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無魔力者

 周囲に声を感じ、クロキは眼を開けた。


 ビビッドな赤が眼に飛び込む。


 その赤色を視線でなぞるように顔を上げると、その先に瀟洒な椅子――玉座に白いひげを蓄えた老人が埋もれながら、身の丈ほどの杖を手にした高齢の男と何かを話していた。


 やはり話す言葉が分からないが、玉座の老人は残念そうにため息をつく。


 クロキは周囲を見回した。

 高い天井には、樹や花や、生き物が描かれ、天井と床とをつなぐ太い柱は、まるでギリシャの神殿のようであった。

 とても広い部屋の奥で玉座に鎮座する老人の足元から真っすぐに延びた赤い絨毯の上、ちょうど部屋の真ん中で、クロキは縛られたまま座らされていた。


 絨毯に端に沿うように貴族のような風体の男たち、また、二階部分にも同じような男たちが数人並んでおり、皆、玉座の老人と杖の老人の会話に注目していた。

 そして、クロキの真後ろには、甲冑に身を包んだ男が三人。そのうちの一人が、クロキが目覚めたことに気付き、玉座に向かって声を出した。


 室内がざわめく。

 クロキは、居心地の悪さを感じながら、玉座を見つめた。


 杖の老人が、クロキに歩み寄り、クロキに向かって話しかけるが、クロキが言葉を理解できないことに気付くと、杖の先の大きな透明な水晶玉をクロキの額に付け、ブツブツと何かを唱え始めた。

 水晶玉が輝き、そして静まる。


「私の言葉が分かるかね。」


 老人の言葉の意味が違和感なく頭に入ってきた。


「あ、ああ……」


 クロキは驚きを隠せなかった。


「一体、何をしたん……ですか?」

「我々の言葉を操ることができるようにする術を掛けた。『魔法』と言った方が君には分かりやすいかな」


 クロキは声を失う。男は続ける。


「私の名は、クラウズという。さて、いくつか質問に答えてほしい。良いかね。まず、君の名は?」

「え…あ、クロキです」


 クラウズの脇に控える若い女が紙にメモをする。


「年齢は」

「二十七歳です」

「持病はあるかね」

「いえ、ないです」

「君の世界での生業は」


 クロキは一瞬考え、

「公務員……いえ、役人でした」と答えた。


 政府からの命を受けて仕事をしていたのだ、国に仕えるという意味では嘘ではない。


「役人か。役職は」

「最も低い役職でした」

「下級ということか」


 そう言うとクラウズは脇に立つ女の手元を見て、つつがなく記録できていることを確認すると、再び杖の先の水晶をクロキの額につけた。


「では、私の言葉を復唱してほしい」


 クラウズは一旦息を整えると、


「アトゥイ・カッ・クイル」と発した。


 クロキは復唱する。


「アトゥイ・カ・クイル」

「もう一度。アトゥイ・カッ・クイル」

「アトゥイ・カ・クイル」

「『カ』ではなく『カッ』」


 どうやら「カッ」の発音が違うらしく、何度か繰り返す。


「ではもう一度、アトゥイ・カッ・クイル」

「アトゥイ・カッ・クイル」


 クラウズは再び呪文を発することなくクロキを見つめた。


 室内に静寂が流れる。 


 しかし、何かが起きる様子はなく、まだ発音が違っているのかとクロキは少々面倒くさく感じ始めたが、クラウズはクロキの額から杖を降ろし、玉座を振り向いた。


「モンベルト様。見ての通りでございます。水見法でも、騒身法でも、そして、魔測式でも反応はございませんでした。この者には魔力がございません、無魔力者(ノマド)にございます」


 部屋中に落胆が満ちる。


「バカな」

「何ということだ」

「使えんな」


 そんな声がそこかしこから聞こえてくる。

 そして、何より落胆していたのが、玉座に座るモンベルトであった。


「せっかく召喚した者が無魔力者(ノマド)とは、全くついていない。もうよい、『外れ』の処置は任せた」


 そう言い残し、モンベルトは席を立った。クラウズもモンベルトに付き添うように部屋を出て行く。

 部屋にいた貴族たちは、ある者は呆れ、ある者は嘲り、ある者は落胆しながら部屋を出て行き、10人ほどが部屋に残った。


 半ば放置されていたクロキに1人の男が近寄る。青い衣装を身にまとい、オールバックに固めた茶色い髪に、口の上のひげの先は真上を向いている。


「さて、君には大変無礼であったとは思うが、国家事業が上手くいかなかったということも理解してほしい。おっと、失礼、私の名はカイゼル。この国の総務大臣をしている者だ」

「ここは、どこなんですか」

「ここ、とは、この城のことかね、それともこの国、それとも、この世界かね」

「『この世界』とは、どういう……?」


 カイゼルはコホンと一度咳ばらいをした。


「この世界は、君のいた世界とは別の世界だ。我々が君をこの世界に召喚したのだ。」


 ショウカン?償還?召還?

 クロキの頭にいくつもの言葉が浮かんでは消え、そして、召喚という文字が残った。


「驚くのも無理はない。だが、君は薄々感づいていたのでは?君たちの世界には、パラレルワールドという概念があって、別の世界の存在を予測していたとか。そして、魔法については書物やエイガというものに描かれていると聞いた」


 その通りであった、クロキは、山の中で電撃を受けた時点で、フィクションと思っていた魔法の世界と、この世界が重なり始めていた。


「先ほどの方のお話は」

「魔力とは、魔法を使うために必要な『素養』と言っていいだろう。魔力がなければこのように魔法を使うことができない。」


 カイゼルの手の平の上に水の球が生成され、そして弾けた。


「君たちの世界の者――我々は『異邦人』と呼んでいるが、異邦人は、我々この世界の者よりも強い魔力を持っていることが多い。そのため、国の発展のために異邦人を召喚しているのだ。だが、ごく稀に異邦人でありながら魔力を持たない者が召喚される。それが君だ。ここまでで何か質問はあるかね」


 一気に情報が流し込まれたが、クロキはカイゼルの話を受け入れていた。


 その上で、ある思いがクロキの中に沸き起こった。


「今回、召喚されたのは、自分一人だけですか」


 クロキの意外な質問にカイゼルは不思議そうな顔をしながら、後ろに控える貴族を振り向くと、その貴族は首を振った。


「今日、召喚を確認したのは君だけだね。それがどうかしたのかね」


 つまり、カミムラは一緒に召喚されていないということだ。クロキは続けて質問する。


「元の世界に戻る方法はあるんですか」

「君の世界に未練があるのかね。家族、それとも生業かい」


 あの後を知りたかった。ビルから落ちた後を。街は無事なのか。カミムラは死んだのか…。

 カミムラの死に様を見なければ、クロキの目的は未完のままだ。


 カイゼルは少し考えて、口を開けた。


「実のところ、この世界への召喚は行っているが、君の世界に何かを送ったことがない」


 クロキは、赤い絨毯に視線を落とした。


「だが、召喚とは二つの世界をつなげること。であれば、君の世界に行く方法もある、と思う。時間は掛かるだろうがこれから研究させよう。まあ、いずれにしても二つの世界をつなげられるのは一年に一回、青葉繁る季節の三つ目の満月の次の日のみ。また一年後だ」


 一年後。


 一年間はこの世界で過ごさなければならない。


 クロキには、遠い将来のように感じた。だが、それしか方法がないのであれば――


「よろしく……お願いします」


 クロキは床に額が付くほどに深々と頭を下げた。


「うむ。だが、ギブアンドテイクだ。魔法は使えずとも、剣を振るうことはできよう。一兵卒として有事の際には戦うこと、これが条件だ。よろしいか」


 クロキは、考えることなく、「はい」とうなずいた。


「では、普段はどうしようか。衣食住を手配しなくてはね。ええと」


 カイゼルは部屋を見回し、入り口付近に立つ、給仕の老人に向かって叫んだ。


「給仕は空いていないかね。部屋もあるといい」

「申し訳ありません。ちょうど昨日二人雇ったので、人手は足りております。それに給仕用の部屋に空きはございません」


 老人は頭を下げた。


「そうか、困ったな」


 困った様子のカイゼルに、傍に立っていた貴族が提案した。


「そういえば、ヒースが助手を欲しがっておりました」

「ヒースか、それは良い、異邦人で無魔力者(ノマド)同士ならば居心地も悪くなかろう。うん、そうしよう。おい、ああ、君だ、直ぐにヒースを呼んできてくれ」


 そう言ってカイゼルは、一人の兵士を使いに出した。


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