第十五話「タイパー狩り」
網走翔は、白鳥つばさに指定された店の前に到着した。
立て看板にネオン管で『GAME グールズ』と書いてある。
「お昼ごはんを食べるって話だけど……」
駅前の雑居ビル地下に入っているゲームセンターだった。
近所ではあったが、どうにもガラが悪いところで、翔は入ったことがなかった。
「ゲーセンに集合してから行くってことかな」
翔は躊躇しつつも、狭い入り口をくぐり、細い階段を降りていく。
壁にはゲームのポスターが貼り付けられており、上からラッカーで落書きがされていた。
いかにも悪い奴らがたむろしてそうな雰囲気だった。
不良は苦手である。
「つばささん……結構ヤバいところに出入りしてるんだな……」
控えめに言っても不良のたまり場、悪いとヤクザが麻薬の売買をしていてもおかしくない。
「いや、見た目通りと言えばその通りなんだけど」
若干失礼なことを考えつつ、ピンクと金髪が混じったパンクバンドスタイルのつばさを思い出した。
コツコツと階段を降りて、黒い扉の前に立つ。
『GAME グールズ』
光る文字で店名が書いてあるが、中は見えない。
店内から騒がしい電子音と嬌声が漏れ聞こえてくる。
威圧感のある扉に、翔は鼻白む。
「絶対やばいでしょ……」
ビクビクしながら重い扉を開けると、薄暗い店内をストロボのように照らす鈍い光が目に刺さった。
入り口から見ると、ゲームに興じている男女は十人ほど。ゲームをせず、話している者もいた。全員若い。広い店内だった。煙草の匂いが鼻につく。
ミディタイプのゲーム筺体が規則正しく並び、好き勝手に明滅している。効果音と嬌声が大波のように襲ってくる。低周波音が腹の底に響いた。
グールズは確かにゲームセンターだった。
翔が店に入ると、一瞬だけ客の視線が集まったが、すぐに興味をなくしたようにゲームに戻った。
翔はゆっくりと歩いて、客の顔を見ながらつばさを探した。
ガラの悪いやつしかいなかった。
男は眉毛が針のように細く、女は唇が血のように赤い。
客と目が合うと、もれなくガンを飛ばしてくるので、翔はすぐに視線をそらした。
怖い。
「つばささーん。来たけど」
ゲーム音でほとんど自分しか聞こえない声であった。
一通り店内を歩いてみたが、白鳥つばさは見当たらなかった。
「まだ来てないのかなぁ」
翔は自販機でコーラを買うと、奥の壁に寄りかかって、店内を改めて見回す。
手持ち無沙汰の翔に、客がときどき視線を送ってくる。
やめてほしい。
「そもそも、ご飯を食べるのに、ゲームセンターっておかしくないかなぁ」
ブツブツと文句を言った。
つばさに連絡してみようとスマホを取り出したが、地下だからか電波は圏外だった。とんでもない店である。
仕方ないので翔はコーラを飲みながら、何となくゲーム筺体を眺める。
翔もゲームは好きである。
目についたゲームのタイトルを頭の中で読み上げた。
『beatmania』『ストリートファイター』『麻雀格闘倶楽部』『バーチャロン』『ダライアス』『リッジレーサー』『ぷよぷよ』『ガイアポリス』
「やたらと古いのばかりあるな」
若者の多い店である。このラインナップで大丈夫なのかと思うが、みなゲームに興じているので問題ないのだろう。
そこで興味深いゲームを見つけた。
『タイピングクエストAC』
翔の目が輝く。
「タイピングクエストまであるのか」
アーケード版のタイピングクエストは、翔も何度かプレイしたことがある。
もちろんこのゲームセンターではない。
パソコン版に比べて、演出が強化されており、ゾンビが出てきてそれをタイピングで倒すというストーリーモードがあったり、女の子とタイピングで会話して仲良くなるアドベンチャーモードもあった。速度を競うストイックなタイパーゲームであるPC版よりも、ゲームとして楽しかったのを覚えている。USB接続で自前のキーボードを筺体に繋いでプレイできるのもポイント高い。
タイピングクエストをプレイしている客はいなかった。
「久々にやってみようかな」
翔は財布から百円玉を取り出して、筺体に向かった。キーボードはバッグに入っている。
ディスプレイに表示されている「READY?」という文字に、胸が高鳴る。
そこで声をかけられた。
「よお。ちょっと待てよ」
ビクリと肩が震える。
恐る恐る振り返ると、タチが悪そうな三人組の男女がいた。
「おにーさん、暇そうじゃん」
「ちょっと面かせよ」
「きゃはは。こいつビビってるよ」
一人は百九十近い金髪黒シャツの大男で、好戦的な薄笑いを浮かべている。
一人は翔と同じくらいの身長だが体重が百キロを超えてそうな樽男で、アクセサリーまみれの手をしきりに握り込んでいた。
もう一人は華奢な女だが、口の周りがピアスだらけで、紫のカラコンから覗く瞳孔は獲物を見つけた猫のように細い。
全員年頃は同じか少し下だろうか。
ヤバい気配しかしない。
カツアゲ!?
それとも喧嘩か!?
どちらも網走翔には対処不能である。
金はないし、喧嘩は弱い。
ごくりと生唾を飲み込む。
とっさに出口に視線を走らせた。
すると、視界を遮るように樽男が動いた。
「無駄だぜぇ」
煙草に火を点けながら、大男は言った。
緊張に身体が強ばる。
それを見て、ピアスの女が楽しそうに笑った。
波のように襲ってくる電子音。
むせるような煙草の匂い。
つばさは来ない。
なんでこんな店にしたのか。
ひどい客層だ。
恨むぞ、つばささん……!
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「ふぅん。なるほど、タイパー狩りね」
定食屋でストローを咥えながら、優乃はノートパソコンをいじっていた。
見ているのは、つばさのホームページのトラフィック履歴だった。
横に座るつばさは乗り出して優乃のディスプレイを見た。
二人のテーブルには、食事をした皿が脇に置かれていた。
「他の配列サイトも落とされてた。暗黒タイピング大会に出場するチームを攻撃する組織がいるんだと思う」
「それが、タイパー狩りってわけね」
「私は、そう考えてる。前から噂はあったの。QWERTY配列が最上位の配列であると情報操作をしている組織があるんじゃないかって」
「トラフィックの挙動が、昔あったマルウェアの『Mirai』に似てるね」
「……リベリアの件ね」
「へぇ。知ってるんだ」
凄腕のハッカーに依頼し、ライバルの通信会社に莫大なデータを送りつけてDDoS攻撃でシステムダウンをさせる事件があった。その攻撃はあまりに強大だったため、リベリア一国のインターネットシステムそのものが機能不全に陥ったという。
その際使われたマルウェアが『Mirai』だった。
『Mirai』は、セキュリティ設定が甘い世界中のIOT(Internet of Things)機器に感染し、ボットネットを作った。そして遠隔操作で数十万個のIOT機器から一斉にデータを送りつけたのだ。
「DDoS攻撃って、難しいの?」
「全然。簡単だよ。ダークウェブをちょっと見るといいよ。100ドルもあれば君のサイトなんてダウンさせてやるってハッカーがうじゃうじゃいるから。まあほとんどは大したことない奴らだけど」
「今夜もきっと来るわ。何か対策はないかしら」
「うーん。普通にWAF(Web Application Firewall)を導入するしかないね。ちょっと高いけどさ。いいところ紹介するよ」
「ありがとう。すごいのね。中学生なのに」
「そ、そんなこと……ッテ! なんで僕が白鳥つばさにアドバイスしないといけないのさ!」
「助かるわ。ユノちゃん。ご飯、おいしかったでしょ」
「汚いぞ! 飯で釣るなんて! 大体僕は君の仲間じゃない!」
顔を赤くして怒る優乃に、つばさは優しく微笑んでいた。
その顔は、美味しそうにスパゲッティを頬張っていた数分前の優乃を思い出しているようだった。
「それにしてもがっかりだな。君がタイパー狩りなんて言うから、どんなヤツらかと思ったら、単にDDoS攻撃をしてくるだけだなんて。配列サイトをダウンさせたところで、単なる嫌がらせにしかならないのに」
優乃は言った。
「そう……ね」
その言葉に、つばさはタイパー狩りの噂を思い出す。
彼らはどんな組織だっただろうか。
噂にすぎない、タイパー狩りは。
新しい配列の前に現れる存在。
QWERTY以外を認めない組織。
ネット上で情報操作を行っているとも言われている。
彼らは新しい配列を使う者の前に現れて、タイパーを叩き潰しにくる。
だから、タイパー狩り。
「ユノちゃん、ちょっと調べてくれないかしら。SKY配列についてと、私自身について」
「ええ~めんどくさいなぁ。自分でやりなよ」
「ユノちゃんは私より遥かに高い検索スキルを持ってるわ。スピーディに正確な情報をサーチできる。あなたの力を少しだけ貸してほしいの。ここのデザートパフェは絶品よ」
「こいつ、また飯で……!」
ぶつぶつと言いつつ、優乃はパソコンを叩き始めた。
なんだかんだで素直ないい子なのかもしれないと、つばさは思った。
つばさはスマホを取り出した。
SKY配列のタイパーである翔が気がかりだった。
「私は、翔くんに連絡をとってみる」
「白鳥つばさ! まさか番号を交換しているのかい!?」
「えーと、話すと長くなるんだけど」
「ずるいよ君ばっかり!」
タイパー狩りという組織があるのなら。
他の配列を潰す手段だったとしたら、配列紹介サイトを潰すよりももっと確実なことがある。
他配列のタイパーを直接叩けばいいのだ。
組織名通りの、タイパー狩りを遂行するとしたら。
自分が受けたDDoS攻撃にかかりっきりで、その可能性に思いが至らなかった。
つばさはわーわーと騒ぐ優乃を手でまあまあと抑えつつ、網走翔の番号を呼び出した。
呼び出し音が鳴る。
しかし、つながらない。
『おかけになった番号は電波の届かない位置におられるか、電源が入っていないため、かかりません』
嫌な予感がした。
「出ないわ」
「ふーん。嫌われてるんじゃないの」
少し嬉しそうに優乃は言った。
そして優乃はノートパソコンの画面を、隣に座るつばさに見せた。
もう調べたようだ。
「君がSHOWに嫌われているのはいいことだけど、こっちは何なんだろうね」
示されたのは、日本最大の匿名掲示板のページだった。
タイピングに関する話題を扱っているスレッドが表示されている。
一読して、つばさは驚愕した。
『SKY配列導入してみたけど、マジで使いにくい』
『あんなの使うやついるんだ』
『SKY配列はゴミ。はっきりわかんだね』
『白鳥つばさって詐欺師らしいから注意』
『つばさは胸がデカイだけ』
「これは……!!」
スレッドにはSKY配列の悪口が多く書き込まれていた。
中にはつばさを単に中傷するだけのものもある。
「DDoS攻撃に続いて、これが第二波ってことなのかな。なるほどね。タイパー狩りか。こいつら、僕と気が合いそうだよ」
優乃は言った。
その声は楽しげだが、妙に攻撃的な響きがあった。
スレッドを素早く眺めながら、つばさは思考を巡らせる。
現状を整理する。
第一波はDDoS攻撃で、情報発信の遮断、第二波はネットの書き込みで情報の操作。きっとまだある。第三波が。
連絡の取れない網走翔。新しい配列を狩る存在。
おそらく、もう来ている。
敵が。
タイパー狩りが。
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にじり寄ってくる三人組に翔は後ずさるが、すぐに『タイピングクエストAC』の筺体にぶつかる。逃げ場はない。
「や、やめてくれ」
両手を上げてアピールする。
しかし金髪の大男は構わず近づいて、翔の胸ぐらを掴んだ。
や、やられる……!?
思わず目を閉じてしまう。
「ふーんこれがねぇ」
「あいつの言うことは大げさなんだよ。どう見ても弱いぜ」
「きゃはは。ほんと、モロそうだよ。ビビっちゃってかわいそー」
三人は翔を囲んで口々に言う。
翔を知っているかのような口ぶりだった。
「座れよ」
金髪の大男は翔を放すと、言った。
タイピングクエストACの筐体を指差している。
翔はゲーセンのビニール椅子を見つめた。
樽男にこづかれて、翔は椅子に座る。
大男は翔をにらみながら、向かいの筐体に向かった。
互いに座れば、タイピングクエストACの店内対戦が出来る。
残りの樽男とピアス女は、ガッチリと翔の両脇に控えていた。
逃げられない。
「ど、どういうことだ?」
翔が疑問を口にすると、大男が向かいの筺体に座りながら言った。
「あんたは俺たちと『タイピングクエストAC』で戦ってもらうぜぇ」
ドカっと座る音。
次いでチャリチャリと小銭を出す音もした。
「逃げようなんて考えないことだな。縛り上げてもやらせる」
「ふふふ。強制イベント発生だよ」
両脇の樽男とピアス女は言った。
「暗黒タイピング大会に出る奴らは、潰すぜぇ」
「タイピングで徹底的に叩き潰す。二度とQWERTYに歯向かう気が起きないように」
「きゃはは。至高の配列はQWERTYなんだからね」
三人組は言った。
気になる単語がある。
「暗黒タイピング大会を、知っているのか」
一般には秘匿されている大会のはずだ。
翔の言葉に、樽男は鷹揚に頷いた。
「出るんだろ? SKY配列だったか」
「きゃはは。くだらないよねぇ。配列表を見せてもらったけど、全然大したことないし。ヨワヨワのオソオソ配列だよ」
ピアス女が嬉しそうに続けた。
「あんな配列、二度と使いたいと思わないようにしないと。くすくす。ねぇ、SKY配列タイパーの網走くん?」
SKY配列のことも知っている。
網走翔がタイパーであることも。
翔は何が起こっているか分からず、ゲームセンター内を見回す。
店中の視線が翔たちに集まっていた。
先程まで思い思いにゲームをしていたチンピラ風の者たちが、鋭い目つきで翔たちを観察している。
タイピングクエストACの筺体を囲むようにして、ベガ立ちで輪を作っていた。
全員三人組の仲間のようだった。
背筋にぞくりと悪寒が走る。
翔は理解した。
白鳥つばさのメールは、偽物だ。
どうやったかは分からないが、こいつらに誘い出されたのだ。
「お前たちは、一体何者なんだ?」
翔は言った。
ピアス女はくすくすと笑った。
向かいの筐体に座った金髪の大男が答えた。
「詳細は言えないぜぇ。俺達はとある組織の下部構成員さ。まあ――」
金髪の大男はそこで言葉を区切った。
くっくっと攻撃的に笑う。
「タイパー狩りと言った方が通りがいいかもしれねぇな」
次回更新は12月末を予定しています。
よろしくおねがいします。




