城門前の駆引き
翌日。
テイショウの街の中心にある巨大な城に、続々と各国の来賓が入場して行く。
ロンの国の真ん中を南北に分断する大河の河口にある港町テイショウは、ロンの国の首都ではないものの、はるか古代の文明の中心地でもあった歴史ある街であった。そのため、テイショウには巨大な港が存在しており、海路による交通の便も良いことから、テイショウで皇帝の婚姻の式典を行うこととしたのであった。
ロンの国はモンテ皇国とはまるで文化が違う。
モンテ皇国がクロキのいた世界で言う西洋風であったのに対し、ロンの国は東洋風の街並みで、街行く人々の服装も、かつてクロキが出会った魔導拳の使い手ドゥエンの着ていたものと同じような服装であった。
城の中に入る賓客の護衛は三人に限られ、モンテ皇国皇太子マティアスに付いて行く者は、トラヴィスとリドリー、そして、もう一人のトラヴィスの部下、つまり『高貴な獅子』の騎士たちであった。
当然ほかの騎士隊から派遣されてきた者たちは不満であったが、護衛隊長を務めるトラヴィスの騎士隊ということもあり、誰も声を上げなかった。
陽気な顔で城に入っていくマティアスの後ろについていくリドリーは、城を取り囲む外壁と城の間に留め置かれるほかの隊員たちを見て、誇らしげな表情で城内へと入って行った。その様を見オウギュストやティムは地団駄を踏み、憎々しげにその背中を見る。
クロキも皇帝の婚姻とは一体どんな儀式を行うのか気になっていた。
この人混みと晴れの気色であれば、クロキの潜入技術を持ってすれば城内に侵入できないこともない。だが、ティムやテオを置いて一人で行くのはしのびなかった。
「おや、クロキではないですか」
ふと、聞き覚えのある声でクロキの名が呼ばれる。
クロキが振り向くと二人の侍女を従えた、紫に金色の刺繍入りのストールを被った女性が立っていた。
「あなたは……」
その女性がストールを降ろすと、黒い髪が現れる。それはアーミル王妃カルガナであった。
クロキの背後でオウギュストやほかの兵士がカルガナの美しさに見惚れ、同時にクロキと親しげに話していることに驚いていた。
「その節は助かりました、とても感謝しています」
カルガナがそう言って微笑んだ。そして、
「そう言えば、彼の国との同盟の話があるとか」
カルガナの微笑みも声色も変わりなく穏やかで凛々しかったが、クロキは喉元に剣を突きつけられているような感覚に襲われた。
そして、さらに状況は悪化する。
「おや、あなたはカルガナ王妃ではありませんか? ん、そして君は確か……モンテの」
眼鏡を掛け、オールバックの銀髪。短い顎髭を撫でる仕草。ステッキを手に持つその男は、アトリス共和国の内務大臣兼国防大臣オリバーであった。
クロキは身構える。
オリバーはカイゼルを暗殺しようとした男。そして、ディックの話によれば、オリバーは今や、事務方のトップたる国防大臣に収まらず、将軍なき今、実質的に軍隊を掌中に収め、意のままに操ることができるという。
クロキがこの世界であった人物の中で、オリバーは最も腹の底が読めない男であった。だが、最も腹の底が読めない女もその場にいた。
カルガナはクロキの緊張に気付きながら、表情を変えずオリバーに真正面を向いた。
「ええ、そうですが、あなたは?」
白々しくカルガナは聞いた。
オリバーの胸の金色の獣の紋章でアトリス共和国の者であることは分かっていたし、聞き知った情報から、その風貌で内務大臣兼国防大臣オリバーであることは推測できていた。
カルガナの対応は、アトリス共和国はアーミル王国に注目しているが、アーミル王国としてはアトリス共和国は眼中にないと思わせる一方で、他国の重要人物のことを把握していない外交に疎い国という印象を与えかねないものであったが、カルガナは自分だけ名前を名乗らされるという屈辱的な行為をオリバーにさせることで、オリバーが感情をどう揺らすかを見たかった。
だが、
「これはこれは、失礼しました。私はアトリス共和国の内務大臣をしておりますオリバーと申します。どうぞお見知りおきを」
呆気なくオリバーは自らの名を名乗る。
カルガナは一瞬の間を置くと、表情を変えず、
「ご丁寧にありがとうございます。貴国の末永い発展をお祈りいたします」
と言った。
この返答にオリバーの眉がわずかに動く。
最後の一言。一見ただの社交辞令に聞こえて、カルガナの思いが込められているように感じた。
周囲の者が近寄りがたい空気になりつつあったが、さらに状況は混沌となる。
カルガナが、クロキから発せられる激しい殺気を感じ、クロキを見た。
テオとティムがクロキの身体を掴み抑えている。激情に満ちたクロキの視線の先にいたのは、白い服に身を包んだ白髪交じりの男。
「カミムラぁ……」
クロキが振り絞るようにその男の名を呼んだ。
「おやおやおや……オリバーさんじゃないですか、お元気でしたか~?」
カミムラがカルガナとオリバーの間に割って入り、オリバーの手を握った。
そして、その傍らには笑みを浮かべるジャックの姿。
ジャックはクロキを見て、大きく目を見開くと、口が耳元まで裂けてしまいそうなほどに口角を上げた。
ジャックのおぞましい表情に気付いたティムとテオの背中に冷たい汗が流れ、二人は一瞬わずかにたじろいだ。
クロキはその瞬間を逃さなかった。
クロキは素早く屈むと、背中の刀の柄を握り、カミムラに向かって走り出す。
しかし、クロキの動きに気付いたカルガナが、一瞬でクロキとカミムラの間に入ると、クロキの脚を引っ掛けてクロキを転倒させ、直ぐにテオをティムがうつぶせに倒れるクロキの上に馬乗りになって押さえつけた。
クロキがカミムラを見上げると、いつの間にかカミムラの前にジャックが立っており、クロキを見下ろしていた。
「カミ……っ!」
カミムラに恨みの言葉を投げようとしたクロキの口に、ティムが剣の鞘を咥えさせた。
「お前、ちょっと落ち着け……!」
小さな声でティムがクロキをなだめるが、クロキは鞘を咥えさせられた口から涎を垂らしながら、ずっと唸り続けている。
いつもは冷静なくせに、カミムラという男が関わると途端に理性を失ったように暴れる。これはクロキの弱点と言っても良いとテオは思った。
オリバーはあまりに突然の出来事に、意味が分からず驚きを隠せずにいたが、少しするとクロキとカミムラ、ディックの関係に勘付き、顎髭を触りながら面白そうに微笑した。
カルガナは、クロキの様子を見た後、カミムラとジャックを見る。
この男が、異邦人でありながらメソジック帝国の副宰相に抜擢された男、カミムラか。
見た目は冴えない中年の男。何とも掴みどころのない男だが、この男が副宰相となってからメソジック帝国の動きが明らかに変わった。
アーミル王妃たるカルガナの暗殺未遂。アーミル王国軍総司令の暗殺。突然のシュマリアン共和国への侵攻。アトリス共和国との同盟。そして、数十年にわたる敵対国であるモンテ皇国との同盟。
カルガナは、かねてから自分の眼でカミムラという男を見定めたいと思っていた。
ジャックの陰からカミムラが顔を出した。
「ジャックくん、どうしたんだい、何かあったのかい?」
「……いえ、何でもありません」
ジャックがそう答えると、カミムラはジャックの視線の先、ティムに押さえつけられるクロキを見て、
「彼は……どこかで見たな、誰だったかな」
とジャックに聞いた。
クロキは血が逆流するような感覚に襲われた。
クロキが一層身を捩るので、オウギュストらほかの護衛隊員もクロキの上に乗ってクロキを抑える。
ジャックは眼を細めながら嬉しそうに笑い、
「カミムラ様が気になさる者ではありません。さあ、行きましょう」
と、クロキを煽りながらカミムラとともに城の中へと入って行った。




