~高校時代(7)~
~高校時代(7)~
高校3年生になった。私はコンビニのバイトのシフトを増やしつつ、お母さんが言うので学校の成績も落とさないように勉強をした。美紀とも仲直りができた。美紀に公世を追いかけたいと言ったら「恋だね」と言われた。
ようやく私は「恋」と「鯉」の違いがわかった。あれだけ美紀に勧められて少女漫画で予習をしていたのに、この胸の痛みを病気だと思っていたし、鯉に顔が似ているのだと勘違いもずっとしていた。
まあ、何度鏡越しに自分の顔を見ても鯉には見えなかった。というか、鯉に似ている人に出会ったことがない。どこかにいるのかな?そういう人。いたら出会ってみたい。
だから、美紀は協力してくれる。はじめは色々言われたけれど、私が公世について話して言ったら「もうわかったよ。お腹いっぱい。どれだけ公世のことが好きなのよ」と言われた。
この「好き」も初めは「隙」だと思っていた。私に隙があるのかと思った。だからおでこ会長に狙われたのかとも思った。そのおでこ会長はおいかける相手が下級生になったのだ。流石に周りの取り巻きもかなり少なっている。
運が良かったのはずっと美紀と同じクラスでおでこ会長とは違うクラスだった。それは救いだ。圀府寺さんもなぜか同じクラスだ。たまに話しかけてくれる。
この人はつかみどころがない。一部では恋の相手は女性なんじゃないかとか噂もあるけれど、周りの子と付き合っているという話しは聞いたことがない。噂なんていい加減なものだ。公世の噂も同じ。ひどいものだった。ただ、不思議と人って過ぎたことは忘れていく。
私だけが現在進行形。公世の膝は結構治って今ではJ3だか、J2だかのチームの下部組織でプレーをしているみたい。でも、年齢が年齢なのでなんかよくわからない契約らしい。まあ、私にとってはどうでもいいことだ。
とりあえず、公世は全国各地でサッカーをしている。そして、この近くに来た時だけこっそり会う感じだ。
「まあ、かなう恋とは思っていなかったけれどさ、みさきが有名人と付き合っているとか私はうれしいよ」
美紀にそう言われた。というか、私たち付き合っているのだろうか。そりゃ、できるだけ会うようにしている。メールも電話もしている。というか、どちらかというと私が一方的にしている。公世から来ることなんてめったにない。
そういえば公世から料理の腕はあげておけとか栄養学を学んでおけとかわけのわからないことを言われた。まあ、一人暮らしをするのならそれも必要か。
すべてがうまく行っていると思っていた。だからお母さんに進路を聞かれた時に働きたいということと、公世がいる場所で一人暮らしをしたいと言った時に承諾してくれるものだと思っていた。
「ダメよ。というか、どうしてみさきがそこまでしないといけないの?」
「なんでわかってくれないのよ。誰かに迷惑をかけているの?」
話してから毎日ケンカばかりしている。どうしてわかってくれないのだろう。今ですら移動で結構お金がかかっている。一人暮らしのための貯金もしている。調べると家賃だけじゃなく、敷金とか礼金とかもかかるのだ。
意味がわからない。そのお金はどこに消えるというのか。一度は公世の所に転がり込もうかと思ったけれど公世は寮に入っている。
さすがにそこには行けない。というか、怖くていけないのだ。だって、知らない男性が大量にいる。それだけで怖い。しかも密集している。考えるだけで行きたくない。
「いい人たちばっかだよ。まあ、さすがに寮にみさきは上げられないけどな」
公世はさらっと言った。やっぱり寮に私はもぐりこめない。そうなると独り暮らしだ。ある程度の中都市だからマンションやアパートもある。けれど、家賃が高いのだ。
「あんた、料理はどうするの。何も作れないでしょう」
そう言われてから土日は私がご飯を作るようになった。弁当だって自分で作っている。今までだって公世と会う時にお弁当を作ったこともあるのだ。
だが、公世は一度もおいしいとは言ってくれない。それどころか「味付けが濃い」とか「これは脂っこい」とか文句ばかり言うのだ。
そして、意味不明なスポーツ栄養学とかいう本をよこしてきた。これまた分厚い。まあ、ちょっとずつだけれど読み進めている。でも、意味不明。というかカロリー計算の意味がわからない。
そこまで体重を気にしたことがなかったからだ。太りも痩せもしない。まあ、バイトが中心の生活をしているからどこかに遊びに行くこともそんなにない。
美紀もこんな私によく付き合ってくれる。一度聞いたら「お金結構たまるからいいよ」と言われた。
実際私は会うための電車代で結構なくなる。それに移動だって片道2時間かかる。往復で4時間だ。会える時間だってほんのちょっと。全然足りない。どうしてわかってくれないのだろう。
「どうしてもダメなの?」
「ダメに決まっているじゃない。美紀は女の子なのよ」
女の子がなぜ理由になるのだろう。わからない。じゃあ、私が男ならいいのだろうか。男になったらでも公世と一緒にサッカーできるのかな。
「お父さんも何か言ってください」
お母さんがお父さんに話しをふる。お父さんが困った表情をしている。
「あのな、みさき。お父さんはお前がしたいことを止めたいわけじゃないんだ」
「じゃあ、認めてくれるの?」
「いや、それはダメだ」
「意味わかんない」
本当にお父さんは意味がわからない。結局止めるんだ。お父さんが言う。
「今じゃなくてもいいだろう。大学に行きながらだっていいだろう。それに今までだって電車で行っていたのだろう。それに、聞くところによると結構全国を飛び回っているのだから家を出て一人暮らしをしたとしても一緒に居られる時間は限られる。それなら実家にいてもいいんじゃないのか?」
「違うの。公世は待ってるの。私が行くのを。約束したの。約束って守るためにするものでしょう。そう言ったよね。それに今だって会えるといっても数分とか1時間よ。そのために4時間もかけてるの。わかってよ」
子供の時約束は守るもの。ルールは守るものと教わった。それに切実だ。公世は少しだけ丸くなった。というか、あの公世が言う「覚悟」のとらえ方が変わったのだ。それに言う言葉も変わった。
「俺、実は周りが言うから天才だと思っていた。でも、違う。俺レベルの天才はごろごろいる。でも、絶対負けないから。だから練習する。吐くまで練習する。それにもう一つ学んだこと。それはプロはお金をもらっている。サポーターにサービスするのも仕事のうち。だから無愛想じゃダメなんだ。俺はまだトップチームに呼ばれていないけれど、いつか呼ばれることを期待して頑張っている。あの場所に立ちたいんだ」
言っていることは全くわからなかった。けれど、わかったことは公世は練習を見に来るファンの子に愛想よく笑ってサインをする。写真も撮る。仕事だと割り切っていても納得できない。美紀には「嫉妬だね~」って言われた。「Shit?」いきなり英語を話し出した美紀に私はぽかんとした。
公世が浮気をすると思っていないと言われたら嘘になる。「信用しろよ」と公世に言われたけれど、会えない時間が不安にさせるのだ。誰かが「会えない時間が愛を育てる」とか言ったらしいけれど、私は反対だ。会えない時間が不安を増幅させるのだ。
だから、今以上に公世と一緒に居たいのだ。この気持ちに気が付いてしまったから。
でも、両親はかたくなだった。お姉ちゃんは応援してくれたけれど、両親の前では何も話してくれなかった。
ただ、着なくなった服をくれたのはうれしかった。
「もっとおしゃれしなよ」
「そんなお金ない。移動だけでもお金かかるから」
私は公世のスケジュールを確認しながら公世が遠征をしていない時はできるだけ公世に会いに行こうと頑張った。でも、それもそんなに時間はない。だって、基本公世は練習をしているから。だから、見守ることしかできない。もっと時間があればいいのにとか思った。ただ、公世がクラブハウスの人に話してくれたから私はスタッフオンリーの場所に入れる。それだけが、いっぱいいるファンとの違いだと思っていた。その場所に入ることだけが私を支えていたのだ。
ただ、そこに私以外も居たのだ。昔、福祉施設で見た女性。赤い車の女性だ。
「公世、あの人誰なの?」
「ああ、個人的なスポンサー。昔から応援してくれているんだ」
「きれいな人よね」
「そうか?おばさんだよ」
公世の基準がわからなかった。でも、不安だった。
「あの人怖い。私。苦手なの」
「そう言うなよ。あの人のおかげで俺このクラブに来られたのだから。費用とかも持ってもらったんだ。だから、あの人だけには恩を返したい。ちゃんと投資した分を返さなきゃだ。だから絶対にプロになる。俺は。だから支えてくれ。わかってくれ。な」
そう言って抱きしめてきた公世は卑怯だと思った。そんなことされたら私は何も言えない。
「わかったよ」
わかりたくなかったけれど、私はそう言うしかなった。
「ごめんな」
そして、この公世のセリフで私は何も言えなくなる。だから私は余計に公世の近くに居たいのだ。
美紀に家のことを話した。
「そりゃ、やっぱり反対されたか。んで、みさきはどうするの?」
「うん、何も思いつかない。でも、卒業式までにどうにもならなかったら決行する」
「何を」
「家出。卒業式の後、そのまま家に帰らない。何回も行っている。とりあえず初日はネットカフェに止まる。だって、もう学生じゃないんだもの」
そう、私は決めていた。最低限の服さえあれば何とかなる。後は住むところ。それさえ決まれば後は強硬手段だ。
「そっか。でも、びっくりだね。ここまでみさきが強くなるって思っていなかったもの」
強い?私は弱いよ。もういつでも心が折れそうなのに。
「そんなことないよ。いつだって辛くて泣きそうだよ」
「ううん。だって、普通そこまでして追いかけたいとか思わないって。それにあれからどれくらい経ったと思っているの。もっと楽な恋愛すればいいじゃないって思っちゃうよ」
恋愛に楽とかそうじゃないとかあるのかな。私にはよくわからない。
「私は公世しか知らないし。それに私そんなもてるタイプじゃないし」
「そう?私はみさきモテると思うけどな~かわいいし」
モテるのは美紀の方だと思う。といっても、美紀はかなりの面食いだ。顔で選んでいつも失敗している。なんでそんなホストみたいな顔がいいのだろう。って、一度言ったら「あんたに言われたくない。あの公世なんてまんまホストじゃん」と言い返された。まあ、公世は確かにホストみたいと言われたらそう見える。でも、公世はずっとサッカーばかりしている。
笑い合っていたけれど、卒業式は近づいてくる。私は就職すると学校に進路を出したにも関わらず、両親、とくにお母さんの要望で大学受験もさせられた。どうでもいい。そこまで勉強もしていない。受かるとも思っていなかったけれど受験だけはしておいた。
ただ、受験会場で波多浩二と会ったのはびっくりした。
「ここ受けてるんだ。ここサッカー部あって強いんだよね」
そんなこと知らなかった。ただ、ここを受けろとだけお母さんに言われただけだ。別に私はサッカーに興味があるわけじゃない。けれど、公世に言われるから必然的にサッカーに詳しくなっただけだ。
「そうなんだ」
私はそう言った。どうでもいい。ここだって受かるとあんまり思っていない。
「なあ、試験終ったらちょっと話さないか?今公世がどうしているか知りたいし」
そう言った波多浩二の顔はさわやかな笑顔だった。
「まあ、公世のことについてなら」
私自身公世について話せることなんてそんなにない。でも、やっぱり気になるのだろうか。そういえば、サッカー雑誌とかでもたまに公世は取り上げられることがある。前もそうだけれどメディアに対しては優等生として返答している。
ただ、高校を中退した話しはいつも家庭の事情としてしか書かれていない。そして、父親はいないものとなっている。流石に誰もそこには触れてこない。
誰も知らないのかもしれない。私だけなのかもしれない。あんな話しは広げるものでもない。色んなことを考えて、試験をうけてそのまま帰ろうとしていた。
「ちょっと、ちょっと待ってよ。みさきさん」
そう言われて振り返ったら波多浩二と後複数名いた。なんだか怖いって思った。
「おいおい、逃げんなよ。お前も公世と一緒か。逃げられた方のことを考えろや」
公世が居た時はうちの学校も取材を受けていた。でも、公世がいなくなって当たり前だけれど弱小の学校はスポットライトを浴びることなんてなかった。もちろん、試合にも勝っていない。公世は「努力しないやつのことは知らない」と言っていた。確かにそうだけれど、切り捨てられた方はそうじゃない。
「なあ、俺たちのこと知ってるだろう。お前と同じ学校でサッカー部なんだよ。ちょっと公世のこと教えてくれたっていいじゃない。なあ」
私は怖くて走り出した。どこへ行けばいい。誰が助けてくれる。わからない。公世は今日は遠征中だ。電話なんて掛けたって意味がない。わかっている。誰に助けを求めたらいいんだ。
怖い、怖い、怖い。
走っても、走ってもダメだった。すぐに追いつかれた。
「おい、逃げんなよ」
腕をつかまれる。声が出ない。怖すぎると声なんて出ないんだ。初めて知った。ほら、こういう時叫び声を出したら誰かが助けに来てくれるものでしょう。どこからともなくヒーローが現れる。でも、声すら出せない。声も出なかったらヒーローは確実に来られない。
「って、お前ら怖がらせすぎだよ。違うだろう。今日の目的は」
そう言って波多浩二が出てきた。どうやら周りは波多浩二の言葉には従うらしい。
「どういうこと?」
「僕たちはみんな公世に恨みを持っている。確かにあいつの家庭環境は複雑だったし、メディアにもそういう話しは不思議と出てないんだよね。僕は知っているよ。ねえ、あの噂が広まったら公世はもう表舞台になんて立てないよね。だからさ、協力しようよ。二人でさ。僕ね実はみさきさんのことが好きなんだ。ほら、携帯の待ち受けを君の写真にするくらいに」
そう言って波多浩二は携帯を見せてきた。それは公世の住所を聞く時にとられた写真だ。怖い。この人怖いと思った。
「だからさ。僕の思いをかなえてよ。僕とつきあって。君が好きなんだ。答えは『はい』か『Yes』の二択しかないよね。だって、それ以外のセリフだったら僕は帰って後はここにいる人たちが君のことを好きにするみたいだし。ねえ、答えを聞かせてくれるかな」
波多浩二は笑顔でそう言ってきた。
この人公世の友達じゃないの。私はわからなくなった。「わかりました」私は細くそう言った。
「だってよ。どう、これでみんなの気持ちも晴れた?あの公世に一泡吹かせられたんだからさ」
そう、波多浩二は言って笑っている。皆も笑っている。わからない。なにこれ。怖い。
「じゃあ、行こうか」
私は波多浩二に腕をつかまれてまるでそう、連行されるように連れ出された。
バスに乗る。家に向かっているはずなのに横にずっと波多浩二がいる。怖くて顔を見れない。下ばかり見ている。波多浩二が言う。
「ごめんね、怖い思いをさせて。あいつらああでもしないと納得しないって言ってさ。まあ、君があの時違うセリフを言ったら本当にどうなったか知らないけどさ。まあ、そうなったらそうなったらで仕方ないと思っていたけどね」
何をこの人は言っているの?わからない。
「でも、これだけは事実。僕は君のことが好きなんだ。でも、ちゃんと正々堂々と勝負をしたい。でも、これくらいはいいよね」
そう言って波多浩二は私の顔に近づいてきた。そしてキスをされた。
「これくらいはいいでしょう。今日の対価だよ。でも、このこと公世に言ったらわかっているよね。公世には活躍してほしいんだよ。でも、それを決めるのは君さ」
そう言って笑った顔が怖いくらいさわやかだった。怖かった。
「じゃあ、また明日ね。一緒の大学行けたらいいね」
そう言って波多浩二はバスを降りて行った。私は家に帰ってトイレで吐いた。顔を、唇を痛くなるまで洗った。
そして、台所にあった風月堂の缶をつかんで部屋に駆け込んだ。そこに受験票をぶちこみ蓋をした。全てをなかったことにしたい。でも、無理だからこの中に封印する。
うまく行くわけない。でも、私は取り出したゴーフルを食べてから泣いた。
それから卒業式まで私は部屋から出なかった。何を聞かれても「出たくない」しか言わなかった。そう、バイトも休んで、公世にも会いに行かなかった。公世には「ゴメン」だけメールした。
卒業式の日。
お母さんからは「卒業式くらい出なさい」と言われた。もちろん決めていた。この日は私のはじまりの日でもある。
カバンに服を詰めて私は家を出た。もう、この場所に、この街に戻ってこない。そう決めた。
学校に行くと美紀から色々聞かれたけれど何も言えなかった。圀府寺さんがそっとやってきた「無理しないでね」と言って去って行った。あの人は良くわからない。
卒業式の最中波多浩二が私の方を見ていた。でも無視をした。終わってすぐに私は駅に向かって走って行った。そのままトイレで着替えて電車に乗る。
これでいい。そうこれで。
ただ、私の誤算は住まいを決める時に両親の承諾をもらうようにと言われたことだ。意を決してお父さんに電話をしたら怒らずに認めてくれた。
後で知ったことだけれどあの時お父さんはこう言ってお母さんを説得してくれたみたい。
「どこで何をしているのかわからないより、どこに住んでいるのかわかっていた方がいいだろう。そんなに心配だったら会いに行ってやれ。心配するな。ちゃんと育てた娘だぞ。信頼してやれ」
私はお父さんのおかげで一人暮らしができるようになった。
荷物も何もないそんな状態だったけれど、私は幸せだった。だって、その何もないところに公世が来てくれたんだから。
「ちゃんと追いかけてきたよ」
私の想いは公世にようやく届いた気がした。




