186話「帰宅」
聖堂が崩れ落ち、大地を突き破って大樹が飛び出す。
幾重もの樹が混じり合い山のように太い幹を形成し、周囲の村々や都市を呑み込む。
大樹は雲を突き抜け、その頂点は成層圏を抜けた。
「他愛無いな、勇者よ」
樹の頂上で、ナトの姿をしたバルツァーブは、満身創痍となったイネスの首を掴んでいた。
「……うるさい……私はまだ」
バルツァーブは首を絞める力を強める。
彼女は悲鳴を苦しげに上げ、その度に力が弱まっていた。
「難儀な魔法だな。自己を最強だと肯定出来なければこうも脆いか」
彼は彼女に顔を近付ける。
「まさか、ホントによりを戻せると思ってたの?」
バルツァーブの声が高くなり、ナトのものへと変質する。
「私、許すとは言ってないよね?そう、助けてって言っただけ」
バルツァーブは彼女を鼻で笑う。
「私なりの悪あがきだよ。あなたに機会を与えれば、アルバに嫌がらせ出来ると思ったの」
イネスの顔がより一層悪くなり、超域魔法によって漲っていた魔力が消え失せる。
「……他愛無いな。貴様に勇者の称号など、実に勿体無い」
彼がイネスの首をへし折ろうとしたその時、彼女が手にしていたフォールティアが瞬く。
「……良い機転だ」
バルツァーブはイネスを大樹の外に投げ捨てる。
次の瞬間、強烈な白の閃光がイネスとフォールティアを基軸に弾けた。
「だが、お前の主の心は既に折ったぞ」
爆風を抜け、全身に火傷を負ったイネスが地表に落ちる。
「元よりお前では格が足りん」
それを見届けたバルツァーブは、遠いハースの海を見つめた。
「エルウェクトの転生者よ。我らの脅威は貴様に他ならない」
掌を天に向けた。それに呼応するように、大樹の葉が瞬き、光を放つ。
「さあ、最終戦争を初めよう」
空を覆う暗雲が円状に開け、天頂に浮く満月が世界を照らす。
「我が息子、我が眷属よ。1000年もの屈辱によくぞ耐えた」
大樹の葉から、勢い良く種が弾き出される。
それらは海を越え、山を跨いで各地で根を下ろす。
そのうちのひとつは、セジェスの辺境へと落ちる。
「なんだこれ。おーい!憲兵さま!」
農民の一人が、降ってきた大粒の種を見て踵を返す。
その直後、種は芽生え、瞬く間に天を衝く大樹へと成長する。
「助け__」
伸びた大樹が、農民はおろか周囲の集落を飲み込む。鐘の音や、誰かの悲鳴が飲み込まれて消える。
そうして実らせた葉は、底なしに黒かった。
「未だ俺に従い、雪辱を晴らさんとする忠臣達よ!!」
世界中に実った漆黒の葉が、次々と地上に落ちる。
次の瞬間、葉は一つの転移門となり、無数の孔をこの星に刻んだ。
「……報復の時だ」
大樹の頂上で、バルツァーブは力強く呟いた。
次の瞬間、多種多様な魔物が一斉に転移門から飛び出した。
食人植物、樹木の竜、大樹の巨人、城壁のように巨大な甲虫、樹木の肉体を持つヒト。
それらが一斉に、世界に解き放たれた。
「さあ来るがいい、女神の忘れ形見よ。貴様の花園を汚して待っているぞ」
バルツァーブは遠いクリフに向かって、行き場のない憎悪を募らせた。
◆
同刻、セジェスの新首都「エキリーバ」にて。
「災厄が起こるのね」
宮殿の最上階、執務室にて、エレネアとメアリーが肩を並べて空を見ていた。
「ええ。魔神バルツァーブが復活したわ。彼は間違いなく、この星を死滅させるために動く」
次の瞬間、首都を取り囲む形で無数の転移門が生じる。
溢れ出した魔物達が首都に押し寄せようとしていた。
「私たちに止める見込みはあるかしら」
「無いわね。セジェス全軍を以ってしてもバルツァーブの足止めにもならないわ」
エレネアは小さな転移門を呼び、そこから一振りの旗槍を取り出した。
「では精々、私たちは足掻きましょう。クリフ様が彼の悪神を滅すると信じて」
彼女はそう呟くと踵を返して廊下に向かう。
「そうね……なら、私は足止めを受け持つわ」
メアリーは窓から飛び降り、転移門を使って消えた。
「狩狗さまへの軍備が功を奏したわ。さあ……ここが正念場よ」
エレネアはそう呟き、指を弾く。
次の瞬間、ドレスから軽装の鎧へと衣装を変えた。
「エレネア様、ご報告を」
扉の外から近衛兵が告げる。
「問題ありません、状況は把握しているわ」
彼が開けるよりも先に、エレネアが扉を開いた。そして彼女は広間に抜け、控えていた近衛兵達の前に立った。
忙しなく準備を進めていた彼らが静まり返り、主の返事を待っていた。
「私が先陣に立つ、恐れぬ者はついて来なさい」
彼女はそう言って最上階から飛び降り、軽やかに広間へ着地した。
そして旗槍を靡かせ、宮殿の外に向かう。
「お供致します」
勇者だった頃の装備に身を包んだエリノアが、彼女の後に続く。
近衛兵達もまた、奮い立たぬ筈が無かった。
魔法華やぐエルフの国セジェス。
彼の国もまた、ヒトとして滅びへの抵抗を始めた。
◆
同刻、ハース首都にて。
豪王の玉座に、多くの名家、重鎮が集まっていた。
泰家が用意していた織物や玉座は撤去され、崩れた玉座には畳が敷かれ、暁国の織物と屏風で彩られていた。
「継承の儀を経て、27代豪王に碧雲照綱を任命致します」
泰遼の側近が、玉座に座るテルツナに王冠を差し出す。
「……うむ、拝領する」
彼が王冠を手にした直後、冠は液体のように崩れ、耳飾りとなって彼の耳朶を貫いた。
「ほお、姿を変えるのだな」
「左様でございます。多様な王がこの座に座るべきだと、初代豪王が願われたのです」
口では明るく話す彼だったが、瞳の奥では慙愧の念が渦巻いていた。
彼もまた、泰遼の落座が悔しかったのだろう。
照綱は周囲を見渡す。
敬意と敵意が入り混じっていた。しかし、悪意は感じ取れなかった。
__やはり、面白い国柄だな
と、彼は感じる。
王に不満があれば力を用いる。
シンプルであるが故に、後を引かない。
狡猾は恥である。
そんな豪国のスタンスは、テルツナにとって心地よかった。
「王よ、ご命令を」
彼がそう言った直後、玉座の間が突然開かれ、一人の将校が駆け込んだ。
「ご報告を!!」
彼は息を切らし、力の限り叫んだ。
「儀礼の最中であるぞ!!」
泰遼の側近が叫ぶ。
勿論、形式的なものであり、彼はテルツナに目配せした。
「異常事態だろう。要件を」
テルツナはそう呟くと、玉座から立つ。
「門と共に魔物が、首都全域になだれ込んで来ております!数は我ら兵団を優に越え、恐らくはハース全域に及んでいるかと」
彼は力を込めて叫び、その顔色と声音でその危機を伝えた。
テルツナは微かに思案する。
「バルツァーブか」
周囲がざわめく。
王の言葉は易くない。
しかし、長旅の中で彼の魔神についてクリフ達に聞かされていた。
__今思えば得難い旅だったな。
テルツナは微笑をこぼし、思い出に耽る。
「馬鹿な……奴は勇者に滅された筈では」
「魔神の手先ともなれば腕が鳴るというもの」
玉座の間に集まる重鎮達は各々に言葉を発していた。
テルツナは愛刀、廻天払を引き抜き、天に掲げた。
「戦の準備を進めよ。剣を携え、死力を以て己が愛する者達を守れ」
テルツナは抜き身のカタナを手に、階段を降りる。
「行くぞ、出陣だ」




