帝国との密談
クロキとヒースが馬車で街を発ったのと同時刻。
ギルバートの泊まる部屋にピエールが入って来た。
「ギルバート様」
「どうしたピエール、出発までは時間があるぞ」
ギルバートはソファに深く腰を掛け、本を読む体勢を崩さずに聞いた。
「間もなくメソジック帝国軍がシュマリアン共和国に上陸します」
ギルバートは本を閉じると、ピエールを見た。
「思ったよりも大分早いな」
シュマリアン共和国とメソジック帝国は、モンテ皇国でいうところの「南の海」に面する国家であり、シュマリアン共和国はその「南の海」の東端に位置していた。
メソジック帝国は南の海を渡って、シュマリアン共和国の首都テルビアの北西、直線距離で約五百五十キロの所にある半島の先に上陸をしようとしていた。
シュマリアン共和国は当然、半島からの侵略に備え防衛拠点を築いており、メソジック帝国軍への防御としては十分であるが――
「飛行部隊による電撃戦を仕掛けてくることは間違いないだろう」
「では、ここも危ないですね」
「ああ、直ぐに本国に連絡をしてくれ。念のためテルビアにはグレイスとレオポルドを残し、それ以外の者で予定通り出発する」
ピエールは部屋の壁にインテリアとして貼ってあったシュマリアン共和国の地図を剥がすとギルバートの前に広げた。
ギルバートは地図の上に指を走らせる。
「エア・フライトで1時間といったところか」
「はい、先方との約束は陽下一つですので十分です」
「その件は、ほかのメンバーには……いいな?」
「分かっております」
そう言ってピエールは回れ右をしようとして、ふと思い出し、ギルバートに顔を寄せた。
「もう一つ報告がありました」
「どうした?」
「このたびの任務には直接関係はないのですが……」
「良い、話せ」
「どうやら相手方はゴードン様が護衛している模様です」
「そうか……」
ギルバートは少し目を伏せる。
「……出発は半時後だ、皆に伝達を頼む」
「はい」
ピエールが部屋から出て行く。
ギルバートはドアが閉まると立ち上がり、スイートルームの寝室へと続くドアを開け、中に入った。
ベッドの傍らでケヴィンが身支度をしていた。ケヴィンはシャツを着ると、黒い短い髪をかき上げながらギルバートを振り向いた。
「ピエールが間もなく君の部屋に行く」
「分かった……」
ケヴィンは低い声で答える。
「直ぐにここを発つ。準備をしてくれ」
ケヴィンは返事をせずに寝室を出て行った。
首都テルビアはシュマリアン共和国の東側の海に流れ込む大河のほとりにあり、その大河の河口にウマリの街はあった。ウマリの街は東の海への玄関口となっており、古くから多くの人でにぎわっていた。
4千年前、この大河のほとりに古代都市があった。しかし、古代都市の中心部は、現在では大河の河口から50キロメートルほど沖合の海の底に沈んでおり、最も近い街がウマリとなっている。
ウマリの街まで首都テルビアから東南に約170キロメートル。平坦な草原を馬車は進み、およそ3時間でクロキとヒースはウマリの街に到着したが、クロキとヒースがレンタルした馬車よりもゴードンの馬車の方が馬の質が良いらしく、クロキの到着はゴードンらよりもかなり遅くなった。
ヒースが馬車を公共の駐車場に繋ぐと、ディックは乗り込んで来たときと同じように、何も言わずにどこかへ去って行った。
ディックのことはひとまず置いておき、クロキとヒースは、ゴードンを探すのが先か、それとも遺跡に行くのが先か話し合いながらも、まずは今晩の宿を探すこととしたが、何分小さな町ということもあり、なかなか宿が見当たらない。
そうして、街中を歩きまわっていると、ある建物の脇にゴードンらの馬車を発見した。
クロキは静かに馬車に近づくと、馬車の周りにも中にも人がいないことを確認し、ヒースに合図をする。そして、建物の窓から中を覗き込んだが、人の気配はない。ゴードンらはこの建物にはいないようであった。
クロキは再び周囲を見回したが、そこには人々の日常があるだけであった。
「どうしますか? ゴードンさんを探しますか?」
ヒースがクロキに話しかける。
クロキは少し考えこんだ。
「いや、やっぱり先に宿を取って遺跡に行こう」
「良いんですか?」
「良いさ、ゴードンが見つかる当てもなし。それで、古代都市の
遺跡はどこにあるんだ?」
二人は歩きながら話す。
「ああ、それなんですが、4千年前までの古代都市は海の底に沈んでいます」
「海の底? どうやって行くんだ?」
「いやいや、行きたいのはやまやまですが、強力な水系魔法でもなければ無理ですよ」
「では、どうする?」
「古代都市が海の底に沈んだ後、ウマリの南の高台に新たな都市が築かれました。今回はそこに行きたいと思います」
ゴードンは、馬車をつないだ所から5分ほど歩いた所にある、街の外れの二階建ての古い建物にいた。
建物はクロキの世界でいうところの貸しビルで、一階と二階でそれぞれ建物をテナントとしていた。一階は事務机が並び、何かの事務所であったが、ゴードンの依頼者は、何に使っているかも分からない二階に上がっていった。
ゴードンは、一階の廊下を落ち着かない様子でうろうろしている。
「まさか、相手が兄上とは……ああっ」
ゴードンは頭を掻いた。
二階の部屋では、テーブルを挟んでゴードンの依頼人がギルバートとピエールと相対していた。
「なるほど、アトリス共和国の申し出は理解した」
ゴードンの依頼者は、アトリス共和国の者であった。彼らの目的は、モンテ皇国との接触。一方ギルバートも、内密にアトリス共和国の使者と接触する任務を受けていた。
そして、アトリス共和国がモンテ皇国との接触の機会を求めた理由は、モンテ皇国とアトリス共和国、そしてメソジック帝国の三国で同盟を結びたいというものであった。
メソジック帝国とモンテ皇国は戦争状態にある。しかも領土の一部を占領された状態。さらに、ギルバートの耳にはまだ入ってはいないが、メソジック帝国と敵対しているアーミル王国と軍事協定を結んだばかり。かなり高度な戦略的な判断が必要となる事案である。
当然、持ち帰って検討すべきだが――
「マクシミリアン殿、なかなか興味深い申し出であると考えます。それが実現するのであれば、大陸西部に平和が訪れることでしょう」
「あなたの一存で決めてよろしいので?」
アトリス共和国の使者のうち、黒い肌の大柄の男――マクシミリアンは、驚いた様子であった。
ギルバートは微かに笑みを浮かべる。
「私の意見は総務大臣カイゼルの意見と思っていただいて構わない」
ギルバートは、いずれ自分もカイゼルの後を継いで総務大臣になるものと思っており、重大な決断を自分で下したいと考えていた。この機会は、ギルバートにとって待ちに待った機会。この同盟を上手く進めることができれば大きな評価につながる。
自信に満ち溢れたギルバートの眼を見て、マクシミリアンは不安を口に出すのも野暮と考えた。
「では、三国同盟を進めさせていただきます」
ギルバートがうなずく。
「よろしくお願いします。本件は私が進めますので、今後の連絡は直接私に」
「分かりました、では、そのように」
マクシミリアンたちアトリス共和国の使者は立ち上がると、一礼をして部屋を出て行った。
ギルバートはピエールと顔を見合わせた。
「これは、ゴードン様にお礼を言わなければなりませんね」
「ふん、それとこれとは話は別だ」
ギルバートが立ち上がり、窓の外を見た。
建物の外でゴードンが護衛のためにマクシミリアン迎えている。
ふと、ゴードンが二階を見上げた。ギルバートはゴードンと目があったような気がした。




