焔の騎士、再び
周囲の通行人は引ったくりの騒動に注目し、目にもとまらぬスピードで剣を振るう二人には眼もくれない。
マントの男の剣でクロキの髪の毛が切れ、クロキの刀でマントの人物のフードが脱げた。
露となった男の顔を見て、
「あなたは……!」
とゴードンらは驚き、声を失った。
真ん中で分けた前髪。顎まである髪の毛が風になびく。そして、クロキを見るは、切れ長の眼。その男は、かつてダニ・マウンテンでクロキと対峙したアトリス共和国の騎士――ディックであった。
「途中からそんな気がしていた」
クロキは斬り合いの中、太刀筋でディックであることに気付いていたようであった。
「それで――」
ここ何をしている、とクロキが問う前に、ディックは剣を鞘に納めて両手を挙げた。
「俺はお前たちと戦うつもりはない」
そんなディックに対し、アンナがナイフを構え、
「今しがた斬り合ってたばかりだってのに、何言ってんのさ」
と言うと、ゴードンとアーノルドも武器に手を掛ける。
臨戦態勢のゴードンらの一方で、クロキはディックに合わせるように刀を納めた。
「今のは俺が悪かった。俺が攻撃をしなければディックさんも反撃しなかっただろう」
それに、ディックに敵対する意志がないことは、太刀筋から感じていた。
それよりも、周囲にアトリス共和国の者の気配がないため、クロキにはディックが一人でシュマリアン共和国にいることが疑問でならなかった。
「今日は、フェルナンドとモニカだったか、あいつらは一緒ではないんだな」
クロキの質問を聞きながらディックはマントを整え、それからクロキを見た。
「悪いが、お前たちに話す理由はない」
「そうか……」
クロキは、ディックのマントの隙間から見える鎧の胸元の金色の紋章に無数の傷がついていることに気付いた。
「では、俺は行くぞ」
ディックがそう言って立ち去ろうとしたとき、ディックの腹から大きな音が鳴った。
クロキはひらめく。
「あー、なんだ、その、ここで会ったのも何かの縁だ、俺から仕掛けてしまった詫びも含めて、飯でも食わないか」
ともに食卓を囲めば、もしかすると何か情報を得ることができるかもしれない、とクロキは考えた。
「いや、貴様は敵国の騎士、食事をともにするなど有り得ん」
きっぱりと断るディック。だが、クロキはもう一押しする。
「詫びだからな、俺の奢りだ」
ディックは視線を左上に向けてしばし考える。そしてクロキを向いて口調を変えずに言った。
「だが、そうは言っても、剣を合わせた貴殿は最早、我が友と言っても良いだろう。友の誘いを断るのも不義理というもの。ここは素直に馳走にならせていただく」
「と、いうことで良いな?」
クロキはニヤリとしながらヒースを振り向くと、ヒースもゴードンらも状況が飲み込めないと言った様子で、とにかく了承するしかなかった。
昼間にクロキとゴードンが会った食堂で、クロキらはディックとテーブルを囲んだ。クロキの隣にはディックが座り、二人並んでテーブルに並べられた料理を次から次に口に運んでいた。
「ディックさん、よく食べるねえ……」
アンナが食べかけのケバブサンドを手に持ちながら、呆気に取られたようにディックを見ていた。
「ええ、クロキさんもよく食べる方ですが、ディックさんもなかなか……」
ヒースは二人の食べっぷりを見ているだけでお腹一杯といった様子であった。
ディックもクロキと同様に常在戦場という考え方の持ち主であり、酒を飲まない分、食べるようであった。
「体力、気力、怪我の回復にはやはり食うのが一番だ。それに、アーミル王国では護衛任務ということで腹一杯食べられなかったしな」
クロキはこの地方でよく食べられている薄っぺらいパンをちぎり、スープに浸して口に運ぶ。
「クロキの言うとおりだ。空腹では何ごとも成すことができない」
ディックは、戦闘時と同じ表情で、豆とナスと羊肉を煮込んだ料理から大ぶりの羊肉をフォークで刺し、口に入れる。
「俺の世界では、『腹が減っては戦ができぬ』っていう言葉もある」
「ほう、ということはクロキの世界でも争いが絶えないということか?」
「俺がいた時代は比較的平和だったが、ほんの100年前には世界中で戦争をしていた」
「そうか……」
ディックはヨーグルトと玉ねぎをベースにしたソースに、スティック状にカットされたキュウリをディップして齧った。
「それはそうと、ディックの明日の予定は?」
ディックが手に残ったキュウリを口に入れるとニヤリと笑った。
「その手にはかからんぞ」
明日の予定からディックの行動を推測しようとしたが失敗したため、クロキは方針を変え、ベロベロに酔っぱらっているゴードンを標的にした。
「ゴードンは、明日ウマリに行くんだよな」
「ふぇっ、俺ですか、そうですよウマリですよ~」
ゴードンの両隣に座るアーノルドとリタがゴードンの口を押える前にゴードンは喋ってしまった。
「クロキ、今のは内密に頼む」
アーノルドが申し訳なさそうに頼むので、クロキも申し訳なそうな顔をしてみせた。
しかし、そのときクロキは見逃さなかった。ウマリという単語にディックがわずかに反応したことを。
ゴードンが酔いつぶれたため、クロキらは解散することとした。
いつも明るく振舞っているゴードンも、兄姉との出会いは大きなストレスであったようであった。
ゴードンたちの依頼、ディックの目的、ギルバート隊の動向、クロキにとって気になる点は多々あった。だが、それらが結びつくとはそのときは思いもしなかった。
翌日、クロキとヒースは朝早く起きて、馬車のレンタルをした後で、ゴードンが宿泊する宿の入り口を物陰から見張っていた。
二人ともゴードンの依頼が気になっていた。
目的は分からずとも、ここで見張っていればゴードンに護衛を依頼した人物の顔くらいは拝むことができる。そして、ゴードンの馬車が出発した後、クロキとヒースも馬車で追いかけるという算段であった。
外観だけを見ると、ゴードンの泊まる宿はギルバートの泊まる宿と同格に見えた。つまり、ゴードンの依頼者はそれなりに裕福な者であるということ。
宿からゴードンが出てきた。クロキは気持ち身体を引っ込める。
ゴードンは辺りを見回すと合図をした。すると、宿から三人の男が出てくる。その恰好からすると商人のようであったが、三人の中で頭一つ抜けて大きい黒い肌の大柄の男、その男の武骨な目は、ただの商人とも思えない雰囲気であった。
その大柄の男は、やはり商人らしからぬ様子で周囲を警戒しながら馬車に乗り込む。そして、ゴードンとリタが馬車の中に乗り込み、アーノルドとアンナが馬を引いて馬車は走り出した。
クロキとヒースは直ぐさまレンタルした馬車へと向かい、乗り込もうとしたが、馬車の中にいるはずのない先客がいた。
「ええっ、ディックさん? どうしてここに……?」
驚くヒースをよそに、クロキはディックと向かい合うように座ると、ヒースに馬車を出すように指示をした。
「何も聞かんのか?」
腕を組み、目を瞑りながらディックが口を開いた。
「聞いたら答えてくれるのか?」
「ふっ……」
ディックの口元に笑みが浮かぶ。
ディックが馬車に乗り込んでくることは予想していなかったが、昨晩のやり取りから、ディックもマウリの街に用があるであろうと感じていた。
クロキの顔にも笑みが浮かぶ。だが、直ぐに笑みを殺し、ディックに殺気を向ける。
「だが、ここまでだ。いずれ戦場で会ったときは、容赦はしない」
アトリス共和国の騎士であるディックとはまたいつ何時戦うことになるか分からない。ディックは、片目を開けてクロキを見ると、
「そうだな……」
と悲しさと悔しさの混じったような笑みを浮かべた。




