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☆王子様とのダンス

静まり返るのが一瞬ならば、どよめきが起こるのもまた一瞬だった。


光に照らされ仄かに青く輝く黒髪、ガーネットを思わせる赤い瞳。


引き締まった長身に金刺繍の豪奢な礼服を纏い、テオドール・ライヒシュタインは登場した。


女を連れて。


……女を連れて!!?


どういうこと!?


端正な顔立ちをしているが、テオドールの表情は硬く、その思考は読めない。


これって「この人と結婚します」と宣言しているようなものじゃないの?


それとも私が知らないだけで、招待客に親族のみのエスコートを強要しながら自分は女性を連れて歩くのが王族のマナー…………ではないのは、会場の動揺具合からうかがい知れた。


「……グラッスル公爵家のクロエ様だわ……」


「……ああ、あのテオドール殿下の幼なじみの……」


「……悔しいけど、お似合いの二人ね……」


ざわめきからそんな言葉が聞こえてくる。


クロエ・グラッスル公爵令嬢……。


その美しい金の瞳は微笑で細められ、テオドールにエスコートされながらゆっくりと階段を降りてくる。


たおやかな黒髪と白く透き通った肌に、真紅の華やかなドレスがよく映える、気品と自信に満ち溢れた美しい女性。


……ああ、もう怒りが抑えきれない。


バカにするのもいい加減にして!!


あんな完璧な相手がいながら、なぜこんな舞踏会を開いた!?


なぜこんな……!!


……惨めな思いをさせる……。


私はグッと唇を噛んだ。


後からお出ましになった国王夫妻が挨拶をして、フロアに降りたテオドールとクロエが楽団の演奏を背景にダンスを踊る。


周囲の人々が感嘆のため息を漏らした。


それもそのはず、テオドールの身のこなしは上品で、招待状を貰った時に思った“出来が悪い”は全くの見当違いだった。


私は優雅に踊る二人との距離の遠さを感じて居たたまれなくなった。


どんなに着飾ったところで、彼らが上流階級で私がただの男爵の娘である限り、この距離は決して縮まらないのだ。


二人のダンスが終わると、まるで市場のセールのように令嬢たちが一斉にテオドールに群がる。


私は完全に出遅れていた。


これではおこぼれにも預かれない。


「一曲お相手願えますか?」


姉か妹の付き添いで来たのであろう見知らぬ青年が、私をダンスに誘ってきた。


断ってトラブルになるのも嫌なので、私は笑顔で了承する。


その後も合間合間に3、4人の男性と踊った。


舞踏会のダンスは女性が相手の男性を中心に周りを回るように踊る。


離れた場所で、お互い別々の相手と踊っているのに、何だかテオドールが私の中心にいるようなそんな感覚がした。


夜も更けて、舞踏会に集う人々もまばらになってきた。


諦めて帰ってしまった者、他のパートナーを見つけ連れ立って出ていった者もいた。


けれど私は未練がましくこの場に残っていた。


テオドールは相変わらずダンスを踊っては令嬢たちに囲まれるのを繰り返している。


いっそのことあの子たちみたいに、取り巻きになった方がいいのかしら……。


実行する気もないそんなジョークを考えていたら、不意にテオドールと目が合った。


どういうわけか、彼はそのまま纏わりつく彼女たちを金魚のフンみたいに連れて、私の元に一直線にやってくる。


「お嬢さん、どうか私と踊っていただけますか?」


私は差し伸べられた手と彼の顔を交互に見た。


最初の仏頂面はどこへやら、今は穏やかに優しげな微笑みを浮かべている。


でもその顔を36人の女に向けていたのを、私は知ってるのよ!


王子様にダンスに誘われるのは嬉しいことのはずなのに、令嬢たちに囲まれるテオドールを見てるとどうしても怒りが込み上げる。


「……あなたとはまだ踊ってなかったかと思うので」


もしかしてこの場にいる女性全員を制覇するつもりなの?


それとも、壁の花をも誘う優しい王子を演出したいわけ?


そんな風に思っても相手は第一王子、絶対におくびにも出せない。


私は無理やり笑顔を作って「光栄ですわ」と心にもないことを口にした。


テオドールはその返事に満足げに口角を上げた。


大丈夫大丈夫、私はまだ冷静でいられてる。


差し出された彼の右手のひらに私の左手を乗せ、スマートなエスコートでフロアの中央に向かい、そして……



……気が付くと、私は帰りの馬車の中にいた。


窓からのぞく景色は、深夜の暗闇で何も見えなかった。


フロアの中央に着いてからのことを思い返してみる。


特別なことは何もなかった。


ただ私がテオドールと踊ったというだけ。


ただ私が舞い上がってたというだけ。


王子様にエスコートされると、それまでのイライラも一気になくなって、自分もお姫様になったような気分がした。


フロア中央の開けた所で、テオドールと向かい合って手を組み見つめ合った。


でも何だか気恥ずかしくなって、すぐに目をそらしてしまった。


ドキドキと心臓の音がうるさくて演奏が聞こえない。


彼のリードだけを頼りに踊り始めた。


「今日は来てくださりありがとうございます。おかげであなたと会うことができた」


ダンス中に話しかけてきた彼の声は、こちらを落ち着かせるような甘い声だった。


「……こちらこそ……お招きいただきありがとうございます……」


緊張して声が全然出ないし、しかもうわずってしまった。


「…………あの……あっ……」


私の声が小さかったからか、ただでさえ密着していたのに腰に手を添わされグッと引き寄せられた。


彼の顔が更に近づいて、直視できずに俯いた。


頬を熱く感じたのは蝋燭の照明のせいだけじゃなかったと思う。


「……どうして……舞踏会を開いたの?」


あんな素敵な人がいるのに。


「……恋と言うものが、してみたくて」


じゃあ、あの人は恋ではないの?


なら……


「……誰と?」


「できたらあなたと」


思わず顔を見上げると、彼はにこにこと笑っていた。


もしあなたと恋をしたら、またこうして一緒に踊ってくれるのかしら。


もしあなたと……。


繋いだ手が優しくそっとほどかれていった。


ダンスの時間は終わりだった。


キラキラとした魔法が解けてしまったような気がした。


「残念ですが、お開きのようです」


テオドールは周りにも聞こえるように少し大きい声で言ってから、スッと私の方に向き直って手の甲に軽くキスをした。


「……では、また」


上目遣いで私を見る彼の瞳。


ねえ、何で“また”なんて言うのよ。


本当にそんな機会はやって来るの?


もう二度と会うつもりもないのに、そんな期待させるような言葉をかけないで……!


そうして私はたまらず彼の手を振り払い、逃げるように駆け出して会場を後にした。



……思い返せば、失敗ばかりだった。


まともに踊ることも喋ることも出来ず、最後は挨拶もせずに逃げ去って、今はこうして馬車に揺られている。


問題だらけの私にも、テオドールは不機嫌になる様子もなく優しく紳士的に接してくれていた。


王子様とはそういうものなんだろう。


令嬢たちの黄色い声は聞こえても、どんな言葉を交わしたかまでは聞き取れない。


きっとあんな言葉、誰にでもかけてる。


だから、自惚れる資格なんて私には全然ない。


本気にする方がどうかしている。


別にいいじゃない、テオドールに懸想する大勢の内の一人で。


初めから目立たないつもりでいたんだから、これ以上ないほど望み通りでしょ。


多くの女性たちに紛れて、誰の記憶にも残らない。


あの人の記憶にも……?


「………………」


悲しくなんかない。


だって私は悲しい表情をしていない。


なのにどうして、熱い滴が頬を伝うんだろう……。

お読みいただきありがとうございました。

これを書くに当たって、いわゆる王子様服って何ぞや?って思ったら軍服なんですね。

軍人舞踏会なるものも開催されていて華やかで人気だそうです。

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