三つ首の黒蛇
巨大な三つ首の蛇――アジ・ダハーカが鎌首を持ち上げてカオリとカルガナを睨む。黒い体に生えた羽根がゆらゆらと動いていたかと思うと、急に制止し、同時に真ん中の首の口から火球が放たれる。
「そんなもの……!」
カオリは大きな空気の球を火球の前に移動させる。火球が空気の球にぶつかると空気の球から水が噴き出し、火球を消し去った。
続いてアジ・ダハーカの左の首が毒の球を吐き出した。カオリはその毒の球に向かってまたもや空気の球をぶつける、すると今度は空気の球が爆発し、毒を四方八方へと四散させた。
今度はカオリから仕掛けるべく、小さな空気の球をイヴァーノとアーシアに向けて移動させた。それぞれが爆発する空気の球。イヴァーノとアーシアのどちらか片方が動けばもう片方に向けて爆発させるつもりであった。
しかし、青銅色の獅子の頭を持つ大きな鳥――アンズーが、おぞましい咆哮を放つと、空気の球が全て割れてしまう。
「どうやら分が悪そうですね」
カオリの後ろに立って一部始終を見ていたカルガナがポツリと呟いた。
「い、いえ、大丈夫です。王妃様はこのまま私の後ろにいてください」
ここで王妃を守ることができるのは自分だけ、異邦人として類まれなる力を持つ自分ならばここを潜り抜けることができる。カオリはそう自分に言い聞かせていた。
カルガナは、足元に落ちていたメソジック帝国軍の兵士の盾を左手に持ち、そして、剣を右手に握ると、刀身を月に照らして眺め始めた。
「ちょっ、何してるんですか、危ないですよ!」
カオリがカルガナの行動に気付き慌てて注意した。
「敵から目を離してはなりませんよ」
「えっ?」
カオリが振り返ると、アジ・ダハーカの放つ火球が向かって来ていた。そして、火球の背後から向かってくるイヴァーノの姿。
カオリは空気の球を自分の正面に移動させて火球を防御しようとしたが、アーシアが乗ったアンズーが横から現れて空気の球に突撃し、全て割ってしまった。
「あっ……?」
今、カオリはアンズーがぶつかる前に空気の球に込めた属性を発動させようとした。しかし、できなかった。
「それなら……」
違和感を感じながらも、カオリは薙刀と自分の身体を空気の膜で包む。
バブルシールド。空気の膜によって、あらゆる環境の変化に耐性がつく。砂漠、水中、極地――言い換えると、あらゆる属性に強くなる。無論武器に纏わせることによって、武器にも熱や凍結などの属性への耐性を付与することも可能。
カオリはバブルシールドで身体を覆った状態で火球に向かって跳び上がり、火球を一刀両断にした。そして返す刃でイヴァーノに斬りかかる。
イヴァーノは剣で薙刀を受け止めたが、その威力で後ろに吹っ飛ばされた。
「もらった」
イヴァーノの呟きにカオリは慌てて背後のカルガナを振り向いた。
空気の球を割ったアンズーはどこに……いや、後ろにいた。カルガナに向かっている。アンズーの爪とアーシアの剣がカルガナを狙っている。
間に合わない。
カオリは目を伏せた。金属音が響き、苦痛の声が耳に届く。
「戦士ならば、死ぬその瞬間まで目を開きなさい」
すぐ横でカルガナの声が聞こえ、カオリは目を開けた。
カオリの目の前に立つカルガナは無傷。
「アーシア、大丈夫か」
イヴァーノがアーシアを気遣う。
アーシアがアンズーに乗ってカルガナを襲ったとき、カオリだけでなく、アーシアもイヴァーノもカルガナの死を疑わなかった。だが、カルガナはアンズーの爪を盾で受け流すと、アーシアの剣もかわし、逆にアーシアの左腋の下を剣で突き刺したのだ。
アーシアは左腋に右手を挟み、なんとか止血をしているが、傷は深く、血が溢れ止まらない。
「相手はなかなかの手練れと見えます。ならば一人より二人の方が良いでしょう」
「カルガナ様、ですが……」
「迷惑はかけませんよ。こう見えても剣の腕には自信があります。さあ、行きましょう」
カオリは、驚きと戸惑いを、息を吐いて吹き飛ばした。
「はい、背中、お願いします」
カオリは左腕を前に、カルガナは右腕を前にして背中をつけるように並び、構えた。
「イヴァーノ、『奥の手』を使う?」
アーシアが苦痛に顔を歪めながらイヴァーノに聞いた。
「いや、まだだ、『奥の手』を使うのは、奴らの手の内を見てからだ。
そう言うとイヴァーノはアジ・ダハーカをカオリとカルガナに突撃させた。
イヴァーノはカルガナに注目していた。先ほどの動き、かなりの腕前である。奥の手を使う前に底を知っておきたい。
イヴァーノは、自身も剣を握り、アジ・ダハーカの巨体で死角となる位置を取りながらカルガナに向かっていった。
アジ・ダハーカは羽根を広げ、少し浮遊すると押しつぶすようにカオリとカルガナの真上から体当たりをしてきた。カオリは自分とカルガナの近くの空気の球を破裂させ、空気の球から突風を巻き起こし、その突風に乗ってカオリとカルガナは、アジ・ダハーカの攻撃を回避した。
アジ・ダハーカの巨躯による体当たりで周囲の建物が吹き飛び、周囲は一瞬にして更地となる。
アジ・ダハーカは続けて火球と毒の球と、そして右の首からは雷を吐き出した。カオリはそれぞれの攻撃に最適な属性の空気の球を当てようとしたが、アンズーの咆哮によって半分ほどの空気の球が破裂してしまう。
やはり、アンズーによって破裂させられる寸前で属性攻撃を発動させようとしても上手く発動させることができない。
幸運なことに、雷に対しては残った空気の球による水の属性攻撃によって空中で放電させ切ることがきた。火球は先ほどと同じようにバブルシールドで身体を覆ったカオリが薙刀で切断し、続けて毒の球を切断しようとしたとき、アンズーがカオリに接近し、噛みついてきた。
カオリは薙刀の柄でアンズーの牙を受け止めると。ひねりながら受け流し、そして、毒の球の間際まで接近し、いざ切断、と思ったそのとき、身体を覆う空気の膜が消えていることに気付いた。
「これは……ヤバ……!」
もはや回避は間に合わない。
カオリは空中で身を丸めながら、毒の球の直撃を受けてしまった。
毒を身体に受け、顔を歪めながら倒れ伏すカオリを、アジ・ダハーカの左の首が襲う。だが、カルガナの投げた盾がその首の片目に当たり、アジ・ダハーカは怯んだ。イヴァーノはその間にカルガナに接近し、カルガナに斬りかかる。
首を斬るように真横に振った剣は空を切った。
カルガナは、身を屈めてイヴァーノの剣をかわすと、そのまま走り出し、走りながら近くに落ちている盾を拾う。
イヴァーノは、カルガナ目掛けて火系魔法ファイアーボールを唱えたが、カルガナは振り向き様に盾で火球を撃ち返す。イヴァーノは弾き返された火球をギリギリで回避し、体勢を立て直しつつカルガナを見ると、カルガナは月に覆いかぶさるように跳び上がり、イヴァーノに向かって力任せに剣を振り降ろした。