ディックVSゴードン
「それでは、一旦宿に戻りましょう。次の予定まではおそらく時間があります」
マクシミリアンの仲間がゴードンに移動を促した。
ゴードンはギルバートのことが気になっていたため、「はい」と空返事をしながら、馬車へと向かったが、ふと、馬車が見えるところまで来たところでゴードンの脚が止まる。
「どうした?」
マクシミリアンがゴードンに声を掛ける。
ゴードンは殺気を感じ、手を広げ殿の仲間たちに合図をした。
建物の上から何者かが飛び降りてくる。
ゴードンは咄嗟にマクシミリアンを突き飛ばすと、ゴードンの目の前に鎧を纏った男が降り立った。
「ディックさん……なぜ、ここに」
ゴードンの目の前で降り立ったのはディック。ディックは剣を構え、臨戦態勢であった。
「ゴードン、まさかお前の依頼者がこいつとはな」
ディックがそう言ってマクシミリアンを向いた。
「マックス、貴様、ここで何をしている」
ディックが剣をマクシミリアンことマックスに向けた。
ゴードンとアーノルドがすかさずマックスの前に立ち、武器を構える。
「ディックさん、どういうことですか?」
ゴードンが剣を構え、緊張の面持ちでディックに聞くが、ディックは無言でマックスの返答を待つ。
マックスは驚いた様子もなく、表情を崩さずディックを見ていたが、重く口を開いた。
「ディック、思い直せ、今ならまだ間に合う。このまま反逆者の汚名を被るのは騎士として無念だろう」
ディックの目尻がピクリと動いた。
「今のアトリスは、俺が命を捧げたアトリスではない。顛末を全て話してもらうぞ」
ディックとマックスの間に緊張が走る。
「ゴードン、そこをどけ」
「嫌です」
「そいつが何者なのか知っているのか?」
ゴードンは、横目でマックスを見た。依頼者の素性は依頼所で公表されている依頼内容が全てであり、それ以上は詮索をしないことが暗黙のルールであった。この依頼、ゴードンは、ディックがマックスの名前を呼ぶまでマックスの名前すら知らなかった。
「そうか、ならば教えてやる。そいつはアトリス共和国の騎士、それも将軍暗殺に関与した疑いのある男。そんな男を守って、モンテ皇国の騎士として貴様は恥ずかしくないのか!」
将軍暗殺。その言葉にゴードンは驚きを隠せなかった。
マックスが鼻で笑うのをゴードンは背中で感じた。
ディックとの付き合いは短い。しかも命の奪い合いまでした。だが、いや、だからこそディックの人となりをゴードンは知っており、ディックの言うことはおそらく真実であろうと思った。
だが、ゴードンは背筋を伸ばし、剣を構え直す。
「私は思います、騎士は使命に忠実であれ、と。依頼人を差し出すことの方が騎士の名折れです」
「言ったな。その意気や良し。ならば、後は剣に意地を乗せて押し通すのみ!」
ディックがゴードンに斬りかかった。ゴードンはクレイモアでディックの剣を受ける。ディックは何度もゴードンに向かって剣を振るったが、ゴードンは鎧とクレイモアでディックの剣を全て受け、隙を見てディックに反撃もした。
さらにその隙をついて、背後からアーノルドがディックに向かって大斧を振るう。ディックが見をよじって斧をかわすと、続け様にリタのファイアーボールがディックを襲う。
「エンチャント・ファイア!」
ディックは剣に炎を纏わせてファイアーボールを切り払い、追撃してきたアーノルドをかわしざまに斬るとリタに剣を向けたが、すかさずゴードンが立ちふさがり、ディックの剣をクレイモアで受け止めた。
「ひよっ子かと思っていたが、剣の腕は、存外、やる!」
そう言うと、ディックはゴードンを突き放した。
「魔法の使えない俺は、剣の腕を磨くしかないんですよ」
今度はゴードンの方からディックに斬り掛かり、再びディックとゴードンが剣を打ち合い始めたが、やはりゴードンはディックの攻撃を巧みに受け、凌ぐ。
この男、俺の動きを見切っているのか。
ディックは、ゴードンに自分の攻撃を見切られていることに気付いた。
ゴードンはダニ・マウンテンでディックとクロキの戦闘を目撃していた。そのときにディックの太刀筋を覚えたのであろう。
剣の腕はなかなかのもの。長い月日の鍛錬が感じ取れる。
「だが……」
ディックの剣の刀身を包む炎が勢いを増す。
「くっ……」
炎の熱にゴードンが怯んだところをディックが切り崩した。
体勢を崩したゴードンに向かってディックは大きく振りかぶる。ゴードンも相打ちを覚悟で剣を振り上げた。
そこに突如として黒い影が割って入り、影はゴードンのクレイモアをガントレットで、ディックの剣をブーツの底で受け止めた。
「クロキ……」
「クロキさん」
クロキは二人の剣を振り払った。
「一体、なにごとだ」
「クロキ、どけっ、俺はマック……その男に用がある」
その男――マックスをクロキは見た。マックスと目が合う。
クロキは直感した。このマックスという男、強い。
「事情は知らんが、ディック、ここは退け。ヒースが憲兵を呼びに行っている」
「ちっ……」
ディックが舌打ちをする。周りを見渡すと、野次馬が集まり始めていた。
そして、さらに――
「何だ何だ? 面白そうなことになってるな」
そこに現れたのはギルバート隊の騎士、軍服を着崩したオウギュストと、黒髪短髪のケヴィンであった。
「くそ、面倒だな……」
予定外の客にクロキが舌打ちする。
「あん? ゴードン様……と無魔力者の異邦人か? そして、相手は……」
オウギュストがディックの鎧の金色の動物を象った紋章に気付く。
「へぇ、アトリスのカスか」
オウギュストはそう言いながら背中の槍を手に持ち、構える。ケヴィンも無言で両手に剣を構えた。
「カス……だと?」
ディックが反応する。
「崇高なるアトリス共和国の騎士に向かってカスと言ったか!」
ディックは怒気を漲らせ、オウギュストに剣を向けた。
「おおっと、悪いな。でもよ、アトリスの奴って、態度がでかいくせに皆んな弱いんだもんよ」
オウギュストの売り言葉に、ディックだけでなくマックスの眉間にもしわが寄った。
ディックがオウギュストに斬りかかろうと一歩踏みだしたとき、クロキの拳がディックの顔面にヒットする。
「貴様……!」
ディックがクロキを睨みつけると、クロキは首を横に振って視線を横に向けた。
クロキの視線の先を見ると、多数の憲兵が群衆を割って向かって来ているのが見える。
「ちっ……」
ディックはここでマックスを捕らえるのは無理と判断し、剣を納めると、クロキを押しのけて走り去った。
「ははは、やっぱり尻尾を巻いて逃げやがった」
ディックが逃げた方向に槍を向けながら笑うオウギュストに、クロキは不快な感情を抱いた。
マックスはディックが見えなくなると、ゴードンに向かって浅く頭を下げた。
「ゴードンさん、助かりました。宿に戻りましょう。また、あのような襲撃があったときはよろしくお願いします」
礼儀正しくゴードンに礼を述べてから、マックスは宿に向かって歩き出す。ゴードンはクレイモアを納めると、クロキとオウギュストらを一瞥し、マックスの後を追った。
「それで? お前はここで何をしているんだ?」
オウギュストがクロキに質問した。
正直に答えても良かったが、クロキはどうしてかそれを面倒に感じ、
「俺は自由行動で良いんだろ、だったら放っといてくれ」
と言ってヒースが連れてきた憲兵の元に歩いて行き、適当に事情を話してその場をとりなした。
だが、背中に突き刺さるオウギュストの視線はクロキに対する不信感を含んでおり、クロキは面倒ごとに巻き込まれたことに、内心辟易していた。