消えた星 深淵
こちらは表現を規制させていただいております。
【ノクターンノベルズ】の「皇女の猫【解放版】」に完全な形で掲載しておりますので、そちらをご覧ください。
ついてこれる奴だけついてこぉーいっ!(棒
「やめて!!!」
その時、悲鳴にも近いリラの声が響いた。
リラは肩から下げていた銃を男に向けている。
「お、お姉ちゃんやめよ、帰ろ、家に帰ろう? ね?」
これまでぼんやりと成り行きだけを見守っていたリラの妹ユーリアであったが、さすがに緊迫の気配を感じ取って口を開いた。
「ユーリアは下がってて」
「いや、こんなのやめよ。駄目だよ」
傷だらけの腕で姉のスカートを引くが、リラはそれに応じない。
「その人から離れてよ」
フーッ、フーッ、と威嚇するような息遣いであった。
「ッハ、カッハハハハ! なんだその構えは、死んだ俺のガキでもお前よりはましだったろうよ」
低い、押し殺したような声で男は言った。その中に殺意が芽生えていることをクリステルは敏感に感じ取った。リラではこの男には勝てない、そう思わせる強い殺意の念であった。
「待ちなさい!」
クリステルがこれまでにないほど声を張り上げた。
「リラさん、いいのです」
クリステルは体を起こし、笑ってみせた。
「あなたは何も悪くありません。私にも妹がいます、もし立場が逆なら同じことをしたでしょう――だから、私のことはいいから。どうか行ってください」
この場での落し所としてはこれが最善であると判断したクリステルはそう言った。だが図られて尚、笑みを浮かべる彼女を見たリラの心に浮かんだものは、息苦しい悩ましさであった。
冷静に、合理的に考えるのであればこの場からいち早く立ち去るべきであった。妹のためを思っての行動をむざむざ水泡に帰すことはあるまいと思う。
しかし、リラは動けない。
それを男が見逃すはずもなかった。
タンッ、と地面を蹴った男は素早くリラの懐に入ると、銃を奪い取った。
「銃を構えてから悩むなアホ」
そう言って銃口を姉妹に向ける。
「まっ、待って! 待ってください!」
クリステルが叫ぶ。
男は不機嫌そうな面持ちで振り返った。怒りからか頬の肉が痙攣しており、こめかみには青い静脈が浮き立っていた。クリステルは魔の形相に息を飲んだが、努めて冷静に語り掛けた。
「あなたの目的は私でしょう、その二人を殺しても何の得にもならない。不埒な振舞いはありましたが、武器も持たない少女たちを殺したとあっては軍名も落ちるというものです」
「ほほぅ」
男は銃口を姉妹に向けたまま、ずかずかとクリステルに迫った。
「なるほどお前の言うことも尤もだ。だが、素人の小娘に銃を向けられるって恥をかいて胸糞が悪い、あんたにこれを取り除いてもらったら良しとするかね」
「どうせよと?」
ずいっと目の前に土で汚れた軍靴が向けられる。
「俺たちシャシール人にしたことを詫びながらこれに口づけな」
勝利した国の皇女がそのような振舞いをするなど前例がなかった。
これなるは敗戦国に課されたしきたりである。
故に相手の靴に口づけをするのは最上級の屈辱を意味していた。これはクリステル個人の問題ではない。皇女が屈辱を受けるということは、ヴェルガ人全てが屈服することを意味する。
「なにを震えてやがる。本当はお前みたいな出来損ないじゃなくて、優秀な妹の方にやってもらいてえんだぜ。我慢してやるから早くやれ」
「おっしゃる通り、私は国に追われる身です。ヴェルガの皇女はアウレリア。ならば、これはヴェルガの民とは関係ありません、私個人の意思です」
「前置きはいいんだよ、よたぬかしてっと撃っちまうぞ」
「わかりました――」
「ま、待ってそれは・・・・・・それだけはやったら」
リラは震えた声で言うが、クリステルは聞き入れなかった。
両膝を折り、紺碧の瞳を閉じて頭を垂れた。
「あなた達にした非道な振舞いの数々。ここにお詫びいたします」
そのまま汚れた靴に口づけた。
「っか、本当にするとはな。惨めな女だ、ちったあ皇女の威厳てもんを見れるかと期待したが。なんてことはない小娘だな」
男は靴にこびりついた泥を指先でつまみ、クリステルの頬に擦り付けた。
「国に捨てられ、こんな辱めを受け――誰も守れない」
ドンッ! と銃口が火を噴いた。
驚いたクリステルが身を起こすと、視界の先で胸から鮮血をほとばしらせるリラがいた。リラは驚いた表情のまま、ゆっくりと後ろに倒れた。ふわりと舞った髪が、ばさりと地面に落ちて、そこからは血と消炎の香りだけしか残らなかった。
「いっ、いやああああ! お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
取り乱したユーリアが絶叫する。
膝をついて姉の体を揺するが、心臓を撃ち抜かれた彼女は即死であった。
「な、なんでお姉ちゃん、なんでなの」
ユーリアは姉に縋りついて泣いた。男は一切の興味を払うことなく、ただ安穏とその光景を見ていた。くだらない、こんな光景は見飽きたとでも言うようである。
「おい」
男は銃を手にユーリアの元へ歩み寄る。
瞳に涙をいっぱいにためた少女は、姉の体に触れたまま男を見上げた。
これを見ていたクリステルは激震する。背を向けている男の表情は見えないが、ユーリアの絶望的な表情は見えた。
「待ちなさい! 何をしようというのですか! やめてっ!」
銃底を叩き付けらたユーリアはその場に崩れ落ちた。
「しっかり姉ちゃん抱いててやんな」
男は咥えていた葉巻をユーリアの手に押し付けた。肉の焼ける臭いと絶叫が部屋中に響いた。
「どうしてっ! やめてください! 無抵抗の人間を!」
クリステルが叫んだ瞬間であった。
ドン!と音がして、ユーリアはそれきりぐったりと動かなくなった。
血が流れていた。
床に緋色の鮮血がとめどなく溢れ、その中心に姉妹が抱き合いながら眠っていた。
二つの命が理不尽にも目の前で奪われた。
消えた命は決して元に戻らない。
生命力なき肉体は朽ちていき、魂は然るべき場所へと還っていく。
「うう、なんてことをっ! どうしてその子たちが殺されなければならなかったの」
もはや声にならないクリステルの叫びであった。
「卑怯者! 恥を知りなさい!」
「俺が悪魔に思えるかお嬢ちゃん?」
そんな声が投げかけられた。男は悠々とクリステルの元へ歩を進めた。
そうしてクリステルの腹部を思い切り蹴りつけた。
「ぃグっ」
勢い殺さずそのまま壁に叩き付けられる。
「っがっ! カハぁ!」
肺から空気が抜け、息が止まった。痛みに震える体に耐えきれず、口から吐き出した。
「っげ、げほっげほっ」
「こうゆうことには慣れてかねえといけねえよ」
「・・・・・・なんで、すって」
「俺たちの命は実に軽い、道端の小石蹴飛ばすみたいに簡単にかたがつく」
男は銃口をクリステルの腕に押し付けた。発砲したばかりの銃は焼けた鉄と同じ熱を帯びる。ジジジ、と肌から白煙が立ち上り、たまらずクリステルは小さな悲鳴を上げた。
「人生って暗闇の中をもがきながら進み、わけもわからないまま殺し、殺され、そうして生き残った者は、納得するために後からご託ひねるしかねえ。そんなふうに無理やり着飾ってなんの意味がある。人間はそもそもがろくな生き物じゃねえ、悪意の塊と言ってもいい」
「違う」
確かなことがある。
人はより良い道を歩むことができる、そっと背中を押してあげれば誰しも変われるのだ。
クリステルはそう信じて疑わない。
「なにが違うんだ?」
男は再び銃口を擦り付けた。
ジウ、とクリステルの肌に熱した鉄が食い込む。
「ひっ、ひあっ! あぁ!」
「可愛く囀りやがって。こうやってひでえ目見て人間は強くなってくのよ。覚えときな」
男の瞳は異様に輝いていた。血に酔った男は凶暴性を隠しもせず、クリステルに向けているのである。このような時は、仲間の兵士でさえ半ば捨て置くように口を挟まなかったが――
「強さを、はき違えないでください」
決死の覚悟を持ったクリステルは違っていた。
「どんなに辛くても、苦界に埋もれようとも、人の想いを、命を――尊ぶ心を失っては駄目。あなたは意地のはり所を見誤っています」
「吠えるな・・・・・おもしれえ」
男はクリステルの頬を掴んだ。
「お前の心、悪魔に食わせたくなった。おいお前ら!」
男はクリステルを放ると、姉妹の遺体を跨いで背後のドアを開けた。
「お――い」
ドアの向こうは数名の部下が待機しているはずであったが。
屈強な男たちがぐったりと伸びていた。
「な、んだこりゃあ! おい!」
いつの間にやられた? これだけの人数を音もなく。
混乱した男の背後で物音がした。
慌ててクリステルの部屋に戻ってみると、そこには刀を手にした黒髪の少女がクリステルを抱きしめていたのである。
まだまだ明日も投稿は続くのです!




