極東の国
シュマリアン共和国での戦いから1か月が経ち、若葉芽吹く季節の一の月となった。
モンテ皇国では少しずつ春の足音が聞こえ始めていた頃、クロキとヒースの姿は、モンテ皇国のある大陸の東の端、ロンの国最大の港湾都市テイショウにあった。
モンテ皇国内では、ギルバートが口頭ではあるが、独断で賛同したアトリス共和国、メソジック帝国との三国同盟の件で騒然としていた。
知らなかったとはいえ、アーミル王国と軍事同盟を結びながら、アーミル王国と敵対するメソジック帝国とも同盟を結んでしまった。
メソジック帝国とアーミル王国が直接戦うことにならなければ問題は生じない、とは言え、アーミル王国との軍事同盟を結んだ立役者の外務大臣ギブソンの顔を潰した形となった。
そのため、ギブソンはギルバートを派遣した総務大臣カイゼルを糾弾し、大臣間の影響力争いが激化していた。
だが、そんな中でも世界の状況は変化しており、ロンの国王が結婚することとなり、その婚姻の式典に出席するため、モンテ皇国は皇太子マティアスを代表とした一団をロンの国へと送っていた。
クロキはテオ、ティムとともにマティアスの護衛部隊に加わっていたが、ヒースもまたロンの国にある古代遺跡を調査したいと同行を願い、共に来ていた。
「テオさんは、モンテに残らなくてよかったんですか?」
クロキがテオに聞くと、テオは頭を掻きながら、
「俺がカイゼル様の傍にいてもできることはないからな。それよりマティアス様の護衛をして、顔を覚えてもらった方がカイゼル様の役に立つってもの」
と笑った。
護衛部隊は護衛対象が皇太子ということもあり、様々な部隊からメンバーが集められていた。
テオの仲間からはテオとティム、クロキが参加し、そして――
護衛部隊にあてがわれた宿舎の廊下をクロキとティムが歩いていると、前方の部屋のドアが開け放されており、中から騒がしい声がした。
クロキが中を覗くと、そこはテラススペースとなっており、部屋の真ん中で数人が向かい合っていた。
クロキは部屋の外から遠巻きに見ていようと思っていたが、野次馬根性が存外強いティムは、近くで見物をしようとクロキを引っ張って室内へと入った。
「ああん? てめえ、もう一度言ってみろ」
「そうだそうだ、今なんて言った」
聞き覚えのある声に、クロキは眉間にしわを寄せる。
胸元を開け、だらしなく軍服を着崩した男と背の低い少年。ギルバート隊のオウギュストとレオポルドであった。
二人と対するは、金髪碧眼の爽やかな風貌の男。その立ち姿は騎士というものを体現しているかのように堂々としていた。
「あはは、すまない、気分を悪くさせてしまったかい」
爽やかにほほ笑む男にオウギュストはあからさまにイラつき、
「ヘラヘラ笑ってんじゃねえぞ、リドリー。うちの隊長バカにされて黙っていられるかよ」
と爽やかな男――リドリーに顔を近付け威嚇する。
オウギュストの背後では、レオポルドが腕を振り回してオウギュストを煽っている。
しかし、リドリーは煽りに動じることなく、にこやかにほほ笑んだ。
「おいおい、バカになんてしちゃいない。勝手に敵国と同盟を結ぶと言って国を混乱させた、って本当のことを言っただけさ」。
「く……っそが」
リドリーの言うことがなまじ嘘ではないため、オウギュストは歯ぎしりをする。
そのとき、オウギュストの背後に黒っぽい軍服に身を包んだ赤髪の男が歩み寄った。
「リドリー、『高貴な獅子』は雄叫びも一流なのは分かった。だからこの辺で終わりにしないか?」
赤髪の男がオウギュストとリドリーを制止する。
「ダリオ……けどよ……」
とオウギュストが悔しそうに赤髪の男――ダリオを見ると、ダリオは、
「ギルバート隊は無駄吠えをしない。我々が吠えるのは、勝利のときだけだ」
と、言ってリドリーに背中を向けて、部屋の入り口に向かって歩き始めた。
その後を渋々オウギュストとレオポルドが続く。
後に残されたリドリーの顔からは先ほどまでの笑みは消え、その視線はダリオの背中に向けられていた。
部屋から出ようとするオウギュストがクロキに気付く。オウギュストはバツが悪そうな顔をしながらクロキに近づいてきた。
「よう、久しぶりだな」
オウギュストの方からクロキに声を掛けてきたことを意外に感じたが、
「ああ、1か月振りか」
と、クロキは返した。
そのやり取りに気付いたレオポルドも近づいてきて、
「あ、無魔力者の異邦人じゃん。お前がいるなんてテオ隊も人不足ぅ? ハハハ」
と笑った。
レオポルドの笑い声を聞き、ダリオはクロキを一瞥する。
オウギュストは、楽しそうに笑うレオポルドの頭を押さえつけて引っ込めると、
「まあ、なんだ、かっこわりいところを見られちまったが」
と、またバツの悪そうな顔をした。そして、
「正直やるせない部分もあるけどよ――」
と、オウギュストが言いかけたところで、クロキがオウギュストの腕をポンと叩き、
「ギルバート隊は無駄吠えをしないんだろう。まあ、お互い頑張ろうぜ」
と言った。
オウギュスト自身、事情を知るクロキに話を聞いてもらいたくて声を掛けた節があったが、クロキから励ましを受けたことにより、オウギュストからため息とともに強張った表情が解けた。
「ふん、偉そうなことを。おい、ティムは精々クロキの脚を引っ張んなよ」
オウギュストはいたずらっぽくティムを見ると、ティムは、
「あんだと? あんまり俺をなめんじゃねえぞ。むしろクロキ(こいつ)が俺の脚を引っ張らないか心配だっつうの」
と返した。
そのやり取りを見ていたレオポルドは、オウギュストがクロキのことを「無魔力者の異邦人」ではなく「クロキ」と呼んだことに不思議そうな顔をした。シュマリアン共和国では、一緒に馬鹿にしていたのに、いつの間にか対等に接している。
レオポルドは、シュマリアン共和国でオウギュストとクロキが一瞬だが共闘したことを知らなかった。
ダリオを見ているリドリーのもとに、一人の騎士が近寄りリドリーの肩に肘を置いた。
「ふむ、ギルバート隊もなかなか元気がいいじゃないか」
180センチはあろうかというリドリーを凌ぐ身長のその男は、こめかみから顎にかけて薄っすらと髭を生やしており、年齢は40歳くらいであろうか。
「トラヴィス隊長」
リドリーにトラヴィスと呼ばれたその男は、リドリーの属する騎士団「高貴な獅子」の隊長であり、そして、この護衛部隊の隊長でもあった。
トラヴィスは顎に手を当てながらギルバート隊のメンバーを品定めするように眺めた。
「良い人材が揃ってるなぁ、今一番勢いがある騎士隊なだけある」
トラヴィスが感慨深そうに言うと、リドリーは聞こえるように鼻で笑った。
「ですが、所詮は二番手です、モンテ最強の騎士隊『高貴な獅子』には及びませんよ」
リドリーの言葉に、トラヴィスは、
「そうだな、今はまだ俺たちの方が上だ」
と言って笑った。




