第九話 黒きもの
ネーベル王国は困窮していた。
度重なる隣国との戦争により、国が疲弊しきっていたのである。国王であるツェーレは今日もまた大臣たちとともに国の行く末に頭を悩ませていた。
どうすれば、この状況を脱することが出来るのだろうか。国を存続させるために、いったい自分たちに何ができるのだろうか。グランツ王国を取り囲む国々の戦争は今に始まったことではない。気の遠くなるような長い時間、戦争続きの歴史をたどってきた。国同士の規模がほぼ同じなこともあり、なかなか決着がつかない。毎日毎日、議論を交わすが堂々巡りで結論が出ない。
しかし、今日は違った。
大臣の一人が、自信ありげに言い放ったのである。
「王よ、グランツ王国を攻め落とし、鉱山を我が国のものとすればよいのです」
一体何を言い出すのかと思えば、到底かなうとも思わない見当はずれな提案に、王はあからさまに顔をしかめた。
「何を言っている。そのような事、出来るはずがないだろう。あの鉄の砲弾を、真っ二つに切り裂ける剣でも現れたとでもいうのか」
さげすむように言った王に、余裕気な笑みを見せる大臣。そして、彼はある人物を会議室へと招き入れた。
「ツェーレ王、ご紹介いたします。彼女の名はディーネ。国のはずれの野山にひっそりと住んでいた所を、わざわざお越しいただいたのです」
聡明な印象を持たせる涼しげな目元。瞳は暗い星空を思わせる漆黒。王の御前であるというのに薄く笑みを浮かべるその姿は、どこか高慢で彼女の絶対の自信を伺い知ることが出来た。
「それで、その女に何ができるというんだ」
どうせくだらないことだろうと、失笑が漏れる。王も期待などしていなかったがひとまず聞くだけ聞いてやろうと問いかけた。
大臣は、そのように思うのも当然のことだと頷いて、わざとらしく両手を広げて言った。
「彼女は、魔女です。彼女なら、あの黒い鉄の塊をものともしない軍隊を作り出すことが出来る! 犠牲になる兵は誰一人としていません。私たちは、誰一人国民を犠牲にすることなく、あの鉱山を手に入れることが出来るのです!」
会議室がざわめく。まさか本当にそんなことがと誰もが口々に言った。もしそれが本当なら夢のようなことだとわずかな希望に目を輝かせた。
その様子に満足したのか大臣、モルトは楽しげに目を細めた。
「それでは、その証拠を今からお見せいたします」
言って、モルトはディーネに視線を向ける。ディーネは了承の意を込めて一つ頷くと片手を斜め上から軽く振り下ろす。その動作が終わると同時に、彼女の背後に黒い魔物が現れていた。
「私は彼らを便宜的に、黒きものと呼んでいます。私が作り出した生きる人形のようなものですので正式な名前はありません」
斜め後ろに下がったディーネは片手で黒い魔物を指しながら朗々と語り始めた。
「彼らは霞のようなものです。存在を構成するのは私の魔力ですから、もちろん食事も必要ありません。この大きな烏の翼で羽ばたいて、一瞬で敵に迫ります。虎の爪が相手の肉を抉り、狼の牙が噛み千切るでしょう。彼らに命令するのは簡単です。このペンダントを身に付けて、命じればいい」
ポケットから取り出した、赤黒い宝石のペンダントをディーネは王へ差し出した。恐る恐るそれを受け取ったツェーレ王はゆっくりとそれを身に付ける。
「今日の為に、私は数千体の黒きものを作り出しました。王、どうぞご命令ください。ただし、彼らに命じることが出来るのはたった一つの事柄のみ。あれもこれもと、命令すると彼らが暴走してしまうのでどうかお気を付けくださいませ」
王の目がギラギラと輝きだした。野望に満ちたその瞳で黒きものを見つめる。その表情は、まるで神を崇めるかのような視線だった。
「黒きものよ! 国境の向こう側、グランツ王国へ侵入するのだ!」