飛行部隊来襲
その夜。
クロキは事情を聞くため、ゴードンらの泊まる宿に行き、アンナを外に連れ出した。本当はゴードンを連れ出したかったが、ゴードンはマックスとの打ち合わせのため時間を取ることができず、代わりにアンナということになった。
「どうもね、あのマックスっていう人、アトリス共和国の騎士らしいよ」
アンナは、昼間ディックの襲撃を受けたときに、ディックが話していたことをクロキに話した。
「依頼はどんな内容なんだ?」
クロキの質問に対し、アンナはショルダーバックから依頼の受注書を取り出しクロキに見せた。
受注書には、パーティーの要件として、これまでの依頼達成実績の基準のほか、パーティーに騎士である者がいること、治療術を使うことができる者がいることなどが定められ、そして依頼内容は、「商談のためシュマリアン共和国のウマリまでの道中を護衛し、その後同国の首都テルビアまで依頼者を送り届けて終了」、その報酬の額は破格であった。
「依頼者名『ジート・ピック』、これはマックス以外の二人のどっちかか?」
「依頼者の身分確認をしたときに片方がそう名乗っていたよ。偽名かもしれないけど……」
クロキは口元に手を当てて考え始めた。
「何でわざわざモンテ皇国で依頼をしたんだ? アトリス内で人を集めれば良いのに……商談の相手は、どこのどいつだ?」
「いや、それがさ……ゴードンのお兄さんだったんだよね」
クロキは驚いてアンナを見た。アンナは続ける。
「私らも驚いたよーそりゃ。でも、どんな話をしていたかは知らない。あ、ただ、何となくマックス以外の二人がちょっと機嫌良かったから、話は上手くいったんじゃないかな?」
「……うん? そもそもそれだと商談っていう依頼内容が嘘じゃないか?」
「あれ? そう言えばそっか。あ、でも、もう一つ『予定』があるって言うから、そっちが商談じゃないのかな」
「それはいつだ?」
「んーん……時間は未定だって。時が来れば合図があるってさ」
アンナが知る限りの事実は確認できた。
マックスがわざわざ商人を偽装してまでモンテ皇国から出発したこと。マックスとギルバートが会った理由。そして、時間未定のもう一つの「商談」。
クロキの中に新たな謎が産まれた。
これらの謎を解決する一つの方法はディックの話を聞くことだが、ディックがこの街のどこに潜んでいるか探すのは苦労しそうであったため、クロキは今晩は諦め、宿へと戻った。
妙な胸騒ぎを感じ、クロキは眼を覚ました。
隣のベッドで静かに寝息を立てているヒースを横目に、クロキはベッドから起き上がると、カーテンの隙間から外を見た。
まだ外は暗く、陽は昇っていない。日の出にはまだ2時間程度あるか。
思い切って窓を開け、外に身を乗り出して大きく周りを見渡した。通りに面した建物の窓のいくつかに灯が点いている。至って静かで平和なもの。
だが、その静寂の中に、クロキの耳は微かな悲鳴を捉えた。
クロキは身支度を整え、寝ぼけ眼のヒースに決して外に出ないよう言ってから、宿の屋根に上って周囲を見渡した。
街の西側で煙が上がっている。そして、煙の先、空の上には無数の点。
クロキは、その方向に向かって、建物の屋根から屋根へと飛び移りながら移動を開始した。
近づくにつれ、空に浮かぶ点の輪郭が見えてくる。それは、翼のある船、そして、翼をはばたかせた巨大な猛禽の魔獣。
地上に近付いた船から人が飛び降りるのが見える。それは、白い甲冑に身を包んだ兵士――ムスティア城の戦いで見たメソジック帝国の兵士であった。
そして、空飛ぶ船――飛空艇の上から魔術師が魔法を放ち、巨大な猛禽が体当たりをして街を破壊していく。
「アーノルドは俺と地上部隊を、リタとアンナは魔法で飛行部隊を迎撃してくれ」
ゴードンが街の住人を避難誘導しながら、仲間たちに指示をした。
「おう!」
アーノルドは返事をしながら、地上に降り立ったメソジック帝国軍の兵士を大斧でなぎ倒していく。
「なんで外国の街を守んなきゃいけないのよ」
アンナはそう言いながらも両手を上空に向け、巨大な猛禽に向かって水流を放った。
「騎士たるもの、か弱き人々の盾となるべし。モンテだろうが、シュマリアンだろうが人の命に色はない」
ゴードンがそう言いながら空を見上げると、飛空艇の上の魔術が、走って逃げる老人に向かって火球を放つのが見えた。ゴードンは咄嗟にその老人を庇い、身を挺して魔法から守った。
「ゴードン!」
アンナが叫ぶ。
「俺は後で治療してもらえれば良い、それよりも――」
ゴードンが上空を指差す。アンナの魔法で羽根が濡れ、猛禽の魔獣が減速していた。
「ファイアー・ボム!」
その猛禽に向かってリタが大きな火球をぶつけた。
猛禽は大きなダメージを負い、高度を下げたが、それでもまだ墜落はしない。
アンナは嫌そうな顔で舌打ちをした。
「あの魔獣、意外と体力高いわね」
「もう一度だ、それで倒せる」
ゴードンがそう言ったとき、近くの建物の上から黒い影が猛禽に飛び掛かった。
刀が猛禽の眉間に突き刺さる。そして、黒い影が刀を引き抜くと、血が噴き出し、猛禽は金切り声を上げながら墜落した。
「クロキさん!」
ゴードンが地面に着地した黒い影――クロキに駆け寄る。
「クロキさんもやはり『騎士』ですね。名も知らぬ人々のために身を挺して戦うなんて」
「あ? 何言ってんだ、お前」
そんな、自分にとって毒にも薬にもならないことをする訳がない。クロキはゴードンが戦っているのを発見して加勢に来ただけであった。
「こんなことは、憲兵に任せて――」
クロキが言い切る前に、上空にいる魔術師からの魔法攻撃をかわし、臨戦態勢を取った。
「――撤退したいところだが……」
「もう、そんなこと言っていられる状況じゃないですよ!」
ゴードンの言うとおりであった。
夜ということもあってか、憲兵は夜勤の者しかまだ集まっていない。十分な戦力が整うまでは、まだ時間が掛かりそうであった。
そんなことを考えている間に、クロキらは飛空艇と猛禽の魔獣に取り囲まれていた。
1、2体の魔獣であれば、リタ、アンナとクロキが連携を取って各個撃破も可能であったが、こう囲まれては至極分が悪い。
クロキが対応を考えている間に、飛空艇の上の魔術師が魔法を放つと同時に、一体の魔獣がクロキらに向かって突撃してきた。
だが、その魔獣は無数の氷柱に貫かれると、ダメ押しのような巨大な火球に焼かれ、墜落した。
魔法が放たれた方向を見ると、駆け寄って来るギルバートとピエール、オウギュスト、ケヴィンの姿。
「ゴードン、無事か」
ギルバートはそう言いながら、何をしているのかという眼でゴードンを睨みつける。
「は、はい、兄さん、助かりました」
「お前たちは下がっていろ」
「……い、いえ、私たちも戦います」
「邪魔だと言っているのだ、特に無魔力者など壁にしかならん」
ゴードンは一瞬返答に窮した。だが、
「人々の壁になれるのであれば、私の役割としては十分です」と答えた。
ギルバートはさらに鋭くゴードンを睨みながら、ゴードンの鎧の首元を掴み自らに引き寄せた。
「馬鹿め、それは我が一族の務めではないっ! そんなことはその後ろの、お前の従者にやらせておけっ!」
ゴードンは緊張の面持ちのまま、自身を掴むギルバートの手を取り、鎧から引き離した。
「兄さん、彼らは私の『仲間』です。それに、か弱きものを守ることのほかに騎士の務めはない、と私は思います……」
ギルバートの圧に押されて最後は力なく尻すぼみになったが、ゴードンは真正面からギルバートに自分の思いをぶつけた。
ギルバートは、ゴードンに握られた手をそのままに、ゴードンを睨み続けた。