第二十二話
「……捨て駒の処分にはちょうどいいと思ったが……」
蝋燭の炎が妖しく揺れる薄暗い部屋。
特注のチェスの駒を弄びながら、思案げな表情をアーガスト侯爵は浮かべる。
「……ご満足いただけませんでしたか?
貴方様の指示通り、素敵な忠告もしておきましたが。」
上等な黒皮張りの椅子に腰掛け、思考を巡らせるアーガスト侯爵へ感情の読めない笑みを浮かべたアシュレイが答える。
"あの御方の意向に逆らう者の末路を忘れましたか?"
セレスティナと商人たちの謁見に置いて、連行される商人の耳元でアシュレイが囁いた一言。
散々アーガスト侯爵の威を借りて好き勝手していた大商人の皮を被った獣二匹。
その過程でアーガスト侯爵に不要と切り捨てられた者達の末路も、彼らは星の数ほど見てきたのだ。
それが我が身に降りかかるとなれば、心安らかになどいられるはずもない。
「ふん……あの塵はもうよい。
明日の朝には冷たくなっているだろうからな。」
「……」
既に末路の決まった塵のことよりも、アーガスト侯爵の脳裏を焼くのはジェダイトの言葉。
「(……儂が駒の価値を読み違えている、か……)」
嫌がらせ半分で呼んだ若造の言葉。
所詮は若造の言葉、戯言だと流しても構わないのかもしれない。
「…………」
だが、アーガスト侯爵の何かが警鐘を鳴らすのだ。
―――決して流してはならない、と。
アーガスト侯爵は手元の駒より、眼の前に立つアシュレイへと視線を向ける。
「アシュレイよ、貴様から見て要らぬものを目覚めさせた王女はどう映った?」
「これはまたアーガスト侯爵らしくない問い掛けですね。
私が答えたところで、侯爵は己で見た物しか信じないでしょう?」
食えない笑みを浮かべたアシュレイが肩をすくませて軽口を叩くが、アーガスト侯爵は視線だけで先を促す。
「……どう、という問い掛けは私には難し過ぎます。
そうですね……かの王女殿下のお言葉を借りるならば……"私は女も男も生まれも関係なく、私自身の知識と能力で生きてゆく"でしょうか?」
「っ……!」
アシュレイの言葉にアーガスト侯爵は微かに目を見開く。
アーガスト侯爵の脳裏にまるで火花が散るように、閃光が走るように蘇る女性の後ろ姿。
―――ロン、ロナルド。
アーガスト侯爵の耳元で忘れられない声が聞こえた気がした。
「アーガスト侯爵……?」
「……あの王女は……武より知を好む、か。
いや、だが…………ふむ……確かに、駒の価値を図り違えているかもしれんな。」
喉の奥で低く笑うアーガスト侯爵の予想外の反応にアシュレイは戸惑う。
だが、そんなアシュレイをアーガスト侯爵の野心に燃えた青い目が捕らえる。
「アシュレイ、貴様はあの王女との仲を深めろ。
なに、あの若造がいても構わん。
……古来より、王位に就く者の隣の席が一つとは限らぬ。
現王とて隣に席は三つ、今は二つか。
未来の女王の隣に席が二つあっても構うまい。」
「……わかりました。」
不穏な笑みを浮かべるアーガスト侯爵を刺激しないようにアシュレイは従順な礼を返す。
「(王女よ……その言葉を口にしたのだ。
……貴様の価値を測らせてもらおうぞ。)」
野心が燃え上がる青い瞳の奥に、アーガスト侯爵は確かに懐かしい過去を思い出したのだった。
※※※※※※※※※※
ぴちょん、ぴちょんと雫が落ちる小さな音が耳につく。
「ひっ……ひぃっ……」
石造りの地下牢の壁に反響し、男のか細い声が響く。
「ひぎっ……ふっ……。
(なぜっ……なぜ、このようなことに……!)」
地下牢で猿轡を噛まされ、大商人二人は鎖に繋がれていた。
ゆらゆらと揺れる炎に照らされるのは、罪人に背を向けて立つ兵士達。
「(なぜなぜなぜなぜなぜ………………!)」
「(おのれおのれおのれおのれおのれ…………!)」
大商人二人の頭を占領するのは、反省でも、後悔でもなく、疑問と怨嗟のみ。
同じ言葉がグルグルと二人の頭の中を巡るが、現実は何も変わらない。
「……交代の時間だ」
怨嗟と現実逃避で頭がいっぱいの大商人達など関係なく時間は流れ、新たな見張りの兵士達がぞろぞろと現れる。
「おい、待て。」
もともと見張りとして配置されていた兵士の一人が待ったをかけた。
「俺はアンタ達の顔に見覚えがないんだが。
そんなに人数がいて、一人も顔見知りが居ないのは可笑しくないか?」
その言葉に元々見張りをしていた兵士達に緊張が走る。
「ちっ……!」
「罪人を死なせるなっ!」
見張りを交代する兵士に変装した敵の舌打ちを合図に一気に戦闘が始まった。
「なっ?!
くそっ!煙幕かっっ!!」
「応援を呼べっっ!」
「罪人どもは無事かっっ」
敵の一人が投げた煙幕が地下牢に充満し、兵士達の視界を塞ぐ。
見えない視界の中で剣戟の音だけが響き渡り、迫り来る死の恐怖に商人二人は慄く。
煙幕が奪った視界は、兵士達だけでなく隠れて配置されていた影達の視界すらも奪った。
「ひぎぃっっ?!」
そんな中で商人の一人がくぐ持った声を上げる。
「ひっ……ひっ……」
煙幕で視界が悪いなか、もう一人の商人……ドリュー・ナレッドの視界には、交代だと現れた兵士達が暗殺者だと見破った……味方のはずの兵士の残忍な笑顔が映った。
「あがっ……」
喉元に刺さった針の激痛が全身を走り抜け、ドリュー・ナレッドは泡を吹いて白目を剥く。
「クソっ……罪人どもがっっ」
「くっ……敵を死なせるなっ!
生かして捕らえよっっ!!」
遠くで聞こえる叫び声を最後に、ドリュー・ナレッドは何も感じなくなったのだった。




