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上司と部下  作者: 霧時雨
9/9

9本目

黒影のアジトから遥か北西にある啜り泣きの廃墟。

昼間にも関わらず辺りは薄暗く、まるで大きな何かの陰に空間ごと飲み込まれたかのように、静寂に包まれている。


「やっと着きましたねぇ。めちゃくちゃ雰囲気あるなぁ。」


「だな。何が飛び出してきても不思議じゃねぇな。」


そこへ任務で訪れた本郷と伊月。警戒をしながら廃墟の中へと進んでいく。

崩れた建物、枯れた噴水。今は廃墟とはいえ、過去には人が住んでいた場所だ。

随所に生活の痕跡が残っている。随分と時が過ぎているのに…。


「何もいねぇな。どこかに隠れてやがるのか?」


廃墟の捜査を始めたが、何もいない。しかし、任務書には「廃墟のヒトナシの掃討」だ。

いくつもの任務をこなしてきたが、こんなことは一度もなかった。


「あとは、奥のあの場所だけっすね。」


廃墟の最奥のひと際目立つ建物。明らかに最近建てられたものだ。


「あぁ、あそこは明らかに怪しい。だが、その周りにもヒトナシがいないのは何故だ。」


「さぁ?あの中にヒトナシがぎっしりいるんじゃないっすかね。入った途端一斉に襲ってきたりして。」


ふざけているように聞こえるが、伊月はすでに戦闘態勢に入っていた。

あの中から、いつヒトナシが襲ってきてもいいように。

それを見て本郷は、ふっと笑う。


「だとしたら、あちらさんをずいぶんと待たせちまったなぁ。そろそろ向かうかねぇ。」


本郷も武器を構え、怪しい建物へと近づいていく。

そして扉の目の前で立ち止まり…勢いよく開けた。


しかし、そこには誰もいなかった。

代わりにあるのは、液体で満たされた無数の巨大なカプセル。そしてその中には…ヒトナシが入っていた。


「なんだ…こりゃ。」


「研究所…ですよね。でもたしかヒトナシの研究は…。」


ヒトナシの研究に関しては世界中で議論されている。世界共通の敵であるヒトナシを研究し、その生態、発生の原因、対策を明らかにするべきだという意見と、異形とはいえ人に酷似した生き物を研究するなど非人道的な行いであるとする意見。国同士、国内でもそんな対立が起き、研究に踏み出したという声はどこからも上がっていない。

しかし、今目の前にあるのは明らかにヒトナシを研究している施設。それも1体や2体ではなく、数えきれないほどの検体が溶液に浸かっている。


「こりゃ、研究者どもが見たら大騒ぎだな。確かにこっそり研究するにはうってつけの場所だな。」


さすがの本郷も驚きを隠せないようだ。どの検体も状態が非常に良い。しかしヒトナシは息絶えると数十分のうちに霧散して消えるはずだ。それが霧散せずに保管されている。


「ヒトナシは死んだら霧散する。もしかして空気に触れなければ霧散しないのか?それともこの溶液がそれを可能にしてるのか?くそ、さすがに専門外すぎて分からねぇな。」


そんなことを考えていると、暗闇へと続く通路の奥から誰かの足跡が聞こえた。二人は物陰に身を隠し、近づく何者かを警戒する。

こんな廃墟でヒトナシの研究をしているのだ、まともな相手のはずがない。


「客人かね。こんなところへなんの用だ。」


聞こえてきたのは中年男性の声。しかし2人は答えない。息を潜め、相手の出方を伺う。

声の主は落ち着いた様子で続けた。


「あぁ、警戒するだろうね。わかるよ。私が君たちの立場ならそうしただろうからね。しかし、返答くらいはしてくれてもいいんじゃないかね?」


場所まではバレていない。そう確信した二人は目で合図をし、伊月は居場所を変え、本郷が質問をしていく。


「あんたは何者だ。なんでこんなところでヒトナシの研究をしている。」


「ふむ、質問に質問で返すとは…。まあいいだろう。私はしがない研究者であり、ここは私の研究所だ。そして君たちは2つ勘違いをしているようだから教えてあげよう。」


「…勘違いだと?」


伊月は男の死角に移動した。変な動きをした場合、すぐに対応できるように。


「ひとつはここで研究しているのはヒトナシではない。そしてもうひとつは…君たちのいる場所は『安全ではない』ということだよ。」


その言葉の直後、二人の背後からヒトナシが襲い掛かる。襲撃を回避するために通路へと飛び出す二人。そこで目にしたのは、いままで見てきたものとは違う姿をしたヒトナシだった。

1体は通常の2倍もの大きさがあり屈強な姿を、1体は両手が鎌のような形状をしており、他よりも細身な姿をしていた。


「くくく…どうだい?こんな姿は初めて見ただろう。どちらも、より戦闘に特化した姿をしているのだよ。これは私の研究の成果でね。ほかにもいろんな姿で生み出せないかと研究をしているのだが、なかなか行き詰っていたのだよ。しかし、こいつらの戦闘データも取らねばと思っていたところだ。せっかくここまで来てくれたのだ、私の実験の糧となっていってくれたまえ。」


不気味に笑う男。その隣で待機する2体のヒトナシ。男を襲うことはなく、ただ指示を待つかのように佇んでいる。


「先輩、こいつら普通のやつらとは比べ物にならないみたいっすね。」


「あぁ、しかしこんなの放置しておけねぇ。さっさと片付けて、あいつの知ってることを全部吐かせるぞ。」


かくして、本郷・伊月と未確認のヒトナシとの戦いが始まった。

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