因縁の始まり
グイードが手を前方に向けると、フェニックスが衝突した地面から火柱が上がり、その中からフェニックスが復活した。
「さあ、また行くぜ!」
グイードはフェニックスを従えて、再びクロキを攻撃しようとしたが、さっきまでクロキがいた所にその姿がない。フェニックスが復活する際の火柱でクロキの姿が一瞬隠れた。その一瞬でクロキを見失った。
(落ち着け、遠くにはいっていない。そうだ、こういうときこそ、フェニックスを使って――)
グイードが思考を巡らせ、次の行動を決めたときには既に遅し。
グイードの顔の右側、額、眼、頬に何かが突き刺さる。
グイードには視認することはできないが、それはクロキの投げたナイフ。刺さる直前にグイードがわずかに顔を動かしていたため、刺さりは浅く、致命傷ではない。
が――
「な、何だ、これ。」
激しい痛みと流れる血。グイードは刺さったものを確認しようと右手を顔に近づけるが、触れるのが恐ろしく、右手はただ震えるばかりであった。
その直後、グイードの背に熱い感触。
斬られた。
グイードが振り向くと、クロキの刀の切っ先がグイードの喉元を狙っていた。
「いちいち判断が遅いぞ」
クロキが刀をグイードに突き刺そうとした間際、フェニックスが突進し、グイードを巻き込みながらクロキに体当たりをしてきた。
クロキは咄嗟にかわしたが、グイードは動けず、フェニックスの体当たりの直撃を受け、大きく炎上した。
自爆か、とクロキは思い、様子を見ていたが、グイードの様子が変わる。
グイードを包む炎が一気に収束する。そして、炎から復活したフェニックスがグイードの身体にまとわりつき、炎の鎧となった。
「ま、まだだ、まだ奥の手がある」
グイードの背に炎の翼が生成され、グイードは宙へと舞い上がる。
空中でグイードが剣を振るうと炎の斬撃がクロキに向かって放たれた。しかし、斬撃の速度はさほどでもなく、クロキは悠々とかわす。
続いてグイードは炎の翼をはばたかせ、炎の羽根を飛ばすも、クロキは刀で切り払いながら走って羽根をかわしていく。
「ふははは、魔法の使えないお前では、空中にいる俺には手も足も出ないだろう」
グイードは高らかに笑う。
「果たして、本当にそうかな?」
クロキは、腰のホルダーからピンポン球サイズの黄土色の玉を三つ取り出すと、グイードに向かって投げつけた。
「そんなもの、俺には届かない!」
グイードがその場で回転すると、グイードを中心にフレアが発生し、周囲に向かって炎が放たれた。矢程度ならばこれで燃やし尽くし、石であっても弾き落す。
しかし、クロキが投げた球は、炎に触れた瞬間爆発した。クロキが投げたものは火薬の塊であった。
グイードは爆発で再びクロキを見失う。先ほどの失敗を思い出し、すぐさま防御のため周囲に炎を発生させた。
しかし放たれた炎には何の感触もない。
グイードの顔を血とともに汗が伝う。
グイードはふと思った。クロキとともにいた、どう見ても戦闘が不得手な男――ヒースを捕らえ人質にすれば……
グイードは、ヒースが先ほど身を隠した辺りの建物跡の上空でヒースを探す。
人影は見えない。だが、石壁の陰で瓦礫が動くのを見逃さなかった。
グイードはハヤブサのように高速で空中を滑空し、石壁の裏側に着地した。
「おとなしくしろ!」
グイードがヒースの腕を掴んだ瞬間、爆発音とともにグイードの右わき腹にクロキの右拳がめり込んだ。
魔法石エクスプロージョンで加速した拳により炎の鎧が砕かれ、あばらが折られ、ダメージは内臓まで達し、グイードは口から血を噴き出した。
「て、てめえ……ガフッ、仲間を、囮に、グフッ」
グイードの腕から力が抜け、ヒースから離れる。
「終わりだ」
今度は、クロキの左のガントレットが魔法石エクスプロージョンの爆発で加速し、グイードの顔面にめり込んだ。
グイードはその衝撃で回転しながら数メートル吹っ飛ばされ、瓦礫に衝突した。
グイードを包む炎の鎧が消えていく。気を失ったのか絶命したのか分からないが、戦闘は終わった。
遠くからグイードの仲間、ベルナルドの声が聞こえる。クロキはヒースとともに直ぐに遺跡を後にした。
「おい、グイード、しっかりしろ!」
ベルナルドがグイードに呼びかけるが。グイードは返事をしない。小さくも呼吸があり、まだ生きてはいるようだが重傷で一刻を争う。
「ベルナルド、早くヒールを」
五人の中で唯一の女性――アーシアがベルナルドにヒールを促した。
「だめだ、血の泡を吹いている、内臓が傷ついているようだ。下手にヒールはできんぞ」
最も背の高い青年――イヴァーノが、ベルナルドがヒールを掛けるのを止めた。
「じゃあ、仕方ないな、介錯しよう」
髪を逆立て眼鏡を掛けた青年――ミルコが剣を抜こうとしたが、
「ちょっと、何言ってんのよ、応急処置をして近くの街まで運びましょう」
とアーシアが大きな目でミルコを睨みつけると、ミルコはため息をついて剣から手を離し、どうしようもないといった風に両手を肩まで挙げた。
「グイード、待ってろよ、助けてやるからな」
ベルナルドはグイードの体勢を横にすると応急処置を始めた。そして、処置をしながら、グイードをこのような目に遭わせたのは、先ほどの黒装束の男に違いないと、復讐を心に誓ったのであった。
アーミル王国の首都パリガーサの王宮の正門から、ハミルトンが肩をいきらせて出てきた。その顔は湯気を噴き出すほどに真っ赤。
ハミルトンは王宮の前に停めていた馬車に乗ると、
「くそっ、ムカつくぜ、あの女、いずれ俺の股の間でひざまずかせてやる」
と副官グレンに向かって言った。
「あの女をどうにかしねえと、どうにもならん」
「はい、そうですね」
グレンは能面のような無表情で答える。
「とりあえず、ベルナルド隊を合流させろ」
「はい、分かりました」
「絶対に後悔させてやる。ゲヘゲヘゲヘ」
グレンが無表情で、いやらしく笑うハミルトンを見ていると、ハミルトンは急に笑うのを辞め、グレンに向かって言った。
「おい、何か言え」
「はい、それがよろしいと思います」
「そうだろう、そうだろう、ゲヘヘヘ」
ハミルトンは再びいやらしく笑い始めた。