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第2話 ダブルブッキング?


 シュウが散歩から帰ると、リビングに来客があった。


「邪魔しているぞ」

「《あまてらす》さん、ようこそお越し下さいました。ご無沙汰しています」

「ほほ、つい先日会ったばかりと記憶しているが」


 それは誰あろう《あまてらす》だった。

 シュウは、クリスマスイヴの事もあったので、キッチンで飲み物の用意などしている冬里に目をやるが、彼はどこ吹く風で知らん顔だ。

 彼が関わっているはずなのは百も承知だが。


 まったく。

 ほんの少し肩を落として《あまてらす》の前に腰を下ろす。

「今日は」

「どのようなご用件で? と言いたいのだろう? もちろんサンディの休憩所の件だ」

 すると、冬里と同じくキッチンにいた夏樹が、ロイヤルミルクティを盆にのせてやってくる。そして《あまてらす》の前にうやうやしくティカップを置くと、そのままシュウの隣に腰掛けて話し出す。

「《あまてらす》さんが、わざわざ休憩所の事を話しに来て下さったんすよ」

 と夏樹が説明してくれるそばで、《あまてらす》はティカップを持ち上げる。

「ありがとう、どれ、頂いてみるか。……ん、なかなかの味だな」

 ロイヤルミルクティを一口飲んだ《あまてらす》が、そんな感想を漏らす。

「ほんとっすか?! ありがとうございます!」

 どうやら夏樹が入れたらしい。

 彼は本当に嬉しそうだ。


「それで、わざわざ休憩所の話だけをしに来られたのですか?」

《あまてらす》がティカップをテーブルに置くのを待っていたシュウの、ちょっと堅めのセリフに、何か感じることがあったのか彼の方は、ほほう、と言う顔をしたあと、可笑しそうに笑う。

「なんだクラマ。言い方に険があるな」

「いえ、そんなことはありませんが」

「いやな、サンディを独り占めするのはちと心苦しいのと、お前さんたちもサンディに会いたかろうと思うてな、お前たちにうたげの料理を頼もうかと思っただけだ」

 それを聞いたシュウは、少し目を見開いたあと、冬里に向けて言う。

「冬里……」

「え? 僕なにも言ってないよお。そうだよねえ、《あまてらす》?」

「ああ、ヤツは言葉にはしておらぬ」

 シュウはまた脱力してしまう。

 言葉にせずとも、神さまには充分伝わるだろう。

 残念な気持ちを他人に悟られるほど表に出したつもりはなかったのだが、冬里には気づかれていたと言う事か。

「そうですか」

 また少し堅い口調でそれだけを言う。

 隣では、夏樹がキラキラした目でシュウが了解するのを待っている。だが、いつもなら二つ返事でOKするはずのシュウが、今回は違っていた。


「……」

 シュウが躊躇している。

 夏樹が怪訝そうに、いや、どちらかと言えば不安そうに、なかなか答えを出さないシュウを見つめている。

「承りたいのは山々ですが……」

「え? シュウさん、駄目なんすか?」

 驚いたような夏樹。けれど《あまてらす》は、それを見越したように、本当に珍しい事に、誰かさんのようないたずらっぽい笑みを浮かべた。

「うぬ、わかっておる。お前さんが承れない理由は、これだろう?」

 そして、ひら、と動かした手には、いつの間にか一枚のチラシが現れていた。

「へ? なんすか?」

 驚く夏樹に《あまてらす》はそのチラシを渡す。

「あ、ありがとうございます。……えーっと、なになに。……クリスマスマーケット? イヴ限定の自由参加? え! なんなんすかこれは!」

 夏樹が言うそばから、ひょいとそのチラシを取り上げる手があった。

 もちろん冬里だ。

「……、……ふうん、なに? こんな大事なこと隠してたの? シューウ」

 わあ、と慌てる夏樹にチラシを返した後、冬里が意味深に言う。

「隠していた訳じゃないよ冬里。私もさっき駅前の喫茶店で話を聞いたばかりだよ」

「へえ。……で? 《あまてらす》は全部お見通しって訳ね」

「もちろんだろう」


 さすがは神さま。

 シュウが駅前のクリスマスマーケットに心動かされているのも、頼まれごとを簡単に断れないのもよくご存じだ。

「なのでな、冬里。宴の話はなかったことにしてはどうだ?」

「ふうん」

《あまてらす》は気を利かせてくれているらしい。

 けれど、ここで一筋縄でいかないのが冬里だ。心持ち上を向いてくるくると人差し指を回している。

「ダブルブッキングねー。飛行機ならどっちかにあきらめてもらわなきゃ、ならないけど……」

 これはまた何か考えているなとシュウは小さくため息をつく。

《あまてらす》は面白そうにその様子を眺めている。

 夏樹はチラシと《あまてらす》を交互に見ながら、まだどちらを優先したものか決めかねているようだ。

「じゃあさ、どっちも受けなよ。シュウなら、っていうか、僕たちならこんなミッション、たやすいことだ、でしょ?」

「へ? どっちも出来るんすか?」

「うん、大丈夫だよね」

 驚く夏樹に、鷹揚に頷く冬里。

 すると夏樹は思った通り大喜びだ。

「いやったあ! サンディにも会えるし、この、これ! クリスマスマーケットも楽しそうだし! やりましょうよ、シュウさん」


 本当に冬里は。

 夏樹が喜ぶことをシュウが反対するはずがないと踏んでいるのだ。

 だが、今回は。

「それでも……」

「え? 何か駄目なんすか? 俺、精一杯頑張りますよ」

 シュウがなかなか首を縦に振らないので、とうとう夏樹の目がウルウルし始める。

 ため息をつきつつ、シュウは本当のところを話し始めるしかなかった。

「サンディにお目にかかれるのも、宴の料理を任せて頂けるのも、とても光栄なのですが。ですが、その、いつものように大量に用意するとなると、3人では……、しかも2つの場所を行き来しながらでは……」

「あ……」

 シュウのセリフを聞いて、夏樹だけでなくそこにいた2人もなぜ彼があんなに躊躇したのか腑に落ちたようだ。シュウたち千年人が料理を振る舞うと聞きつけると、人の迷惑顧みず〈これは失礼、笑〉わんさと集まってこられる神さま方の事を心配しているのだ。

 すると《あまてらす》は少し可笑しそうにそんな心配は無用だと言い切る。

「このたびは、わらわの招待客以外は来ぬようにと、きつく言い渡してある」

「そうなんすか……」

 夏樹などはただただ感心するだけだが、冬里はそうではないようだ。

「へえ、招待客ねえ。けどさあ、誰かを許したら我も我もってやっぱり押しかけてくるんじゃない?」

 なんとも失礼な言い草にも《あまてらす》は気を悪くした様子もなく話す。

「呼んでおるのは、ニチリン、《このはなさくや》他、女神ばかりだ。ほれ、なんと言うのだ? ……女子会? とやらを開催してみようかと思っての」

 誰に聞いたのか、彼の方は[女子会]などというハイカラなものもご存じのようだ。

「わあ、女子会なんて洒落てる~。やるねえ《あまてらす》。女神を怒らせたら、それこそたーいへんだから、野郎の神さまは怖くてこられないよきっと」

「すごいっす、楽しそうっす」

 2人は茶化すやら〈え?〉感心するやら。

 だが、シュウも今の《あまてらす》の言葉を聞いて安心したようだ。


 ふと微笑むと、ようやく首を縦に振る。

「わかりました、それでしたら承れそうですね。あとで参加される方を教えて頂ければありがたいです。それと、せっかくですのでリクエストも多少でしたらお応えできます」

「ほう、それは嬉しいことよの」

 美しく微笑む《あまてらす》のはるか向こうから、女神たちが楽しそうにリクエストしてくる声が聞こえてくるようだった。


 さて、今年はサンタクロース&女神たちの宴、そしてクリスマスマーケットの2本立て。

 どんなイヴになるのでしょう。




 次の日の朝のこと。

「シュウさん、今日はすんませんがランチは2人に任せても良いっすか? あ、仕込みはバッチリしておきますんで、ランチ時間にちょっと抜け出したいんです」

 夏樹が起きてくるなりそんな事を言い出した。

「それは良いけど、どうしたの?」

「へへえ、実は」

 話を聞くと、夏樹は以前お世話になった×市の洋食屋へ行くという。

 前にイルミネーションを見に行ったとき、くだんの洋食屋の親父さんがそこのクリスマスマーケットに店を出していたのは知るところだ。

 で、なんでも夏樹はそこで食べたソーセージが、「ものすごく美味かったんす! おそらく今まで食べた中で1番ってほど!」だったのだそうだ。

 それで、出来ればあのソーセージを出したいので、なんとかレシピを伝授してもらえないか説得に行ってみるそうだ。

「ああ、だったら行っておいで」

「はい! ありがとうございます!」

 と、意気揚々と夏樹は出かけていったのだが。


「……ただいま」

 帰って来た夏樹は意気消沈、ただいまの言葉さえほとんど声が出ていないご様子。

「おかえり~、どうしたの? 親父さんいなかったの?」

 冬里が不思議そうに聞いている。

 店が休みとかで伝授してもらえなかったのだろうか。だが、夏樹は1度きりであきらめるようなヤワなヤツではないはずだか。

「それが……」


 とりあえず昼食を兼ねて洋食屋へと出向いた夏樹。

「お、久しぶりだな。今日はどうした? またなんかやっかいごとか?」

「ええー、ひどいっす。今日は昼飯食べに来たんすよ。で、そのついでに頼み事をしたいなって」

「ほれみろ、やっぱりやっかいごとじゃねえか。まあいい、好きな席に座りな」

「はい!」

 そのあと悩みに悩んで、ハンバーグをオーダーした夏樹。研究熱心な彼のせいでハンバーグに穴が空いた、というのは冗談にしても。

 ごちそうさまの後、夏樹がおもむろに★市駅前で行われるクリスマスマーケットのチラシを取り出し、話を持ちかけたまでは良かったのだが。

「ほう? あの小さな駅でこんな催しが行われるのか。初耳だぜ」

「はい、今年初めてって言うか、試験的にやってみて良ければ今後も続くそうです」

「で? それがどうしたんだい?」

「実は『はるぶすと』も出店するんすよ。そこで親父さんにお願いが」

 と、ソーセージレシピ伝授の説得を始めた夏樹だったが、なぜか親父さんはマーケットに出店すると言う話に心動かされたようだった。

「なあ、夏樹。ここに出店できるのは★市在住とかだけか?」

「へ? えっとそこまでは聞いてないっすけど」

「うーん、だったらちょっくら聞いてみるわ」

「え?」

「なんだか面白そうじゃなねえか。それにもし出店できればお前さんとこの店とガチで勝負出来るぜえ」

「ええ?!」

「ちょいと待っててくれるか?」

 そう言って夏樹の返事も聞かずに店の奥へ引っ込む親父さん。しばらくしてホクホクした顔でまた現れた親父さんが言うには。

「喜べ、★市以外からでも参加できるとよ」

「え、それはいいんすが、ソーセージのレシピは……」

「あ? あのソーセージは俺んとこが出すんだから、駄目に決まってんだろ」

「ええーそんなあー」

 哀れ夏樹のもくろみは、泡と消え去ったのであった。


「と言う訳なんす」

「ははあ、だからその落ち込みようだったんだね」

「そうっすよお、ああ、親父さんのソーセージ~」

 またずーんと落ち込む夏樹に、冬里がこちらもまた不思議そうに聞く。

「でもさ、夏樹ってドイツで現れたんだよね」

「え? はい、そうですけど」

「だったらさあ、ソーセージって本場じゃない。そこまでこだわる必要もないんじゃない?」

「それはもちろんですけど。でも、なんて言うか、親父さんのソーセージ、ホントにほんっとうに美味いんすよ、なんでかなあ」

 夏樹はそんな風に考え込むが、親父さんは長い年月、あの洋食屋を営んで来たのだ。どの料理にしても、試行錯誤を重ねて小さな努力を重ねて積み上げてきた賜だ。そりゃあ美味しくて当たり前、かどうかはまあ置いておくとして。

 なんと親父さんは「これで『はるぶすと』と真っ向勝負だ! 嬉しいじゃねえか」とか言い出してやる気満々になってしまったらしい。

「真っ向勝負とか、俺はそんなのする気全然ないんすけど……」

「へえ、じゃあ夏樹は手抜きするって事? それとも負ける気満々?」

「え? いやまさか!」

「だーよねー」

「うー、わかりました! 親父さんには負けてられません! 真っ向勝負、受けて立ちます」

 冬里に乗せられて、夏樹の方もなぜかやる気満々になってしまったのだった。


 そのあと、夏樹のソーセージ修行が始まる。

 とは言え、そんなに時間もないために、シュウや冬里にも色々意見を聞きつつレシピを完成させていくだけなのだが。

 それプラス。

「なに? また試食地獄させようって言うの?」

 オーナーとそのご主人〈もちろん由利香と椿だ〉に頼みまくって試食をしてもらうことになった。

「まあいいんじゃない? 夏樹が腕を上げれば親父さんも嬉しいだろうし」

「そうかもしれないけど。うーん、椿が良いんなら私も協力するしかないか。……あ! ドイツ流のソーセージを出すって事は、ザワークラウトも当然つけるのよね?」

 椿に言われてしぶしぶ了解しつつあった由利香が、突然そんな事を言いだす。

「えーと、そこら辺は今考え中……」

「だったら絶対につけて! でないと試食はお断りよ」

「ええっ」

「由利香またそんな……」

 驚く夏樹とあきれる椿にはかまわず、由利香は言う。

「だって私、ザワークラウト大好きなんだもの。本場のソーセージにザワークラウトがついてないなんて、詐欺よ、詐欺!」

「ええ~、今回は本場ドイツで開催するんじゃないんすけど~」

「でもあんたが作るんなら本場の味でしょ! つべこべ言わずにつけなさい」


 こうなったら由利香は後へ引かない。

 わかっているので夏樹は「わかりました」と了解する。


 けれど。

 夏樹はちょっとだけ嬉しかったのだ。

「〈あんたが作るんなら本場の味でしょ〉」

 と言ってくれた由利香のセリフが。

 これまでの夏樹を全部受け入れてくれたみたいで。


 だから。

 夏樹はまた気持ちを引き締めて、ソーセージとザワークラウト作りに邁進していくのだった。

 頑張れ夏樹。

 クリスマス・イヴは君の手腕にかかっているのだ!







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