決着
その隙をベルナルドは見逃さなかった。
ベルナルドは高く跳び上がると、クロキに向かって剣を向けた。クロキはガントレットで防いだが、逸れた切っ先が右肩に突き刺さる。
「魔法の効果も向上させるのか」
クロキは、落下しながら右肩に突き刺さる刃を握り、呟いた。
「そう、この鎧は身体能力と水系魔法の効果を格段に向上させる。そして――」
ベルナルドが言い終わる前に、クロキは右肩の剣を無理やり抜くと、抜いた剣を引っ張ってベルナルドを引き寄せ、空中で一回転しながらベルナルドの腹部目掛けてソバットを放った。
だが、ベルナルドに命中する直前、鎧から発生した水流がベルナルドを包み、クロキの脚はベルナルドに届かなかった。
クロキは後ろに一回転しつつ、地面に着地した。
「まさか、自動防御か」
「あなたの攻撃は、一切僕に届かない」
ベルナルドが魔法を唱えようとする構えを見せると、クロキはベルナルドに背を向けて走り出した。
どう見ても、逃げている。
意外なクロキの行動に、唖然とするベルナルド。
「んなっ、逃げるなんて、あなたはそれでも騎士ですか!」
「悪いな、勝てない戦いはしない質なんでな」
もちろんクロキにこのまま逃走しようなどという気はなく、作戦を立てる時間を稼ぎたいだけであった。
一切届かない、と言っていた。そこが強烈に引っ掛かった。全ての攻撃をオートガードするのなら、鎧を装備した直後、なぜクロキの刀を剣で受け止めたのか。
オートガードが発動すると戦いにくいためか、その可能性も確かにある。だが、もう一つ、ソバットを放ったとき、ベルナルドは咄嗟に顔面を腕で覆いガードした。
一度試してみる必要がある。だが、ベルナルドに近づくことができるのか。レヴィアタンの鎧を装備したベルナルドの戦力は驚異的であった。
逃げるクロキの背後で、巨大な水の渦が建物を吹き飛ばす。かつて見たものとは威力が段違いだが、水系魔法ウォーター・スクリューであった。
「迷っている暇はないか」
クロキはそう呟くと、移動を開始した。
ベルナルドはゆっくりと周囲を警戒しながら路地裏にも目配せし、商店街を歩いていた。
ふと、視界が霞んでいることに気付く。霧だ。
ベルナルドの周囲を霧が包んでいた。
「これは……」
クロキが魔法石で発動させた、水系魔法ミストであった。
「スプラッシュ!」
ベルナルドは自分の周りにスプラッシュを発動させ、水柱で霧を全て吹き飛ばした。
水柱が収まった瞬間、ベルナルドの頭部に向かって投げナイフが襲い掛かる。
ベルナルドは、スプラッシュが収まった一瞬が一番狙われやすいと警戒していたため、迫るナイフが頭に当たる直前で、腕で頭部を守った。ナイフがガントレットに命中する寸前でオートガードが発動し、水流がガントレットを包み、ナイフはガントレットに到達することなく水流に弾かれた。
ベルナルドの耳に、背後で響く水しぶきの音が聞こえた。
振り向くとクロキが刀の切っ先をベルナルドに向けている。ベルナルドが咄嗟に身体を傾けると、刀はベルナルドの左ほほを掠め、傷をつけた。
ベルナルドの周囲の地面はスプラッシュで全面が水浸しであったが、そうでなかったらクロキの足音を勘付けず、反応できなかったであろう。
「圧倒的にあんたが不利だぜ!」
そう言いながらベルナルドが剣を振るうとクロキは距離を取る。
「どうかな?」
クロキがニヤリと笑う。
顔面への攻撃に対し、オートガードは発動しなかった。つまり、オートガードが発動するのは鎧に対して攻撃を受けたとき。クロキはそう確信した。
「ストレイ・ドラゴン!」
ベルナルドが足元の水に手を当てて魔法を唱えると、ベルナルドの手の前方に水が集まっていき、ドラゴンの形となる。
水系魔法ストレイ・ドラゴン。周囲に大量の水分がなくては使えない魔法だが、これまでの戦いで放たれた水が街中にあった。レヴィアタンの鎧で魔法が強化されているためか、ドラゴンの大きさはレヴィアタンの大きさをはるかに凌ぐ。
「これで、終わりだぁぁっ!」
ベルナルドの叫びとともに水のドラゴンが咆哮を上げる。ドラゴンの咆哮は空気を揺らし、それだけで建物が吹き飛ぶ。
直撃すれば、身体は跡形もなく消し飛ぶだろう。掠っただけで、身体はバラバラになるだろう。
クロキは、ベルナルドを倒す手順を考えていた。だが、その手順の大前提として、この魔法をどうにかしなければならない。ベルナルドとクロキの距離を考えると、ドラゴンがクロキに直撃する前にベルナルドを倒すことは困難。
で、あれば―
「よし、やるか」
クロキは両のほほを2度叩いた。
ドラゴンがひと際大きな咆哮を上げ、クロキに向かってくる。
クロキは逃げるでもかわすでもなく、ドラゴンに向かって走り出した。そして、ある地点で止まる。そこは、ドラゴンの突撃による威力が最も低くなる地点。
クロキは大きく息を吐くと、ドラゴンの頭部に対し、半身になって構えた。
クロキの身体に魔素が収束する。地下闘技場の戦いで習得した魔素の感覚は、既にものにしている。後は、スキルに昇華するのみ。
ドラゴンの咆哮がクロキの髪を揺らし、額から流れる汗を吹き飛ばす。
ドラゴンを形作る水から発せられる冷気が肌に触れる。
ドラゴンが大きく口を開ける。最早クロキの視界にはドラゴンの口の中が見えるばかり。
「スキル発動!」
ドラゴンがクロキに衝突した。
周囲の瓦礫を押し流す激流だけではない。大きな水しぶきとともに周囲の地盤がめくれ上がる。
ドラゴンが消えると、その後には、大きなクレーターが残り、舞い上がった水しぶきが雨のように降り注ぐ。
ドラゴンはクロキを直撃した。クレーターの中には肉片一つ落ちていないだろう。
ベルナルドは、せめてクロキが身に着けていたものの欠片でも落ちてはいないかと、クレーターに向かって脚を踏み出した。
だが、クロキは生きていた。
水しぶきに乗って上空に打ち上げられ、ベルナルドの真上十数メートルにいた。
クロキは背中から1枚のひし形の鉄の板を取り出す。そして、鉄の板を右手で持ち、板を展開した。
それは直径70センチほどの大きな手裏剣。クロキは空中で回転し、遠心力を加え、そして、手裏剣を放す瞬間にガントレットに仕込んだ魔法石エクスプロージョンでさらに回転を加速する。
爆発音に気付き、ベルナルドが見上げたときには、鎧から発生するオートガードの水流ごと、手裏剣はベルナルドの身体を斬り、地面へと突き刺さった。
「何で……」
口から血を流すベルナルドの鎧の右肩が大きく破損している。だが、これで終わりではない。クロキは落下しつつ縦に回転しながら、再びエクスプロージョンで加速し、破損したベルナルドの鎧の右肩にブーツの踵をめり込ませた。
ベルナルドは前のめりに地面に叩きつけられる。
ベルナルドは朦朧としながら目の前に着地するクロキを見た。クロキの左腕があらぬ方向に曲がっており、ガントレットも破壊されていた。
「失敗したよ」
クロキは肩で息をしながらベルナルドに語り掛ける。
スキルは不完全ながら発動した。それはクロキの理想からはまだ遠いできで、スキルと呼ぶのも憚られるものであったが、それによってドラゴンから生き延びることができた。しかし、不完全であったため、左腕と左側の肋骨数本が骨折し、わき腹からは血が流れていた。
「だが、俺の勝ちのようだな」
クロキは立ち上がり、ベルナルドに背を向ける。
「リベンジはいつでも待ってるぜ」
そして、歩き去ろうとしたとき、ベルナルドの背後に巨大な何かが着地した。その質量の大きさに地面に散った水が大きな飛沫を上げる。