混乱に包まれる町
ゴードンの仲間もギルバートの仲間も、どうしたら良いか分からず、その状況を見つめるだけであった。
その緊張を解いたのはクロキであった。
クロキは、刀の峰を重なった二人の手の上に乗せた。
「そういうのは家に帰ってからやれ。ほら、見ろ」
クロキが見上げる先には、メソジック帝国軍の魔獣と飛空艇が攻撃の構えを見せていた。
ギルバートは舌打ちをすると、ゴードンの手を振り払い、
「この街を守るつもりはないが、振りかかる火の粉は払わねばならん」
と言ってギルバート隊の面々を振り返る。
しかし、直ぐさまピエールがギルバートに駆け寄り、耳打ちをした。
「相手はメソジック帝国、よろしいのですか?」
ピエールは三国同盟への影響を懸念していた。しかし、ギルバートは、
「かまわん、同盟を結ぶ前の話だ。それに仕掛けてきたのは連中の方だ」
と答え、オウギュストとケヴィンに向かって手を挙げて振り下ろした。
それを合図にギルバート隊が散開する。
「そんじゃ、久しぶりに暴れるぜ!」
オウギュストは槍を構え、その切っ先を空中に向けると、ファイアー・ボムを唱え、火球を放つ。
ケヴィンは軽くうなずいて剣を両手に構えると、ギルバートらを取り囲むメソジック帝国兵を次から次に斬り捨てていく。そして、集団の中に入ると地面に両手の剣を突き立て、「グラウン・クラック」と唱えると、周囲の地面に亀裂が走り、地面が割れ、地盤が隆起し、兵士を地割れに飲み込んだ。
「隊長殿がそう言うのであれば、従うまで」
ピエールは一つため息をつくと大鎌を構え、「ウインドサイス」と唱えながら鎌を二、三度振るうと、風の刃が魔獣を襲った。
「さすがだな、皇国随一と言われるだけある」
ギルバート隊の戦いを目の当たりにして、アーノルドは息を飲む。
ギルバート隊は、所属する騎士の全員が魔法を使える精鋭部隊。隊内にランキングを取り入れたことによって隊員が常に切磋琢磨し、技術の研鑽を重ね、上を目指す。
この方針によって、ギルバート隊は総勢30名に満たない若い騎士で構成された部隊でありながらモンテ皇国の中で頭角を現し、隊長ギルバートのワンマン部隊であることも皮肉って、「皇国最強の私兵部隊」と一部で言われていた。
「ゴードン、続きは終わってからだ。ここは好きにしろ、ただし――」
ギルバートはゴードンを見たまま手を斜め上に上げると、氷の盾を作り、自身に向かってきた火球を防いだ。そして、
「死ぬことだけは絶対に許さんぞ」
そう言って、ギルバートは部下たちの加勢に走り出した。
ゴードンはその胸に込み上げてくる言いようのない思いを押しとどめ、アーノルドらを振り向いた。
「私たちも行きましょう。クロキさんも一緒に来てください」
クロキは微笑を浮かべながらゴードンの肩を叩き、メソジック帝国軍の攻撃が一層苛烈な方向に向かって歩き始めた。
「頼むぜ、ゴードン隊長」
「はい、よろしく願いします」
そう返事をして、ゴードンはクロキに後を追った。
シュマリアン共和国領では、メソジック帝国との戦いの最前線である西の半島のほか、首都テルビア、ウマリの街を含む四か所でメソジック帝国軍飛行部隊による攻撃を受けていた。
そして、シュマリアン共和国領内の上空に、それらとは別の一つの飛行部隊の姿があった。
その部隊は飛空艇10隻、魔獣5体からなり、その進行方向には紅く燃えるウマリの街があった。しかし、彼らの繰る魔獣の種類、そして、飛空艇や兵士の鎧もメソジック帝国軍のそれとは異なっており、何より彼らが来た方向はメソジック帝国のある西ではなく、北側の山岳地帯からであった。
そして、その中でひと際大きい15メートルはあろうかという魔獣の背に、銀の鎧兜に身を包み、金色の長い髪を風にたなびかせながら立つ女騎士の姿があった。
兜で鼻まで顔を覆い、紅いルージュの小さな唇だけが見える。それは破壊の七徒が一人、アンジェラであった。
アンジェラはランスの穂先を紅く染まるウマリの街に向けた。アンジェラの周りの魔獣と飛空艇が加速する。
逃げ惑う人々から隠れるように路地裏を走り駆ける鋼鉄のブーツの足音。
それはメソジック帝国の兵士ではなく、ディックの足音であった。
アトリス共和国の騎士たるディックがシュマリアン共和国の人々を守る義理はない。
それよりも、この混乱はディックにとって、マックスを捕らえる最大のチャンスであった。
密かに把握していたマックスが泊まる宿に向かって、人混みを避けるように移動する。しかし、メソジック帝国軍は容赦なく民家を破壊し、逃げる人々を追い立てていた。
ディックは唇を噛みしめ、その光景から目を背けながら自らの目的に向かって脚を動かした。
マックス、お前は今、どんな思いでこの光景を見ている。
ディックの胸中に浮かぶのは、マックスとアトリス共和国、そして――
ひと際大きな爆音が響き渡り、倒壊した建物がディックの進む道を塞いだ。
舞い上がる埃を防ぐように鼻と口を腕で覆って別の道を探すディックの視界に、逃げる途中で転んだ少女を守ってメソジック帝国兵と戦う憲兵の姿が見えた。
憲兵たちは数人のメソジック帝国兵を相手によく持ちこたえていたが、上空の飛空艇の上の魔術師が、憲兵たちに向かってアイス・ニードルを放つ構えを見せた。このまま放たれれば、憲兵だけでなく少女もアイス・ニードルに巻き込まれるだろう。
しかし、ディックは戦いに巻き込まれることを厭い、別の道に向かって歩みを進める。
自分にはもっと重要な使命がある。
そう自分に思い聞かせた。
湧き上がる感情を使命感で押さえつける。
なぜだろうか、一歩進めるごとに脚が重くなる。ディックは、いつの間にか下を向きながら歩いていることに気付き、顔を上げた。
地上のメソジック帝国兵がアイス・ニードルに巻き込まれないようにわずかに憲兵から距離を取ると、上空の魔術師が生成した七本の氷柱が眼下の憲兵たちに向かって放たれた。
氷柱は弾丸のごとく憲兵に向かう。その軌道の先には全憲兵と、そして、転んだまま立ち上がれない少女。
まさに氷柱が憲兵と少女に命中しようというとき、五つの小さな火球がそれぞれ氷柱を破壊し、残る二つの氷柱は、少女の前に飛び出してきたディックの剣によって切り払われた。
「あ、ありがとう……」
ディックは顔を横に向け、礼を言う少女の無事を横目で確認すると、
「俺は一体、何をやっているんだか……」
と自らを嘲るかのように小さく笑った。
そして、呆気に取られるメソジック帝国兵に向かって剣を構え、刀身を炎で包んだ。
「……だが、この場を見過ごすことは我が騎士道に反する。一瞬で片を付けるぞ」
ディックはそう言ってメソジック帝国兵との距離を詰めると、瞬く間に全員を斬り捨てた。




