第24章 球技大会前の部活動に於いて
附高白川では、五月最終週に球技大会が在る。少しずつ此れに向けての機運が高まって居るのを感じ乍ら、いつも通り僕は弥生庵へ行った。
どうも僕のクラスの終礼が一番早かったらしく、部室で他の部員が来るのを待って居ると、外から足音が聞こえた。前日に架空鉄道に於ける直通優等種別の停車駅を夜遅く迄考えて居た為少し眠さを感じて居り、僕は一寸の間うとうととして居たのだが、其の足音で目を覚まし、窓を開けて外を見ると、内田が走って来るのが見えた。
「部長~!」
と、何となく学園ものアニメのワンシーンの様な声を出し、手を振って居ると、内田は其の儘通路に面した窓から弥生庵に入って来た。取りあえず其の後二人で囲碁を打って居たのだが、途中で他の部員達と共に田中が入って来た。僕と田中は、中学の頃は二人学級通信係に所属する等、時折喧嘩もするが或る程度仲の良い友人だ。彼は微妙に入部が遅かったので、他の部員が十九路盤に移行した中未だ簡単な九路盤で碁を打って居て、今日も内田と九路盤を打って居た。然しそろそろ田中も十九路盤に入ってみようと云う事で、早速田中と僕で囲碁を十九路盤で打ってみた訳だったが、田中の打つ石は悉く取られて仕舞い大勝して仕舞った。こうして打ってみると、田中に限らず皆の碁を見るに、布石、即ち一番最初の打ち方があまり分かって居ない様だったので、帰り際内田や稲田と今後布石の強化や確認試験を実施することで合意した。特に内田は試験の実施に乗り気で、我が校の物理基礎の試験が、電磁を中心としたα(40点)と力学を中心としたβ(60点)に分かれて居る様に、α(内田、40点)、β(稲田、20点)、γ(山田、40点)に分ける事を提唱した。こうして話し乍ら三人で白附坂を下り、各々帰途についた。余談だが此の日、西急清峰市駅から地下鉄東清峰駅へ向かう途中に在る西急交通社本店のディスプレイに、「もてなしの、たなかへ。」と云う田中県のPRポスターが貼ってあるのに気が付き、早速田中に送り付けて見たが、何の反応も無かった。致し方ないので、返信の無い悲しさに、僕は家で一人寂しく囲碁部の名簿を作って居た。と言っても手書きの簡単な物だが。
さて。次の日。又、田中が部室にやって来たのだが…。其の話は次章で話すこととしよう。




