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襲い来るイルマ

「私の勝ちよ。このまま姫様を連れて行くわ。邪魔をするなら姫様を殺す」

「ち、くしょう……」


 スージーが歯ぎしりをする。

 こいつは本気でナイアを殺すだろう。ここでナイアの命を奪っても、何らかの魔法で生きていると装って利用することができる。

 そして、スージーとフリッツがナイアを見捨てることができないことも分かっている。


「ど、どうするの?」


 フリッツが泣きそうな顔でスージーに聞くが、それはスージーの苛立ちを増幅させるだけ。


「知らないわよ、もう、どうしようもないわよ!」


 マオが一瞬でも隙を見せれば。スウィフトで一気に距離を詰めて何とかすることもできるが、マオがそれを許す筈もない。そう、案の定――


「じゃあ、全員、眠ってもらいましょうか」


 マオがサイレンを唱えようと口を開いた。

 これでスージーもフリッツも眠らされ、その後で確実に永遠の眠りへと落とされる。

 スージーが死を覚悟したそのとき、


「ぐぅっ!」


 マオが苦悶の声を上げてナイアを突き飛ばした。


 ナイアの手には短剣が握られていた。マオのわき腹をその短剣で刺したのだ。


「ご、ごめんなさい、マオ、で、でも……こうするしか」


 ナイアが泣きながら謝るのを見るマオの表情は、ただ驚きばかり。ナイアの手に握られた短剣とナイアの顔を交互に見ていた。


「ナイア、伏せて!」


 スージーの声に反応し、ナイアが伏せると、長く伸びたスージーのガントレットのかぎ爪がナイアの頭上を通過し、マオの身体に傷をつけた。


 マオがスージーを見る。その顔に怒りはない。悲し気な表情。その表情のまま、剣をナイアに向けた。

 スージーはマオに接近しつつかぎ爪の長さを元に戻すと、かぎ爪でマオの身体を貫いた。


 かぎ爪を抜くと、マオは口からも血を流しながらその場に倒れ息絶えた。


「うあああ……」


 泣き叫ぶナイアをスージーは抱き寄せる。

 信じていた者に裏切られ、自分の手で傷つけたのだ。騎士であるスージーにとって、敵を攻撃することは当然のこと。何の感情も抱かない。だが、ナイアにとっては初めての経験に違いない。


 ナイアを抱いたままスージーがフリッツを見ると。フリッツはホッとしたように壁に寄り掛かりながら肩と太ももの傷の応急処置をしていた。

 しかし、その奥、シアラが倒れていた位置を見ると、そこにシアラはいなかった。

 思ったよりは傷が浅かったようだ。逃してしまったが、フリッツにもスージーにも追い掛ける体力は残っていなかった。




「リュウイチロウッ!」


 悪魔と化したイルマが隼のごとく猛スピードで接近し、リュウイチロウに向かって手刀を放った。


「何だ、その姿は!」


 リュウイチロウは手刀をまともに受け止めるのは危険と直感的に察知し、刀で巧みに受け流し、逆にイルマの身体に蹴りを入れたが、足に伝わる感触はまるで鋼。


 リュウイチロウは距離を取ってイルマを観察する。

 顔こそイルマだが、頭部に一本の角が生え、黒い体毛に覆われ、背中には大きな黒い翼。


「魔性の者に成り下がったか」

「ウルセエ……オ前サエ、コノ国ニ来ナケレバ、俺ハモット上ニイケタンダ」

「私欲か……堕ちたなイルマ」

「ダマレッ!」


 イルマは口を開けると、口から巨大な黒い火球を放った。

 リュウイチロウはライフルを構えるとその中心に向かって魔力の弾を撃つ。

 イルマの黒い火球とリュウイチロウの魔力の弾が衝突し、大きく爆発した。


「ハッ……マダマダァッ」


 イルマが叫ぶ。

 と、そのとき――


「黙れ、死にぞこないがっ」

「ア……」


 イルマの背後にクロキが現れ、ちょうど振り向いたイルマの左目に刀を突き立てた。

 クロキが刀を深く抉ってから抜いて着地すると、間髪入れずにリュウイチロウがイルマに接近し、刀を振り上げた。


「魔力装纏、蹈節死義!」


 魔力を纏った刀でイルマを斬る。

 クロキの刀ではイルマに傷をつけることもできなかった。だが、なんとリュウイチロウはイルマの右腕を切断した。


「グアアアッ!」


 イルマが思わず後ずさる。


「あれは一体どうしたことだ」


 イルマから目を離さずにリュウイチロウがクロキに聞いた。


「あれは古代の戦争で使われたという超人薬、カミムラは『神兵』と呼んでいますが」

「『神兵』……気に食わん名前だが、あの戦闘能力は脅威だ」

「ええ……力、スピード、耐久力だけでなく、再生力も備わって……ほらあのように」


 クロキが示す先で、イルマは切断された左腕と抉られた左目を再生させていた。


「どうやって倒す」


 リュウイチロウは刀を構えながらクロキに問う。


「前に倒したときはブラックホールに放り込んだんですが……そうですね、考え得る手段としては、頭部を破壊すること、ですかね。さっきは失敗しましたが」

「確かに、それが一番倒せる可能性が高いな」

「ええ、とにかく奴をここで倒さなくてはなりません。奴が首都に入れば、おそらく奴一人に全市民が蹂躙されます」

「ふ……」


 リュウイチロウがふと笑った。


「どうかしましたか?」

「いや、復讐しか考えていないと言っていた割に、街の人々のこともちゃんと考えているではないか」


 この世界での自分の目的はただ一つ、カミムラを殺すことだけ。そう思っていたが、自然と力のない街の人々のことを考えていた。リュウイチロウに言われ、よく考えると、おかしなことだなとクロキは思った。


「なに、それで良いんだ、『己を捨て、ただ国のために戦うべし』それが俺のいた黄泉津部隊の理念だった」


 リュウイチロウの言葉にクロキは思い出した。

 クロキの所属していたエージェンツ・ブラックの理念、それは「人々のために影となる」。それはエージェンツ・ブラックの前身である黄泉津部隊から引き継がれたいたものであったのだ。


「呆けている暇はない。来るぞ」


 リュウイチロウが構えた。

 イルマが突進して来る。


「クロキ、いなせ!」

「はい!」

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