渦巻く創世の怪物
カルガナはのけぞりながら剣をかわすと、背中を地面につけ、ブレイクダンスのように回転しながら連続でアーシアを蹴り、その体勢から流れるように剣を斬り上げた。
カルガナの剣はアーシアの剣を握る手に当たった。当たった部分がちょうどガントレットであったためアーシアに傷をつけることはできなかったが、腕が弾かれ、がら空きにアーシアのボディを盾の縁で間髪入れず強く殴った。
「ガハッ」
アーシアが苦悶の表情で腹部を押さえながら後ろに下がる。
ちょうどカルガナ立ち上がったところで、イヴァーノがカルガナに斬りかかってきたが、またもやカルガナは盾で剣を受けた。すると――
「カオリっ、今なら魔法を使えます!」
意外なカルガナの助言。カオリは迷わず空気の球を作りだし、イヴァーノの背中の三つ首のうち毒を吐く首と雷を吐く首の近くで破裂させると、それら2つの首を氷で覆った。
「ちぃっ、小癪な」
イヴァーノは氷を溶かそうと真ん中の蛇の首を動かそうとしたため、カオリは氷を解かされまいと、炎を吐く首に向かって薙刀を振り下ろした。
ガキンッ
イヴァーノの鎧は普通の鎧とは比べ物にならないほどに固い。カオリの薙刀は傷をつけるのみ。
「もう一度っ!」
カオリが叫ぶ。
カルガナがそれに応じるようにイヴァーノに斬り掛かった後、その場で横に回転しつつ、左腕の盾でイヴァーノの顔面を殴った。
カルガナの盾が顔面に直撃すれば脳震盪を起こさせることもできたが、イヴァーノとの身長差のため、胸元の鎧にも当たったことによりダメージが低減し、気絶させるには至らなかった。
イヴァーノはよろつきながらも直ぐに体制を立て直し、両手で剣を振ろ下ろし、受け止めたカルガナを大きく吹っ飛ばした。
イヴァーノが一気に勝負をつけようと、カルガナを追撃する構えを見せたそのとき、
「ありがとうございます」
背後にいるカオリの言葉にイヴァーノの背筋が冷たくなる。
咄嗟に振り向くとカオリの身体を濃密な魔素が包んでいた。
薙刀の刀身を空気の膜が覆っている。その空気の膜はバブルシールドのよう。しかし、魔素の濃度が段違いだ。
「ラプチャーブレイド!」
薙刀の刀身を包む空気の膜が破裂し、刀身を包むように魔法の刀身を創り上げた。
「行くわよっ!」
カオリが薙刀を頭の上で回転させながら跳び上がる。
イヴァーノが氷に包まれていない蛇の首で炎を吐き出しカオリを迎撃したが、カオリは動きを止めない。
「くそ、ファイアー・ボ――」
イヴァーノが、今度はファイアー・ボムでカオリを迎撃しようとしたとき、カルガナがイヴァーノを背中から蹴り、イヴァーノはバランスを崩した。
「アーシア!」
イヴァーノがアーシアに助けを求める前に、アーシアは高速でカオリに向かって突撃していた。
風を巻き起こし、魔法を無効化することが今はできない。それをすれば、イヴァーノのアジ・ダハーカをも消してしまう。カオリの魔法を止めるには、アーシアが直接カオリに触れる以外に方法はない。
アンズーの鎧によるスピードならば十分に間に合うはずであった。いつもならば。
しかし、突然、アーシアが失速する。
序盤にカルガナにつけられた脇の傷からの出血が止まっていなかった。動くたびに傷が広がり、多量の出血をしていた。もともと貧血の体質であったアーシアは、この瞬間にめまいを起こしたのだった。
「あああああっつ!」
カオリの叫び声とともに、薙刀はダイヤモンドのごとく固いアジ・ダハーカの鎧ごと、イヴァーノを右肩から袈裟斬りにした。
イヴァーノは血を大きく噴き出し、前のめりに倒れ伏す。
アーシアは地面に手を突き、頭を振りながら顔を上げた。
朦朧とする視界がはっきりすると、目の前には白いズボンの上にえんじ色のドレス。そして、顔を見ようと見上げると、カルガナの剣が目の前に現れ、視界が暗転した。
アーシアから剣を抜くと、返り血がカルガナの顔についた。
「怪我はありませんか? ふふ、お互い汚れてしまいましたね」
返り血で化粧をしたカルガナの顔は、月の光に照らされ、同じ女であるカオリですら劣情を感じるほど美しかった。
カオリはカルガナに見とれていたが、ハッして周りを見渡すと、イヴァーノとアーシアが纏っていた鎧は消え去り、地面に大きな血の水たまりを作っていた。
「カルガナ様、ひとまず宿に戻りましょう」
「そうですね、でも、クロキは?」
「あの人は、ひとまず放っておいても大丈夫です。それよりもカルガナ様は安全なところに」
宿が本当に安全かどうかは確信的には言えないが、ルースやほかの護衛部隊と一緒にいる方が、少なくともここで孤立するよりも安全であることは間違いなかった。
クロキがベルナルドと斬り合う舞台は、巨大なレヴィアタンの胴体の上。
クロキは、胴体をくねらせるレヴィアタンの上で、しかも、レヴィアタンの身体から発生する水流から繰り出される水の鞭をかわしながら、ベルナルドを押していた。
上下左右に揺れるレヴィアタンの胴体は、使い手であるベルナルドでも血の滲む訓練を経て、ようやく戦うことができるほどとなったにもかかわらず、クロキは今、ベルナルドの目の前で完全に対応している。
「あんた、一体何モンだ、何でまともに戦える?」
ベルナルドの問いにクロキは水の鞭をかわしながら答える。
「いや、やりづらくってたまらねえよ。でも、ジェットコースターの上で戦ったときよりは、どうってことないな」
「ジェット……?」
クロキがベルナルドとの距離を詰めようとしたため、ベルナルドはクロキの攻撃をガードをしようと待ち構えていたが、突然レヴィアタンが上下にのたうち、と同時にベルナルドの目の前からクロキが消えた。
ベルナルドは左右を見た。
しかし、視界にクロキの影はない。
しかもレヴィアタンの動きで視界が安定しない。
「止まれ、レヴィアタン」
ベルナルドの命令にレヴィアタンが動きを止める。一転して静寂が包む。
ベルナルドはじっと周囲の気配をうかがっていたが、ハッとして空を見上げた。
クロキが刀を振り被ってベルナルドに飛び掛かる。ベルナルドは剣で受けたが、クロキの勢いに膝が沈む。
「やっぱり細かいコントロールはできていないみたいだな」
クロキはそう言うと、ベルナルドを蹴った。
そして、クロキは着地すると同時に、後退しながらよろめくベルナルドに向かってナイフを投げる。ベルナルドは咄嗟にかわしたが、右腕をナイフがかすめ、血が滲む。
クロキは間髪を入れずベルナルドに向かって走り出した。だが、途中で急に止まり一歩後ずさった。その瞬間、クロキの眼の間を数本の水の鞭が襲う。真っ直ぐに進んでいたら直撃を受けていたであろう。しかし、クロキは読み切っていたように回避した。
「嘘だろ……」
クロキはレヴィアタンの動きのパターン、タイミングを見切っている。
水の鞭が消えると、その先にクロキの姿はなかった。