17.初めてづくし
小川に着いた私たちは、思いもよらない先客の存在に固まっていた。
「フェザー種と…鼠?」
さらさらの長いブロンドの髪は太陽の光に照らされ、小川にキラキラと反射している。細めの身体には似つかない両刃の剣と短剣を腰のベルトに携えており、誰もが目を引くような端正な顔立ち。鮮やかなブルーの瞳は、私とマシロをしっかりと捉えていた。
この世界で初めての、人間だ。
「鼠ちゃん、魔物に襲われてるのかしら?」
恐らく20代前半であろう女性が、腰に携えている剣に手をかけながら口を開く。
やばい…ちょ、ちょっと待って!絶対勘違いされてる!
私は慌ててマシロと女性の間に入り、マシロをかばうように背を向ける。お願い、察して…
「…違うの?」
私は夢中で首をぶんぶんと縦に振る。よかった、伝わった。女性が剣からそっと手を離してくれる。
私が安心して座り込むと、同じく緊張を解いたマシロが私の横に座り込む。女性への興味を早々に失ったのか、羽の掃除を始めていた。
剣を納めた女性は、私とマシロを交互に見つめていた。そして私たちの前に膝をつくと、不思議そうに首を傾げる。
「…ていうか、私の言葉わかってる?」
「キュ」
まぁ、私も元人間なので。
頷く代わりに返事をすると、女性は少しだけ目を見開き驚いていた。確かに、ハムスターが生前は人間だったなんて思わないよね。
「フェザーちゃんも随分と大人しいのねぇ」
女性が手を伸ばし、微笑みながらマシロの頭を撫でる。てっきり喜ぶかと思っていたら、マシロは何とも言えない複雑な表情をしていた。嬉しいけど嬉しくないというか、喜びたいけどそうじゃないみたいな、微妙な表情だ。
「私はリラ。フェザーちゃんに賢い鼠ちゃん、よろしくね」
リラさんが急に私を掴んで手のひらに乗せるもんだから、マシロから抗議の鳴き声が飛んできたのは言うまでもない。
「これ、食べられるかしら?」
リラさんが私たちの前にそれぞれ小さな木皿を置く。木皿には調理したての野菜と何かの肉の炒め物が乗っていて、空腹の私たちには堪らなく良い匂いがしていた。
リラさんも小川で昼食をとるところだったらしく、ちょうど調理し終えた時に私たちが来たそうだ。せっかくだし、ということで、私たちもご相伴にあずかっていた。
『いただきます』
「ピピッ!」
ぱくり、と野菜を頬張る。塩でシンプルに味付けされた野菜はシャキシャキと程よい歯応えで、優しい味だった。何かの肉は豚肉のような味わいで、この世界に来て木の実しか口にしていなかった私には新鮮で美味しかった。ついつい手が伸び、あっという間に平らげてしまう。
隣を見てみるとマシロも夢中で料理を食べていた。マシロの方が身体が大きいので私より多めに盛ってもらっていたのだが、それにしてもいつもより食べるのが遅いような…
『あれ?』
マシロの木皿を見ると、お肉だけがきれいに残されていた。野菜はガツガツと食べているので、味付けが嫌だったとかではないと思うんだけど…もしかしてマシロ、草食?
「あら、フェザー種は雑食だと思ってたんだけど…苦手なのかしら」
リラさんもマシロの木皿に残されたお肉に気付いたらしく、首を傾げる。
やはりマシロは雑食のようだ。魔物はどちらかと言うと肉類の方が好きなイメージだったけど、やはり個体によって好みが違うのだろうか。(因みにマシロが残したお肉は私が美味しく頂いた。残すのは失礼かなと思ったし、決してお腹が空いていたからとかじゃない)
「気に入ってもらえたようで何よりだわ」
空になった木皿を見て、リラさんが嬉しそうに微笑む。美人にそんな風に無邪気に微笑まれると、訳もなく緊張してしまう。
『ごちそうさまでした、とても美味しかったです!』
「ピュルルー!」
ぺこり、と頭を下げると、マシロも一緒に頭を下げていた。どうやら私の真似をしているようだ。同じ行動をしているのが楽しいのか、ご機嫌な様子で擦り寄ってくる。
「魔物と動物なのに、仲良しさんなのね」
私に甘えてくるマシロを見て、リラさんがくすくすと笑う。この世界に来て初めての人間との出会いと料理に、大満足な昼食だった。