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新たな国へ

「ゲヘ、ゲヘ、調子が良くなってきたぜ」


 ハミルトンは軽快そうに肩をグルグルと回している。

 体重、つまり枷が少し外れたのだ、当然調子が良くなっているだろう。


 ハミルトンが舌なめずりをしながら構えた。クロキもまた、右腕の刀をハミルトンに向けて対峙した。


「クロキさん!」


 ふと、クロキの後ろから声が聞こえ、振り向くとこちらに走って来るカオリの姿があった。どうやら、ベルナルドのストレイ・ドラゴンの轟音を聞いて心配し、クロキを探しに来たと見える。


 カオリは、クロキと対峙するハミルトンの着ている制服が、メソジック帝国軍のものであることに気付くと、クロキとハミルトンの間に空気の球を作り出し、ハミルトンの動きをけん制した。


「仲間か? あん……何だ、ガキか」

「ガ、ガキ……こう見えても成人してるんですけど!」


 色好きのハミルトンであったが、カオリには何の反応もしないらしく、いつもの下卑た笑いはこぼれなかった。


「おい、ほかの奴らはどうした?」


 突然、ハミルトンが背後に向かって声を掛ける。ハミルトンの背後では、いつの間にか副官グレンがベルナルドの介抱をしていた。


 グレンは無表情で答える。


「はい、既に全員回収しています。重傷ですが、全員生きています」

「そうか……どう思う、引いた方が良いと思うか」

「はい、引いた方が良いと思います」

「そうか、じゃあ、帰るか」

「はい、かしこまりました」


 グレンはベルナルドを肩に担ぐとクロキとは反対方向に向かって歩き出した。そして、ハミルトンもグレンについていこうとしたが、クロキが呼び止める。


「お、おい……ふん、逃げるのか?」


 ハミルトンが振り向く。


「ゲヘ、強がるなよ、その怪我ではこれ以上は無理だろ。また今度万全なときに会おうぜ」


 そう言うとハミルトンはグレンとともに闇に消えた。


 近くに敵の気配がないと見るや、クロキは膝をついた。

 ベルナルドに受けた傷はもちろん、ハミルトンの攻撃も決して重いものではなかった。


「す、すまない、少し、休ませてくれ……」

「え、ちょっ、大丈夫ですか……あ、あの、しっかりしてください!」


 カオリの慌てる声を聞きながら、クロキは気を失った。





 クロキとハミルトンが戦闘を始めたのと同時刻。

 首都パリガーサのアーミル王宮では大きな騒ぎが起きていた。


 体中に剣を突き刺され、壁に寄りかかるように息絶えている軍司令アソカ。

 その身体から流れる血が大きな水たまりを作り、その水たまりの中で、アソカに対峙するように魔獣の毛皮で作った上着を纏い、顔に入れ墨を入れた男――シャールークが立って見下ろしていた。


 シャールークは、アーミル王国での任務は割り振られていなかったが、ハミルトンからの依頼により、アソカの暗殺を実行した。


「シャーちゃん、帰りましょう」


 シャールークと同じ浅黒い肌で大きな眼をした女魔術師――プリヤンカが、シャールークに声を掛けた。


「おぅ……」


 そう答えてシャールークは顔についた返り血を拭い、ふと、横を見ると、そこにはジーシュ王が立っていた。


「シャールークか……?」


 ジーシュ王がシャールークに声を掛ける。シャールークは斜に構えずジーシュ王を真っすぐ見た。


「シャールーク様、アーミル王です殺ってしまいましょう」


 シャールークの手下が剣を抜いた。

 しかし、手下たちの前を塞いだのは、プリヤンカの杖であった。

 シャールークが無邪気に笑う。


「ジーシュぅ、久しぶりだなぁ、元気そうで何よりだぁ」

「お前、一体何してるんだよ、私がどれだけお前を探したか分かっているのか」


 シャールークは目を伏せた。


「悪ぃな……でもよぅ、俺のことはもう忘れてくれねえかぁ」


 シャールークはジーシュ王に背を向けた。


「お、おい」

「もう俺たちの道が交わることはぁ……ねぇからよぅ」


 そう言って、仲間たちとともにシャールークは逃走を始めた。


「シャールークっ!」


 ジーシュ王が呼ぶ声を聞きながら、シャールークは王宮から脱出する。


「シャーちゃん、大丈夫?」


 夜の街を走りながら、プリヤンカがシャールークに聞いた。


「構わねぇよ、『強欲』からの依頼はアソカだけだぁ」


 現に、王宮で殺したのはアソカ一人で、そのほかの者は守備兵を含めて、怪我こそさせたものの、誰一人殺してはいなかった。


「いや、そうじゃなくって」


 だが、プリヤンカが気にしていたのはそのことではなかった。

 プリヤンカは走りながらシャールークの横顔を見つめたが、シャールークは「大丈夫だぁ……」と言ったきり、何も語らなかった。





 翌日、陽が開けると、王宮から一部隊がカルガナを迎えに来た。ギブソンらモンテ皇国使節団もその部隊とともに王宮へと向かった。


 昨晩、アソカが暗殺されたことを知り、カルガナは大変驚き、嘆いた。おそらくメソジック帝国の目的はカルガナとアソカの暗殺であったのだろう。二人がいなくなれば、アーミル王国に、メソジック帝国の配下となることを拒否する者はいなくなる。

 メソジック帝国の卑劣な行動に、カルガナは怒りに打ち震えた。


 一方、ジーシュ王も大変な落胆ぷりであったが、カルガナが大した怪我もせず帰ってこれたことで幾分かは心の重しも軽くなったようであった。


 ギブソンは王宮に着くなり、直ぐ様モンテ皇国に昨晩のメソジック帝国の襲撃について報告し、アーミル王国との軍事協定についての意見を求めた。

 軍事協定に関するモンテ皇国の決定は数日掛かるものと思っていたが、総務大臣カイゼルの助力もあり、わずか半日で承認の決定が降りたため、予定を繰り下げ、翌日から2日間にわたって貿易交渉を行い、2日目の最後には軍事協定の調印も行い、アーミル王国における全日程が消化された。


 そして――

 軍事協定への調印が終わった後、クロキは書記官に呼ばれた。そこで、クロキに告げられたのはカイゼルからの指令であった。


「『シュマリアン共和国に対し、メソジック帝国軍侵攻の兆しあり。モンテ皇国はシュマリアン共和国に援軍を送る予定としている。クロキは、シュマリアン共和国に入り、同国の状況を報告せよ』とのことです」

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