第6話 脱出準備(挿絵付き)
巨人が戻ってきたことに安堵した僕は気が抜けてしまった。
「こちらに来たまえ、ここに椅子がある。
少し座って待っていてくれ」
巨人はそんな僕の手を引いて、部屋の片隅に置かれている椅子のところまで案内した。
どうやら、この牢屋の看守が座るための椅子らしい。
椅子の近くには小机も置かれているようだ。
僕は、椅子を手で触って慎重に確認しつつ座った。
「俺は、取り上げられた装備を向こうにある倉庫から回収してくる。
いいものがあれば君の分も見繕ってきてあげよう」
この部屋の奥の方に倉庫になっている小部屋があるらしい。
僕の良く見えない目で追うと、ぼんやりとした彼のシルエットがすぐ近くの扉のほうへ歩いていくのが見え、やがて扉を開けてガサゴソという何かを探すような物音が聞こえてきた。
あの灰色の部屋を出てから、ずっと警戒しながら歩いてきて疲れていたので、椅子に座って緊張感を抜くと眠ってしまいそうだ。
だけど、まだ安心するのは早いかもしれない。
「あなたも魔物に襲われて、ここに連れてこられたんですか?」
僕は黙って座っていることに耐えられなくなって、巨人に話しかけてみた。
「そうさ、人類圏の境にある山脈沿いの街道で襲われたんだ。
何匹かの魔物は倒せたんだが、隠れていた魔法使いがいたらしい。
魔法で眠らされて気付いたらここにいたというわけさ」
巨人の答えは、僕が襲われた状況と全く一緒だった。
彼も、ここのところあの街道で続いていた行方不明者事件の被害者の一人のようだ。
巨人も人類圏の一員であることを知って、僕はほっとした。
「僕も街道で魔物と戦っている最中に眠らされてしまいました。
目が覚めたら誰もいない奇妙な灰色の部屋に寝かされていたんです。
ここが魔物の巣窟と気付いて逃げてきました」
「フムン、そこは俺と少し違うな。
俺の場合は気付いた時には台の上に寝かされていて、頭に奇妙な装置を取り付けられていた。
しかも俺のすぐそばには、魔族の錬金術師らしき女がいた」
「ええっ!」
僕は、魔族を見たという巨人の言葉にびっくりした。
しかし、僕が抱いていたこの迷宮に対する疑問が解けた気がする。
魔族とは人間と敵対している種族で、人間よりも優れた体力、知力、魔力を持った恐ろしい連中だ。
ただし、魔族の繁殖力は低いため、数で勝る人類が何とか魔族に対する優勢をたもっている。
魔族の錬金術師がいたということは、この迷宮はその魔族の研究所なのかもしれない。
すると、あのリザードマンはその魔族の手下なのだろうか。
「俺は何かの実験台として捕まえられたらしい。
魔族の奴が自慢げに解説していたんだが、俺の頭に被せた装置を使って、俺の記憶やスキルを書き出すのだとか。
奴の実験のせいで、気絶していたが、ようやく回復してきて動けるようになったというわけさ」
さらに続けられた巨人の言葉に僕は驚いた。
どうやら僕たちは実験台として捕まえられたらしい。
「実は僕が目覚めたときに頭のすぐ脇にはおかしな音を立てる装置がありました。
額に張り付けられた紐らしきものが、その装置につながっていました」
「なるほど、俺の状況とよく似ているね。
俺が気絶する前に奴が大体の人間は実験の結果、死んでしまうのに、俺が丈夫なので興味深いとか言ってたよ。
君の近くに誰もいなかったのは、君が死んだと思われたせいかもしれないね」
「そうか、僕がいたあの部屋に魔族がいなかったのはそういうことかもしれないです……
だけど、魔族の早とちりで僕らは逃げ出せそうなんですから、ついていますね」
「ハハ、違いない」
僕の言葉に、巨人は少し笑って答えた。
やがて、倉庫の中を探し終えた巨人が何かを抱えて戻ってきた。
「さて、君の服だ。どうやら衣服を扱う行商人も襲われたらしい。
彼の商品らしきものがあったよ。まずはシャツとズボン。」
巨人はそう言うと、僕のひざの上に順番にゆっくりと服を置いた。
「こっちはベストとケープ、机の上に置いたよ。
靴下とハーフブーツは椅子の脇に置くね。
今、君が着ている病院着のようなものと、シーツから着替えるといい。
その間、俺はあっちの方を向いて自分の準備をしていよう」
巨人が、机の上や椅子の脇に服や靴を順番にならべていく。
ハーフブーツ!
靴は僕がどうしても欲しかったものの一つだ。
「ありがとうございます!」
僕はちょっと弾んだ声で答えた。
今、着ているペラペラのローブで迷宮を歩くのはものすごく不安だったし、地面には尖った石があって歩くときにすごく痛かったからだ。
一方で行商人の人が連れてこられた行方不明者の一人であることを聞いて、彼の商品を黙って使うことに申し訳なさも覚えた。
おそらく、その行商人の人はすでに亡くなっているのだろう……
行商人の冥福を祈ってから、僕は着替えを始めた。
まずは、シーツをはずして病院着を脱いで襟付きの白くて厚い布地のシャツに袖を通した
ボタンをとめようとしたけれど、相変わらず手は少し痺れて思うように動かず、まるで厚手の手袋をしたままのような感触なので、ひどく手間取ってしまった。
続いて、少しスリムなタイプのグレーのズボンを履いて、同じくグレーの厚手のベストを羽織った。
服を着るうちに、僕の気分はだんだんと上向いてきた。
気付くと、口角がニンマリと上に上がっているようだ。
やはり、迷宮の中をあのヒラヒラの病院着であるくのは嫌だったのだ。
ところがハーフブーツを履こうとするところで僕の手は止まってしまった。
紐が上手くつかめなくて、紐の結び目がどうしても解けない。
僕が静かになってしまったのに気付いたのか、巨人がやってきた。
「どうしたんだい。ああ、靴の紐が解けないのか、かしてごらん」
彼はそういうと、ひざまずいて僕の足についた土を布で拭ってから靴下を履かせてくれた。
「裸足では痛かっただろう、大丈夫だったのかい?」
「ええ、全然ですよ」
僕は両手を振りながら答えた。
僕の足にハーフブーツを履かせてくれているのをみているうちに申し訳なくなってきた。
「すみません」
「ああ、気にしないでくれ。実は子供のころによく弟妹の面倒を見ていてね。
慣れているんだ」
「あの、その……、鍵を渡すときに僕はずいぶんとひどい態度をとってしまいました、すみません」
僕は巨人と目をあわせずらくて、下の方をみながら謝った。
もごもごとした少し小さな声になってしまった。
「気にしなくていいんだよ。
君は目が良く見えていないようだし、体もしっかりと動かないんだろう。
警戒して当然だよ、さぁできた。
あとはケープだね、やぁ、なかなかかっこよくなったよ」
巨人は僕の頭を少し撫でながら立ちあがった。
そして、倉庫の方へ行き、何かを持って戻ってきた。
「ちょっと立ちあがってくれ。
腰に剣帯を巻こう。
後ろのところにホルスターがついていて、ダガーを入れてある。
あとは肩掛け鞄。これはマジックバッグになっていて少し大きなものでも入れられる。
中にこの迷宮から脱出したあとで必要そうなものを入れたから後で見ておいてくれ。
あと、杖をマジックバッグに入れておいたよ」
巨人は、立ちあがった僕の腰に手際よく剣帯を巻き、肩に鞄をかけてくれた。
「準備ができたら言ってくれ、俺が君を背負っていこう」
「え?」
「なぁに、鍛えているからね。君一人ぐらい全然平気さ」
「でも」
僕は巨人に色々とやってもらっているうちに、だんだん居たたまれなくなってきた。
彼に色々とやってもらいすぎで、僕のほうが得過ぎる。
それに、僕を背負っていては、敵と戦闘になったとき巨人は思うように戦えず負けてしまうかもしれない。
(何か僕にお返しできることはないだろうか……)
「そ、そうだ、僕は魔法を使えるんです。
使い魔を先に行かせて通路の安全を確認させてから進みましょう」
「なるほど」
「ここよりも安全な部屋をみつけて潜んで、そこからもう一度使い魔を使って出口を探します!
うまくいけば魔物に一度も見つかることなく出られると思います!」
「いいね、流石だよ」
巨人は、また僕の頭を撫でてから褒めてくれた。
なんだか、たびたび頭を撫でられている気がする……
巨人族の風習なんだろうか?
僕は男だし、もう19歳になる。
頭を撫でられるような年齢でもないんだけど。
(でも、悪い気はしないな。彼とは良い仲間になれそうだ)
気分の上がってきた僕は、使い魔を使って、はりきって安全な部屋を探し始めた。
この小説を読んでいただき、ありがとうございます。
今後とも、よろしくお願いいたします。




