アヤメとクリステル 3
少し空気を入れ替えたいと言ったのはクリステル様だった。
私が窓を開けると、吹き込んでくる風にカーテンが揺れる。透明なガラスのカップに注いだのはハーブ入りのお茶。飲んだことはないが、風邪にはこれが効くらしい。
「うっ、寒い」
そう言ってクリステル様はカップのお茶を飲んだ。
「うふふ、これはソニアが作ってくれたんだね」
「わかるのですか?」
「うん。ハーブの苦みを消すためにハチミツをたくさん入れてくれるの。だからとっても甘いんだよ」
「ソニアらしいですね」
「ソニアは紅茶にもミルクとお砂糖をどっさり入れちゃうの。紅茶の香りがわからなくなってしまうのに」
「そ、それはなんとも・・・・・・あの、クリステル様、気分はいかがですか?」
「ありがとう。少し休んだら、よくなりました」
ホッと胸を撫で下ろす。
先程まで暗い悲しみを浮かべていたが、今は柔らかみのある笑顔だ。よかった、本当に。
・・・・・・・・・・
クリステルは微笑みを浮かべるアヤメを見て満たされていくのを感じる。
――あなたがいてくれるから、私は大丈夫。
暗い部屋の中、一人ぼっちで眠ると過去の忌まわしい思い出に付きまとわれ、心細さも増していく。
ハッと目が覚めた時、隣にアヤメがいてくれないのはとても寂しい。
彼女の残り香や、シーツにほんのりと残る体温に縋っても、寂しさが拭われることはない。悲しい気持ちに捕らわれるのは嫌だ。
忌まわしい思い出も、暗い感情も、今はなりを潜めているが、どこかで鎌首をもたげているだろう。アヤメがいなくなってしまったら、途端に襲い掛かってくるだろう。
だから「側にいて」と言う。
――でも、それはいけないこと。
クリステルは思う。
アヤメは優しいから、側にいてほしいと頼めばそうしてくれる。けどそれは彼女を束縛していることになる。睡眠をとっていないアヤメに口では休むように言いながら、実際は彼女を放せない。なんと身勝手で、恥知らずな皇女だろうと自分を責めた。
でも今は、もう少しだけ、側にいてほしい。
「他に何かしてほしいことはありますか?」
「いいえ、あなたがいてくれればそれで」
――アヤメさん。優しいアヤメさん。ごめんなさい、風邪が治るまでは。この不安な気持ちが消えるまでは、どうか側にいて。
大切な人のことを思いやらねばならないのに、自分のことを考えてばかり。彼女はこんなにも私のことを考えてくれているのに。
そっと握られた手に、じんわりとした温かみを感じる。
クリステルが顔を上げるとそこには心配そうな表情を浮かべたアヤメがいた。
「私はクリステル様から離れません、ですから不安なことがあるのなら言ってください」
偽りがないとわかる。
――ああ、駄目。そんなことを言われたら、ますますあなたを放せなくなってしまう
「どうか、その・・・・・・」
「うん?」
「あ・・・・・・甘えてください」
「え」
「風邪の時は不安な気持ちになるものです、私で良ければ甘えてください」
ポポポポ、と頬を染めながら懸命に言葉を紡いでくれている。
クリステルはそんなアヤメの頬に触れてかぶりを振る。
「甘えて、いい?」
「はい」
クリステルはアヤメの二の腕に額を埋める。
そして思うのだ。
彼女のために生きよう。彼女のためなら、どんなことでもしよう。
だから、もう少しだけ――と。




