第十三話
「では、両商会の会長、いえドリュー・ナレッド並びにガンツ・ダリオ。
あなた方の身はこれより騎士団へと委ねます。
冷たい獄にて、陛下の裁断を待ちなさい」
諦めからか四つん這いになり、項垂れる商会長たちへ、セレスティナは扇を静かに閉じ、凛とした声で宣告した。
「…………れ……」
セレスティナの言葉に呼応し、騎士たちがナレッド商会会長とダリオ商会会長の両脇を固めようと歩み寄る。
「……おのれッ!
小娘がぁぁぁぁぁっっっ!!!」
だが、追い詰められ、正気を失ったナレッド商会会長が突如として獣のような叫び声を上げ、弾かれたように走り出した。
「ああ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁっっっ!!」
ナレッド商会会長は首飾りに隠されていた小さな凶器を手にセレスティナへと一直線へと走る。
その凶器は小さいとはいえ、刃は毒々しく光を放っていた。
「殿下!」
「危ないっ!」
ナレッド商会会長が動くと同時に、二つの影が電光石火の速さで交錯した。
「殿下っっ」
セレスティナの傍らにいたアシュレイが、迷うことなくセレスティナを背に庇い、その身を盾にするようにナレッド商会会長との間へ滑り込む。
「はっ!」
壁際に控えていたアレクシェルが風を切り裂く速さで踏み込んだ。
アレクシェルは視界の端にアシュレイの背後でセレスティナの安全が確保された事を確認した。
それ故に迷いなくアレクシェルの魔力強化された剛腕がナレッド商会会長の腕を掴み、問答無用で捻り上げた。
「ぐああああっ!?」
骨の軋む音と共に、ナレッド商会会長の体は紙屑のように床へ叩き伏せられる。
凶器が甲高い金属音を立てて転がり、虚しく床を滑っていった。
「王女殿下に危害を加えるなど、万死に値する」
アレクシェルの氷のように冷徹な声が広間に響く。
そのままアレクシェルはナレッド商会会長の背に膝を乗せて鎮圧した。
すぐさま護衛の騎士たちが、ナレッド商会会長を捕縛し、これ以上の凶行が行われないように安全を確保した。
「……何ということを……」
一部始終を目の当たりにしたハワード商会会長は、王族への暗殺未遂という凶行に顔を青くする。
「ぐっ……クソっクソっクソっ!」
しかし、ナレッド商会会長は完全に制圧されたにもかかわらず、怒りと憎しみに顔を歪ませ暴れ出す。
理性を失い、血走った目でセレスティナを睨みつけ、唾を飛ばしながら汚い言葉を叫んだ。
「この役立たずの小娘がいい気になりおってっっ!
子を孕めるかも怪しい病弱な穀潰しめがっっ!
たかが下賤の女如きが、崇高なる男の神聖な商いに口を出すな!
お前など、王族でなければ道端のゴミ以下だっ!」
その下劣な罵倒に、その場に居合わせた者たちが息を呑む中、セレスティナは優雅な微笑みを崩さなかった。
「(前世でもいましたわね、こういう人。
会社でお茶汲みも、飲み会で酒を注ぐのも女の仕事だ。
男はどっしり構えて大きな仕事をするべきだ、女が出しゃばらずに男を立てろ。
どうせ女は結婚したら退職するから、育てるだけ無駄。
女は笑顔で男の接待をして生きれば良い的なオジサン。
そういう人に限って仕事のミスを指摘すると性別を出して文句を言ってくるし、怒鳴り散らして威圧してくるのよね。
しかも、影で仕事が恋人の年増だ、男遊びだなんだって、自分よりも能力のある人を見下して。
仕事のミス自体には女も男も関係ありませんのに。)」
セレスティナは昔の記憶を思い出しながら静かに微笑む。
「ふふ……随分と面白いことを仰るのね。」
しかし、その静かな微笑みとは裏腹に、その場の全てを凍てつかせるような凛とした冷たい声音だった。
「けれど、とても残念ですわ。
大商人とまで呼ばれた御仁が、性別や生まれなどという変えることの出来ぬ要素を持ち出すなど、誠に残念極まりないこと。」
うっそりと微笑むセレスティナを前に、ゴクリと喉を鳴らしたのは誰だったのか?
「どのような力を持ってしても変えられぬ要素を言い訳に持ち出すのは、己に実力がないと白状している事と同じでしてよ。」
セレスティナがナレッド商会会長へ一歩歩み寄る。
「ひっ……」
一見すれば美しく微笑んでいるだけのセレスティナから迸る覇気を感じ、圧倒されたナレッド商会会長は小さな悲鳴を漏らした。
「お前が誇り、欲まみれにした"男の神聖な商い"とやらは、道端のゴミである病弱な女が公務の片手間に終止符を打てる程度の代物だわ。」
燃え上がるように強い力を宿したセレスティナの瞳に誰もが釘付けとなる。
「数多の不正を行い、欲で膨らみ、咎から逃れようと他者に刃を向ける愚か者。
言の葉で解決できぬと知れば、力でねじ伏せようとする。」
セレスティナの顔には嘲りも、怒りも有りはしない。
「片腹痛くてよ、痴れ者が!
女如きと侮るならば、そのたかが女を越えられぬ己を恥じなさい!」
真っ直ぐに淡々と。
「私は女も男も生まれも関係なく、私自身の知識と能力で生きてゆく。
ただ、それだけですわ。」
己に悪意を刃を向けた相手に対して、セレスティナは慈愛に満ちた笑みを向けるのだった。
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「(……誰だい?
この場に居る全ての者を圧倒し、平伏すことが当然と思わせるほどの覇気を放つ姫を病弱と揶揄したのは?)」
商人として駆け出しだった若い頃。
何度も自分や夫、仲間達を苛め抜いた怨敵である大商人と言う皮を被った屑二人。
その二人を徹底的に調べ上げ、油断させて罠にはめ、糾弾するだけではいざ知らず。
「(目の前のこの姫が病弱で異母弟の王子にすら侮られる、枯れかけの花であるもんかいっ!)」
荒ぶる男に刃を向けられ、害されようとしたにも関わらず怯える様すら見せないセレスティナ。
「(深窓の姫君が刃を向けられ、殺されかけて怯えることすらしない。
要するに、自分が害される可能性も織り込み済み……いや、その方が好都合だったと言うわけかい。)」
王族との謁見、しかも、次期王位を継ぐ可能性が一番高まっている姫君が相手の謁見なのだ。
護衛の騎士達がたかが商人が隠し持った短剣を見逃すとは考えられない。
そう、わざと見逃されたと考える方が道理が合うのだ。
「(見逃した人間が誰かはどうでもいい。
玉座に一番近い王族を害した以上は、相手が誰であろうと見せしめのために処刑台一直線。
そうさね、例え王国の経済でも顔が利く大商人だろうと関係ない。)」
逆にコレを機に大商人二人が幅を利かせて独占していたが故に停滞していた分野の数々が動き出す。
「(……乱暴な一手だが、あの二人の影響で凍り付いていた一部の王国経済を動かすにはちょうどいいさね。)」
ジャスミンはにんまりと心の中で笑う。
この時期に、これから起こるであろう姫君いや、未来の女王を中心とした粛清と改革という名の大嵐。
その到来をいち早く知ることができ、更に嵐の中心である主役と縁を結ぶことができた。
その幸運を何よりもジャスミンは歓喜した。
「では、これ以上は彼らと語ることも無いでしょう。
言葉と言う知ではなく、暴力という武で己の意を押し通そうとする輩など、私には不要です。」
何事も無かったかのように、優雅に微笑むセレスティナ。
「フォルト子爵、この度の一件はあなたからの情報提供により速やかに対処できました。
あなたが推薦したハワード商会会長、並びに私が推薦するジャスミン・エアリー商会会長。
あなた達二人にはナレッドとダリオ商会の無きあとの受け皿、つまり再就職支援や事業継承などについて積極的な介入を期待しています。
また、フォルト子爵、私を凶刃より守ろうと身を挺してくださった忠義に感謝いたします。」
「殿下の御身が無事で心より安心しました。
バッファム嬢がすぐに制圧して下さいましたし、武芸が不得手な私は壁くらいにしかなれずお恥ずかしい限りです。」
「いいえ、咄嗟のことに動けることが素晴らしいのです。」
「そう言って頂けると有り難いです。
このアシュレイ・フォルト、これからも殿下の御役に立てるように精進いたします。」
セレスティナの言葉に平伏する己とハワード商会会長とは違い、人当たりのよい笑みを浮かべるアシュレイ。
……だが、人当たりが良いはずのアシュレイの微笑みにジャスミンの勘が警鐘を鳴らす。
「(……この男、得体が知れないねぇ。
一見すれば人畜無害な小役人。
その皮に騙されて心を許したが最後、笑顔で高い塔の上で背中を押すだろうね。)」
そんな考えを微塵も表に出すことなく、周囲を伺っていたジャスミン。
だからこそ、気が付けたのだろうか?
無意味な抵抗をしながら連行されるナレッド商会会長がアシュレイとすれ違ったその一瞬。
「……………」
「ひっ……」
何かを微かに囁いたアシュレイの言葉に、ナレッド商会会長は息を呑み、小さな悲鳴を上げたことに。
「(本気でヤバい嵐が来そうだねえ……)」
ジャスミンは、次代の王座に一番近いセレスティナを巡る周囲の攻防の影を感じるのだった。




