第六十九話(心編)……この子のこと、守れなかった。
よく見るとアルジャンアルパガは、ところどころ怪我をしているようだ。
森の中を逃げ回るうちに、木の枝などで引っ掻いてしまったのだろう。
(……理玖さんに貰った薬って、動物にも効くのかな)
心はリュックから薬を取り出すと、彼に声をかけた。
「……おいで。傷の手当てをしよう」
しかし彼は、震えたままそこを動くことはなかった。
(……もしかして、麻酔銃に撃たれて動けないのかな)
不思議に思った心は、ゆっくりと近付いていく。
すると彼の瞳が、恐怖だけではなく敵意を含んだものに変わる。
震える足でなんとか立ち上がると、全身の毛を逆立てて威嚇の姿勢を示した。
(……動けないんじゃない。僕のことが、怖いんだ……)
今まで動物に拒否されたことがなかった心は、少なからず動揺した。
(人に追いかけられたせいでこんなに傷だらけになっちゃったんだから、怖いと思われても仕方ないよね……)
だが、彼の心情を察した心は近付くのを止め、その場に腰を下ろす。
「……僕は、君を捕まえにきたんじゃないよ。あの人たちから、君を逃がしたいと思ったんだ。その証拠に、嫌がるならこれ以上は近付かない」
柔らかな声で話しかけるも、彼の警戒が解けることはなかった。
(どうしようかな……)
心は後ろの木に背中を預けると、目を閉じる。
そして、これから自分が何をすべきかについて考えるのだった。
心が目を閉じてから、どれくらいの時間が経っただろう。
近くにある動物の気配は、自分から離れていく様子はない。
不思議に思い目を開けると、左前足を舐めている彼の姿が視界に入る。
「君、もしかして足が……」
彼が負っている怪我は、かすり傷だけではなかったのだ。
すぐにでも人間から離れたいという気持ちはあるものの、怪我をした足がそれをさせてくれない。
「やっぱり薬を……」
そう言い、彼に近付こうとした心の動きが止まる。
自分以外の人間の気配を、周囲に感じたからだ。
怪我の様子から、彼はこれ以上自力では逃げられないだろう。
(僕が、なんとかしないと……)
心は立ち上がると、優しい声で言う。
「……君のことを捕まえようとしている人間が近付いてる。でも、君は安心してここで待ってて。彼らのことは、僕がなんとかするから……」
アルパカの瞳には、先程とは少しだけ違う光が宿ったように見えた。
心はそれを横目で確認すると、立ち上がる。
そして、男たちがいる方へ向かっていった。
「……もう、狩りは止めてください」
極力物音を立てないように男たちに近付くと、心は彼らに声をかけた。
また、麻酔銃を撃たれるわけにはいかないからだ。
急に現れた心の存在に、男たちは慌てふためく。
「お、お前一体どこから……!?」
「何者だ……!?」
「……僕の名前は、結城心。一色隊に所属する者です」
「なにぃ!? 一色隊って、確か王都の……」
「王都の軍人が、なぜこんな場所にいる!?」
「……あなた方がしようとしていることは、国の法で禁じられているはずです。今すぐ引き返してください」
男たちとは対照的に、心は冷静に言葉を紡ぐ。
「お、おいこれってまずいんじゃ……」
「あ、あぁ……。こいつが上に連絡したら俺たちは……」
「……仕方ねぇよ。もう諦めて帰ろうぜ!」
「……おめーら、こんなガキ一人に慌てんじゃねーよ」
一人だけ、心の説得に耳を貸さない男がいた。
恐らく、彼らのリーダーなのだろう。
不敵な笑みを浮かべると、銃を構えながら心の前までやって来る。
「こいつさえいなくなれば、俺らはゆーっくりとお宝探しができるんだぜ? 始末しちまえば問題ないだろ」
「始末ってお前、何言ってるんだよ……」
「こんなこともあろうかと、麻酔銃以外もちゃーんと持ってきてたんだよなぁ」
そう言いながら、銃口を心に向けた。
「まさかお前、その銃……!?」
「やめろ! 殺すなんて……!」
「邪魔者はさくっと排除して、宝探しの続きといこうや。……じゃあな」
男が引き金を引こうとした、その時のことだった。
心がやって来た方向から、カサリと音がしたのだ。
全員がそちらに視線を向けると、そこには先程のアルジャンアルパガがいた。
怪我をしている足を引きずりながら、なんとかここまでやって来たようだ。
心たちの様子が気になり、見にきたのだろうか。
「……探す手間が省けたな。お宝のお出ましだ!」
心の方を向いていた銃口が、アルパカへと向く。
リーダーの男は今自分が持っている銃が実弾入りのものということをすっかり忘れ、引き金を引いてしまった。
(元々彼は怪我をしてたんだ……。あの足じゃ避けれない……!)
心は咄嗟に男とアルパカの間に立つ。
その銃弾は、確かに心の体を貫いたのだった――――――――――。
「お、お前……! 何してんだよ……!」
「あー、悪い。うっかり実弾入りの方で撃っちまった。でも、獲物には当たんなかったんだから別にいいだろ?」
リーダーの男は、悪びれもせずにそう言い放つ。
(肩を撃たれた……。でも、あの子に当たらなくてよかった……)
心は、撃たれた肩を押さえながらアルジャンアルパガに視線を向ける。
彼は、恐怖で足が竦んでしまっているようだ。
(痛い……)
傷口に触れた手を見ると、そこは真っ赤に染まっていた。
思わず地面に膝をつきそうになるが、なんとか自分を奮い起こすとアルパカの方へと進んでいく。
(この子はもう、自分の力では逃げれない……。それなら僕が……!)
心はアルパカを抱き上げると、森の奥へと走り出した。
驚きでアルパカは、心の手に噛みついてしまう。
手に痛みが走ったものの、心は彼を手放すことはせずに駆け続けた。
アルパカは抵抗するように心の手に噛みつき続けていたが、今の心にはそれをどうにかできるような余裕はなかった。
「……おーおー、頑張るねぇ」
リーダーの男が、今度は麻酔銃の銃口を心へと向ける。
「……しっかし、いつまで続くかな!」
放たれた麻酔針は、性格に心の背中を捉えた。
しかし心は、構わずに走り続ける。
「な、なんだあいつ……! 麻酔銃が効かないのか……!?」
「お、おい、もうやめようぜ……!」
「……ここまで来て引き下がれっかよ! 一本で効かないなら、何本も撃ち込めばいい話だろうが!」
仲間の言葉に耳を貸さず、リーダーの男は心に麻酔銃を撃ち続ける。
二本、三本と麻酔針が体に刺さる度に、心は自分の体の感覚が徐々になくなっていくのを感じた。
そして遂に、地面に倒れ込んでしまう。
それでも心はアルパカのことを守ろうと、彼を抱き込みながら小さく丸まる。
アルパカからの抵抗は、いつの間にかなくなっていた。
「……ったく、世話焼かせやがって。てめーの血でお宝が汚れんだろが」
男がそう言いながら心に近付いてくる足音が、まるでどこか遠い世界の出来事のように聞こえる。
(……この子のこと、守れなかった)
心が静かに目を閉じようとしたその時、聞き慣れた優しい声がやけに鮮明に自分の耳に届いたのだ。
「……心くん、よく頑張ったね」
閉じかけた目を開き視線だけをそちらに向けると、そこには透花が立っていた――――――――――。




