛び出す。

幾重もの樹が混じり合い山のように太い幹を形成し、周囲の村々や都市を呑み込む。


大樹は雲を突き抜け、その頂点は成層圏を抜けた。


「他愛無いな、勇者よ」


樹の頂上で、ナトの姿をしたバルツァーブは、満身創痍となったイネスの首を掴んでいた。


「……うるさい……私はまだ」


バルツァーブは首を絞める力を強める。

彼女は悲鳴を苦しげに上げ、その度に力が弱まっていた。


「難儀な魔法だな。自己を最強だと肯定出来なければこうも脆いか」


彼は彼女に顔を近付ける。


「まさか、ホントによりを戻せると思ってたの?」


バルツァーブの声が高くなり、ナトのものへと変質する。


「私、許すとは言ってないよね?そう、助けてって言っただけ」


バルツァーブは彼女を鼻で笑う。


「私なりの悪あがきだよ。あなたに機会を与えれば、アルバに嫌がらせ出来ると思ったの」


イネスの顔がより一層悪くなり、超域魔法によって漲っていた魔力が消え失せる。


「……他愛無いな。貴様に勇者の称号など、実に勿体無い」


彼がイネスの首をへし折ろうとしたその時、彼女が手にしていたフォールティアが瞬く。


「……良い機転だ」


バルツァーブはイネスを大樹の外に投げ捨てる。

次の瞬間、強烈な白の閃光がイネスとフォールティアを基軸に弾けた。


「だが、お前の主の心は既に折ったぞ」


爆風を抜け、全身に火傷を負ったイネスが地表に落ちる。


「元よりお前では格が足りん」


それを見届けたバルツァーブは、遠いハースの海を見つめた。


「エルウェクトの転生者よ。我らの脅威は貴様に他ならない」


掌を天に向けた。それに呼応するように、大樹の葉が瞬き、光を放つ。


「さあ、最終戦争(アーマゲドン)を初めよう」


空を覆う暗雲が円状に開け、天頂に浮く満月が世界を照らす。


「我が息子、我が眷属よ。1000年もの屈辱によくぞ耐えた」


大樹の葉から、勢い良く種が弾き出される。

それらは海を越え、山を跨いで各地で根を下ろす。


そのうちのひとつは、セジェスの辺境へと落ちる。


「なんだこれ。おーい!憲兵さま!」


農民の一人が、降ってきた大粒の種を見て踵を返す。

その直後、種は芽生え、瞬く間に天を衝く大樹へと成長する。


「助け__」


伸びた大樹が、農民はおろか周囲の集落を飲み込む。鐘の音や、誰かの悲鳴が飲み込まれて消える。

そうして実らせた葉は、底なしに黒かった。


「未だ俺に従い、雪辱を晴らさんとする忠臣達よ!!」


世界中に実った漆黒の葉が、次々と地上に落ちる。

次の瞬間、葉は一つの転移門となり、無数の孔をこの星に刻んだ。


「……報復の時だ」


大樹の頂上で、バルツァーブは力強く呟いた。

次の瞬間、多種多様な魔物が一斉に転移門から飛び出した。


食人植物、樹木の竜、大樹の巨人、城壁のように巨大な甲虫、樹木の肉体を持つヒト。


それらが一斉に、世界に解き放たれた。


「さあ来るがいい、女神の忘れ形見よ。貴様の花園を汚して待っているぞ」


バルツァーブは遠いクリフに向かって、行き場のない憎悪を募らせた。



同刻、セジェスの新首都「エキリーバ」にて。


「災厄が起こるのね」


宮殿の最上階、執務室にて、エレネアとメアリーが肩を並べて空を見ていた。


「ええ。魔神バルツァーブが復活したわ。彼は間違いなく、この星を死滅させるために動く」


次の瞬間、首都を取り囲む形で無数の転移門が生じる。

溢れ出した魔物達が首都に押し寄せようとしていた。


「私たちに止める見込みはあるかしら」


「無いわね。セジェス全軍を以ってしてもバルツァーブの足止めにもならないわ」


エレネアは小さな転移門を呼び、そこから一振りの旗槍を取り出した。


「では精々、私たちは足掻きましょう。クリフ様が彼の悪神を滅すると信じて」


彼女はそう呟くと踵を返して廊下に向かう。


「そうね……なら、私は足止めを受け持つわ」


メアリーは窓から飛び降り、転移門を使って消えた。


「狩狗さまへの軍備が功を奏したわ。さあ……ここが正念場よ」


エレネアはそう呟き、指を弾く。

次の瞬間、ドレスから軽装の鎧へと衣装を変えた。


「エレネア様、ご報告を」


扉の外から近衛兵が告げる。


「問題ありません、状況は把握しているわ」


彼が開けるよりも先に、エレネアが扉を開いた。そして彼女は広間に抜け、控えていた近衛兵達の前に立った。


忙しなく準備を進めていた彼らが静まり返り、主の返事を待っていた。


「私が先陣に立つ、恐れぬ者はついて来なさい」


彼女はそう言って最上階から飛び降り、軽やかに広間へ着地した。

そして旗槍を(なび)かせ、宮殿の外に向かう。


「お供致します」


勇者だった頃の装備に身を包んだエリノアが、彼女の後に続く。

近衛兵達もまた、奮い立たぬ筈が無かった。


魔法華やぐエルフの国セジェス。

彼の国もまた、ヒトとして滅びへの抵抗を始めた。



同刻、ハース首都にて。

豪王の玉座に、多くの名家、重鎮が集まっていた。

泰家が用意していた織物や玉座は撤去され、崩れた玉座には畳が敷かれ、暁国の織物と屏風で彩られていた。


「継承の儀を経て、27代豪王に碧雲照綱を任命致します」


泰遼の側近が、玉座に座るテルツナに王冠を差し出す。


「……うむ、拝領する」


彼が王冠を手にした直後、冠は液体のように崩れ、耳飾りとなって彼の耳朶を貫いた。


「ほお、姿を変えるのだな」


「左様でございます。多様な王がこの座に座るべきだと、初代豪王が願われたのです」


口では明るく話す彼だったが、瞳の奥では慙愧の念が渦巻いていた。

彼もまた、泰遼の落座が悔しかったのだろう。


照綱は周囲を見渡す。

敬意と敵意が入り混じっていた。しかし、悪意は感じ取れなかった。


__やはり、面白い国柄だな


と、彼は感じる。

王に不満があれば力を用いる。

シンプルであるが故に、後を引かない。

狡猾は恥である。


そんな豪国のスタンスは、テルツナにとって心地よかった。


「王よ、ご命令を」


彼がそう言った直後、玉座の間が突然開かれ、一人の将校が駆け込んだ。


「ご報告を!!」


彼は息を切らし、力の限り叫んだ。


「儀礼の最中であるぞ!!」


泰遼の側近が叫ぶ。

勿論、形式的なものであり、彼はテルツナに目配せした。


「異常事態だろう。要件を」


テルツナはそう呟くと、玉座から立つ。


「門と共に魔物が、首都全域になだれ込んで来ております!数は我ら兵団を優に越え、恐らくはハース全域に及んでいるかと」


彼は力を込めて叫び、その顔色と声音でその危機を伝えた。

テルツナは微かに思案する。


「バルツァーブか」


周囲がざわめく。

王の言葉は易くない。

しかし、長旅の中で彼の魔神についてクリフ達に聞かされていた。


__今思えば得難い旅だったな。


テルツナは微笑をこぼし、思い出に(ふけ)る。


「馬鹿な……奴は勇者に滅された筈では」


「魔神の手先ともなれば腕が鳴るというもの」


玉座の間に集まる重鎮達は各々に言葉を発していた。

テルツナは愛刀、廻天払を引き抜き、天に掲げた。


「戦の準備を進めよ。剣を携え、死力を以て己が愛する者達を守れ」


テルツナは抜き身のカタナを手に、階段を降りる。


「行くぞ、出陣だ」

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