消えた星 襲撃
リラともう一人少女の遺体が背後で横たわっている。
遅かった。
クリステル様を拘束している縄を解き、壊れてしまいそうな体を抱く。彼女は肩を震わせ、私の胸に頭を垂れた。
「クリステル様。来るのが遅くなり、申し訳ありません」
胸元でクリステル様がふるふると頭を振った。
手首に赤々と縄の痕が残っている。愚か者ども、加減というものを知らないのか。しかもこんな粗末な縄で。
「おい貴様、いつの間に」
背後の男が苛立ったような口調で言う。
「ついさっき。そう、ほんの今しがただ。だが、お前の下種な言葉は遠くからでもよく聞こえていたぞ」
「なんだと?」
「得意になってご立派な思想を語っていただろう・・・・・・気に入らないな。壊したいか? この方を」
「ッハ、貴様も半端な人間愛を語ろうっていうのかよ。どっちが正解かなんてはっきりしてる。戦争だらけの世の中を見てみろ」
「正解不正解の話ではない」
「気に食わねえんだよ。いっちょ前な口きいて、呑気にお天道様見上げながら生きてるそいつが気に食わねえ」
「お前も、ひどい目にあってきたか。理不尽な運命に絶望し、全てを捨て去りたいと思った日があったのだろうよ」
「なんだぁ?」
「同じ苦痛を味合わせ自分の側から世界を見てみろ、と。それでクリステル様が泣き叫べば満足か。何を証明したかった?」
「くせえ考えだけじゃ世の中回らねえってことさ」
クリステル様は私の着物の衿を痛いほどに握りしめていた。その手を静かに包み込み、頬を擦り合わせた。そうすると、指は力を失っていくようだった。
私は彼女の頬を撫でると、背後の男と向き合った。
「闇の虜か。人の死と向き合うことをしないお前にはわかるまいよ。確かに世は強者が統べ、弱者は虐げられる。自棄を起こしたくもなるだろう・・・・・・だがな、それでも悲しみや苦しみを背負って、正しくあろうと立つ人もいる。その覚悟がお前にはなかったんだ」
「幻想に浸りやがって。人間様はな、つまるとこ手を血で染めることでしか生きていけねえのよ。これから先も、悪魔は人の手から生まれるもんだ」
「それなら」そう言ったクリステル様が足を震わせながらも立ち上がった。
「それなら、神もまた人の手から生まれるはず。私は決してこの考えを曲げません」
傷だらけの体だが、気力は先刻からいささかも衰えていない。
私は聞いていた。私がここに来る前、彼女がたった一人でこの男と戦っていたことを。
「救えねえ小娘だ」
そう言った男が銃を構えようとした、
その時である。
首筋に波のような悪寒が走り、嗅覚が宿敵を嗅ぎ取った。
「クリステル様! 伏せて!」
彼女を突き飛ばしたその刹那、小屋の扉を突き破って飛来する閃光が見えた。
豪秒の最中、私の目はそれを正確に見抜いた。
対戦車用ロケット弾。
放たれた六十ミリロケット弾が男を貫き、そのまま勢い衰えず目前に迫る。
戛然。真っ向から刀で防いだが、内蔵された推進薬で自力飛翔する弾を容易に防げず。尚も加速する弾に押し切られ、体ごと窓の外へ投げ出された。
「ぐっぐぐ」
弾はまだ止まらない。耳元では轟轟と風がなり、景色が一瞬で遠のいていく。
まるで巨大な鳥に捕らえられ、さらわれていくようだ。
このままでは、そうして背後を振り返るとそこに巨大な大木。あれに直撃すれば粉微塵となるだろう。
「うぐ、はああっ!」
瞬間、圧縮された力を解放するように、剣を垂直に跳ね上げた。黄色く火花が散り、真二つに斬り裂かれた弾は頭上で爆発した。元々が対戦車用の弾であるだけにその威力も凄まじい。
まともに受けた私の体は跳ね飛ばされた。
・・・・・・・・・・
「壁を突き抜けたぞ、小屋内で爆発するはずだったが――対戦車用のバズーカではこんなものか」
小屋の外で言ったのは一個中隊を引き連れているシュタインである。
ヴェルガではテロリストによる被害が相次いでいる。テロリストの大半はかつてヴェルガに落とされた国の兵士達である。近年ではこれに現政権を批判したヴェルガ軍までもが加わる事件まで起きた。
泥を塗られた軍は容易に制圧できると公言していたが、テロの巧妙さに惑わされ、煮え湯を飲まされる日が続いた。テロは西側で相次ぎ、次第にメルリスまでも出動させる事態へと発展した。軍はここで初めて正面から向き合うと決める。
諜報活動機関の強化が成され、国内国外を問わず力を持つ諜報員の育成から、内情の徹底調査を人知れず実行していたのである。
シャシールの要人がヴェルガ軍内で息を潜めていることは掴んでいた。テロリストたちを一掃するため、あえてアーバンへ部隊が向かう情報を与えていたのである。
エルフリーデがシュタインの部隊に命じたことは二つ。
最優先事項として、或る重要物資の回収。
もう一つは、アーバン国内に潜む反ヴェルガ因子の殲滅及び、数名を捕虜として連れ帰ることであった。




