第二十一話
セレスティナと商人たちの謁見があった日の夕方。
「……何を考えていますの、アレク?」
夕日色に赤く染まった大きな寝台の上で向かい合わせに横になる二人の美しい少女。
「……ヴィア……おそらく、君が考えている人物と同じだと思うよ。」
オリヴィアの豊かに波打つ黒髪を弄びながら、アレクシェルは心ここにあらずな様子で答える。
「あら……私が目の前に居ると云いますのに、他の女性のことを想うなんて釣れない人ね。」
「…………」
普段ならば言葉遊びを楽しむ二人だったが、今はお互いに軽口を返す程度で何かを考え続けている様子だった。
「……アレク、あのお姫様のことだけど……」
お姫様と呼んだオリヴィアの脳裏に浮かぶのは、大商人を相手にも一歩も引かなかったセレスティナの姿。
"病弱"、"枯れかけの花"など、あの姫を揶揄する言葉は少なくなかった。
そして、オリヴィアとアレクシェルの認識も春先の第一王子の一件までは似たようなものだったのだ。
「…………あの方は……女であることを厭わないのね。」
ポツリと呟いたオリヴィアの声が静かな部屋に響く。
『大商人とまで呼ばれた御仁が、性別や生まれなどという変えることの出来ぬ要素を持ち出すなど、誠に残念極まりないこと。』
『お前が誇り、欲まみれにした"男の神聖な商い"とやらは、道端のゴミである病弱な女が公務の片手間に終止符を打てる程度の代物だわ。』
『女如きと侮るならば、そのたかが女を越えられぬ己を恥じなさい!
私は女も男も生まれも関係なく、私自身の知識と能力で生きてゆく。
ただ、それだけですわ。』
オリヴィアの耳にセレスティナの力強い声が蘇る。
「ねえ、アレク……改革派も、穏健派も表立っては言わないけれど、我がローゼンバーグ家を金の亡者だと陰口を叩くものは少なくないわ。」
「ヴィア、それは……」
「わかっているわ。
位が上がれば上がるほどに、そのようなことを口にする者はいない。
だって、国を動かすためにも、生きるためにも、お金が必要だということを知っているもの。」
横になっていた体を起こし、何かを思い出すように遠い目をするオリヴィア。
「第一王子の一件で破談になった私の婚約。
相手は貴女も知っている騎士の家系のフレドリック・レパード。
……家同士の契約だから諦めていたけれど、今思えばどうしてあんな男のために我慢していたのかしら?」
思い出せる限りの記憶の中でフレドリックに大切にされた記憶など一つもなかった。
いつもいつも金勘定が得意で、男を手玉に取る強欲な女と蔑まれていたオリヴィア。
「幼い頃は、少しでも歩み寄りたくて情報や金銭の必要性を説いても無駄だったわ。」
「……騎士という言葉は清廉な幻想を抱いてしまうからね。
でも、本来の騎士とは王の命令があれば、例え女子供でも命を奪わねばならない。
……そんなに綺麗なものじゃないよ。」
「そうかも知れないわね。
でも、いつまでも夢を見たがる馬鹿な男の子にはわからないのよ。
そう……私も同じ。
あんな男にローゼンバーグ家の、いえ、私の価値を分からせるために己を安売りする必要など無かったの。」
フレドリックを振り向かせたいとは思わなかった。
しかし、オリヴィアが価値があると信じたものを認めさせたかった。
女としての色香を武器にしてでも、自分の信じたものを貫きたかった。
そして、それはオリヴィアの心を削り、視野を狭めていたのだ。
「ふふっ……決めましたわ、アレク。」
「何をだい、ヴィア?」
過去を思いを馳せていたオリヴィアの瞳に光が煌めき、微笑みと共に寝台より降りる。
「私、あのお姫様を、いえセレスティナ様を女王へと押し上げてみせますわ!
微力では有りますが、私もあのお方の花道を邪魔する下郎どもを蹴散らして差し上げます!」
寝台より体を起こしたアレクシェルへと振り返り、オリヴィアは十六歳の少女らしい明るく美しい笑顔を浮かべ宣言する。
「私は、セレスティナ様が女王となり、無能な男どもを跪かせる姿をみたいのですもの!」
「……君らしいね。」
すべては私の欲のためですわ!と軽やかに笑うオリヴィアに対して、アレクシェルは苦笑してしまう。
「あら、アレク?
貴女はワクワクしませんの?
どちらかと言えば、貴女も私と同じような性分だと思っていましたのに。」
「そうだね……確かに、僕も君と同じような思考回路だと認めるよ。
だけどね、今はそれよりも気になることがあるんだ。」
「気になること?」
華やかに笑うオリヴィアとは対照的に、影を感じる自嘲の笑みをアレクシェルは浮かべる。
「……分からなくなったんだ、護衛というものが。」
アレクシェルの脳裏に浮かぶのは、ジェダイトの指摘とテレンスとの会話。
「僕は師より戦い方は学んだ。
でも、その中に護衛が対象者の心まで守るとは教えられていない。
騎士として、武人としての強さを追い求め、強さを身に付けさえすれば上手くいくと……そう、言われていた。」
アレクシェルは武人としての高みに立つ己の師の背中を思い浮かべる。
苛烈で厳しい師の鍛錬を経て身に付けたアレクシェルの実力。
それは決して騎士団の中で見劣りするようなものではなかった。
だが、ジェダイトやテレンスは、それでは足りない、話にならないと言うのだ。
分からない、知らない壁にぶつかったアレクシェルの心は、さながら迷子の子供のようになっていた。
「では、知ればいいだけのことでしょう!」
寝台の上で片膝を立て、考え込んでいるアレクシェルを見たオリヴィアは微笑みながら答えた。
「知る?」
「ええ!
知らないならば、分からないならば、知ればいい!学べばいい!
ただそれだけのことでしてよ!」
鳩が豆鉄砲を食らったような、キョトンとした表情を浮かべたアレクシェルにオリヴィアは微笑みながら重ねて告げる。
「その場にうずくまり、足を止める暇があるならば、泥にまみれても進む!
その方が余ほど私の大好きなアレクシェル・バッファムらしくてよ!」
オリヴィアの自信に満ちた言葉にアレクシェルは瞳を瞬かせる。
「ふっ、ふふ……はははっ!
確かに、その方が僕らしいね。
うん、そうだ……足りないとは言われたなら、次は足りるように……いや、それを上回った結果を出せばいい。」
そして、急に込み上げてきた笑いを我慢することなくアレクシェルは声を出して笑う。
「ありがとう、ヴィア。
流石は僕の親友だね。」
「あら、当然でしてよ。」
二人の少女は夕日が沈み薄暗くなった部屋の中で微笑みあうのだった。




