試合終了
ルースは、しまった、と思った。
クロキとドゥエンはこれを狙っていたのか。
ハワードのスキルは強力だが、発動する直前に身体を制止させて筋肉を強張らせなければならない。ハワードの足元を不安定にさせることによってスキルの発動を防いだ上、アームドロックによってさらに鈍重となった弱点もついた。
「こんなスキルもあるなんて、参考になった」
クロキがハワードに向かって呟く。
「うおおおおっ」
ハワードが片足でバランスを取り、バスタードソードを振り上げると、クロキは一度深く息を吐き、迫り来るハワードに向かってクロキは半身になって構えた。
その様子を見ていたドゥエンは、クロキの身体にマナが収束するのを感じた。
「クロキさん、あなたは……!」
ドゥエンの身体に鳥肌が立つ。
ルースがすかさずハワードを援護するため風の矢を放とうと剣を真横に構えた。
「邪魔はさせません、よっ」
ドゥエンが地面に手をつけると、ルースの足元が隆起し、ルースはバランスを崩す。
「ちぃっ、くそっ」
ルースが舌打ちするのと同時に、ハワードのバスタードソードがクロキに向かって振り下ろされた。
クロキは猛烈な勢いで振り下ろされるバスタードソードを、宙を舞う葉のようにかわすと、ハワードの顔を殴った。
「ははっ、上手くいかねえな」
クロキは、バスタードソードが地面を追突する衝撃で弾き飛ばされ、地面に手をつきながら体勢を維持するが、ダメージで身体がきしむ。
「後は、私が」
ドゥエンがハワードの前に立ち、息を吐く。
「魔導拳、地の型」
ドゥエンの連打がハワードに突き刺さる。
拳、掌底、肘、膝、全身を使って、ハワードの頭から顔、首、胸、腹を打っていく。
ハワードの身体を覆う徐々に砂岩が剥がれていき、全面のフルプレートが露になると、ドゥエンは大きく右拳に力を込めた。
「地崩拳!」
「マーゴットぉぉぉっ!」
ハワードの叫びとともに、ドゥエンの右拳がハワードの胸に突き刺さる。
大きな衝撃で闘技場全体の空気が揺れた。
しばしの間の後で、ドゥエンが拳を引くとハワードはゆっくりと前のめりに倒れた。
続けてドゥエンはルースを向くと、走り出す。
「走狗蹴撃!」
ドゥエンが叫びながら印を結ぶように手を動かすと、ドゥエンが踏み込んだ足元の地面が突き出し、ドゥエンは突き出した地面に打ち出されるようにルースに向かって跳び立った。
そして、再び手で印を結ぶように手を動かすと、今度はルースの足元が隆起し、ドゥエンに向かってルースが打ち上げられた。
「くそっ、ウインド・カーテン」
ルースは、とっさに周囲に風のうねりを作った。そして、風を利用し、空中で体制を立て直そうとしたが、その前にドゥエンの飛び蹴りがルースに命中した。
しかし、ルースを包む風のうねりでドゥエンとルースは減速しており、ダメージも一定程度防がれている。
ルースに致命傷を与えることはできず、逆にドゥエンは空中で体制を崩した状態となった。
「残念だったね!」
ルースは空中を落下しながら周囲の風を収束させ大きな風の刃を作り出し、ドゥエンに向かって放とうとした。そのとき、突然、背中に強い痛みを感じ、思わず魔法が解けてしまう。
背中にはクロキが投げたナイフが刺さっている。
ルースはそのまま地面に落下し、落下の衝撃でナイフがさらに深く刺さった。
ドゥエンは着地すると、またもや足元の地面を隆起させ、その隆起に合わせて上空に跳び上がると、一回転しながらルースの身体の上に勢いよく両足で着地した。
ルースの吐く血がドゥエンの身体を汚す。
観客はざわついた。
マーゴットは一連の攻防に、瞬きを忘れて見入っていた。マーゴットの半開きの口からタバコが落ちる。
レフェリーがはっと気づき、ハワードとルースが動かないと見るや、闘技場中央まで走って行き、
「勝者、ドゥエン、クロキ!」
と勝ち名乗りを上げると、クロキとドゥエンは勢いよくハイタッチをした。
闘技場の控室で怪我の手当てを受けているクロキとドゥエンの元に、マーゴットが手下とともにやってきて、2試合の利益を報告した。
「おいっ、賭け金総額から言って、儲けは十万ランテはいくはずだろう。なんで足りない!」
クロキが怒りを露にする。
「仕方ないだろう、経費ってものがあるんだからさ。今日の儲けは実質三千ランテさ。だから明日以降も働いてもらうよ」
「ふざけるなよ」
もちろんマーゴットは吹っ掛けている。
今日1日の経費を引いたとしても利益は3万ランテを超えているが、闘技場のチャンピオンであるハワードを倒した2人が生み出すこれからの利益を計算すると、ここで手放すという選択肢はなかった。
「それは、さすがの私たちも穏やかではいられないですね」
ドゥエンが立ち上がり、殺気を放つ。
マーゴットの手下たちは無意識に後ずさりをしていた。
「チャンピオンはさっき倒した。だったらもうあいつ以上の奴はいないよな。それじゃあ……今、どっちの人質の方がでかいのか、分からないわけではないだろう?」
クロキもマーゴットに鋭い視線を向ける。
「マーゴット、辞めた方が良い。彼らをてなずけるのは無理だ」
マーゴットが振り向くと、松葉杖をついたハワードが控室に入ってきた。そして、その後にはルースの姿も見える。
「ああん? 分かったような口きいてんじゃないよ。こいつらにはきっちり債務を返済してもらわなくっちゃならないんだよ」
マーゴットがハワードを睨みつけた。
「さすがの俺でも、マーゴットが吹っ掛けていることぐらいは分かるぞ。それにさっきの試合を見たろ。彼らが本気なら、君はもう死んでる」
マーゴットが舌打ちをする。そこにルースが割って入った。
「まあまあ、それに、異邦人を拘束するのは無理だぜ、国に管理されているからなぁ。これがばれたら彼らが何もしなくても軍がつぶしに来る。ここは素直に道理を貫いた方が利口だと思うがね?」
ハワードとルースの脅しともとれる説得に、さすがのマーゴットもしぶしぶ承知し、クロキとドゥエンは解放された。