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目覚めるとそこは山の中

 瞼にかすかな光を感じ、ゆっくりと目を開けると揺れ動く光が視界に入る。


 新緑の隙間から覗く木漏れ日が、クロキを包んでいた。


 草木の暖かな香りが鼻の奥に抜け、耳に入る葉擦れの音が心地良い。

 ほほに触れる葉にくすぐったさを感じ、クロキは身体を起こした。


 寝起きのように朦朧とした頭でクロキは足元に咲く白い花をしばらく眺めていたが、日の光が刺すように突如として頭にかかっていた霧が晴れ、慌てて周囲を見回した。


 確かにさっきまで街中にいた。


 ビルから落下した。


 だが、ここはどう見ても森の中、いや山の中だろうか。

 いつの間にか気を失い、その間に何かがあってここまで飛ばされたのか。

 ビルから落ちたときは夜中であったが、今はどう見ても昼間。太陽の位置からすると、おそらく昼どき。

 どれくらい気を失っていたのか。半日か、それとも一日以上か。


 クロキは自分の身体を確認する。

 身に着けているものは気を失う前と変わらない。ビルのガラスを突き破ったときの全身の擦過傷もまだ痛む。そして、右肩にはジャックにつけられた裂傷もあり、血でにじんでいた。


 クロキが自分の身体の状態と、周囲の状況を確認していると、遠くから何かが聞こえてくる。

 人の声だ。

 声を掛け合っているようだが、何を言っているかは聞き取れない。その声と、草を踏む音が徐々にクロキに近づいてくる。

 クロキは、目の前の大木を駆け上り、大木の上に身を隠した。


 草を踏むを音が少しずつ大きくなり、山の下の方から鍬を持った男が現れた。

 男は、クロキが倒れていた所――ちょうど草が倒れている所をしばらく調べ、不意に大きな声を上げると、その声を合図に、その男と同じような鍬や鋤を持った数人の男たちが集まってきた。

 男たちの格好は、さながら中世ヨーロッパの農民のようであり、まるで映画の撮影をしているかのよう。


 しかし、クロキを警戒させたのは、男たちの格好というよりも、話す言葉を聞いたためである。


 その言葉は、クロキの知るどの言語とも異なっていた。

 エージェントとして数か国語を操るクロキであったが、男たちの話を理解することができない。

 こんなことは今までになかった。その言語を知らなくても、大体どの地域で話されている言語であるか判別がつく程度には外国語を習得していたつもりであった。

 気候、植生、彼らの格好から見てここはヨーロッパ圏であろうとクロキは推測したが、イタリア語ともフランス語とも違う。昔、少しかじったラテン語に似ているように感じたが、それとも違っていた。


 男たちは再び別れて行動を始めた。

 彼らの言葉は分からずとも、彼らの目的――クロキを探していることは何となく察することができたため、クロキは樹の上から男たちの動きを把握すると、見つからないように樹を降り、山を下り始めた。


 ここがどこかは分からない。植生から標高が高い山ではなさそうだが、周辺の状況が分からないため、麓までどれだけかかるか予測できない。


 こんな風にあてもなく山を下っていると、かつて、ある犯罪組織に拉致され、山中のアジトから脱出したときのことを思い出す。あのときは、深い山の中で2日間彷徨った。


 しばらく山を下ると岩の隙間から水が湧いているのを見つけ、クロキは長らく何も口にしていないことに気付き、湧水で喉を潤した。


 クロキはその場で木に寄り掛かりながら少し休憩を取っていると、ふと思い出し、上着の内ポケットからスマートフォンを取り出して画面を見た。


 電波はない。


 諦めて再び内ポケットに収めようとしたところで、慌ててもう一度画面を見た。


 スマートフォンの画面には午前0時35分と表示されている。


 ビルに侵入したときから1時間程度しか経っていないことになる。

 モニュメントの爆発の衝撃で狂ったものと思い、今度は腕時計を見たが、腕時計も同じ時刻を指していた。


 クロキに言い知れぬ焦燥感が沸き起こる。


 クロキは立ち上がると、湧水が流れ行く方向へと歩みを進めた。





 木々の隙間から、遠く建物と屋根が見える。どうやら街であるようだ。

 直線距離にして10キロ程だろうか。まだまだ距離はあるが、何も分からず歩いているよりは遥かに良い。


 クロキは街に向かって目下の急斜面を駆け下り始めた。走れば1時間程度で着くだろう。


 街に着いた後のことを考えながらクロキは駆け下りていたが、しばらく走っていると自分と同じように山中を走る存在に気が付いた。


 速度を緩めずに走りながら耳を澄ます。

 左手側斜面下、右手側斜面上、そして後ろ。少なくとも3人がクロキと並走している。

 速度を上げて引き離すことも考えたが、彼らがこの山の地形に明るかった場合、彼らを見失う方が危険である。


 クロキは速度を維持したまま、突然目の前の樹を駆け上った。

 樹の上の生い茂った葉の間に身を隠し、クロキは周囲、そして、樹の下を注意深く観察していると、クロキを背後から追いかけていた者がクロキのいる樹の真下で立ち止まり樹の上を見上げた。


 クロキは音もなくその並走者の背後に着地する。

 そして、静かに両手を広げた。両手の間にはワイヤー。

 クロキが並走者の首にワイヤーを掛けようした瞬間、右手側から何かが飛んでくる気配を感じてクロキは咄嗟に身をかわした。

 クロキの鼻先をかすめ、左手の樹の幹に刺さるそれは、矢であった。思わず、矢が放たれた方向を見上げる。樹の陰に何者かが身を隠すのが見える。

 クロキは、視線を元に戻すと即座に身体を仰け反らせた。クロキの身体の上をソードが滑る。クロキはそのまま後方に回転し、距離を取る。


 目の前の男――クロキとそう変わらない年齢の男は、まるでファンタジーの冒険者のような軽装備で、手にはソードが握られていた。

 クロキは目を疑ったが、考える間もなく、男の追撃を受けた。


「ノイレジットゥ」


 そう言いながら男は2度、3度とソードを振る。


「何言ってんのか、分かんねえよ」


 クロキは、右手斜面から狙いを定める射手を警戒し、緩急をつけた動きで樹の陰から陰へと移動しながら男のソードをかわす。そして、男がソードを振り被ったところで、すかさず男の腹部を蹴り飛ばした。

 男は呻きを上げて尻もちをつく。


 クロキは背中から刀を抜き、追撃しようとしたが、足元目掛けて矢が放たれたため再び距離を取った。

 その間にソードの男が立ち上がる。すぐに攻めてくるものとクロキは構えたが、男は落ち付いた様子で、ソードを脇に構えた。


 深い集中。そして、鋭い殺気がクロキを刺す。


 クロキの本能が危険であると言っている。


「ハブラクティブ」


 男はそう呟くと、続けて叫ぶ。


「ハイレシオンッ」


 男はクロキに向かって突進し、下から上へと斬り上げる。

 だが、クロキは逆に間合いを詰めつつ、男のソードがクロキに到達する前に、男の喉に刀を突き刺した。


 感触がない。


 まるで宙をついたように、何の感触もない。


 そして、刀で突いたところから、男の姿が霧散していく。


 予想だにしない結果に体制を崩すクロキを待っていたかのように、再び男がクロキに迫る。男は、突き出されたクロキの刀をソードで上から払うと、返す刃でクロキを切りつけた。

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